2.カトリナ・ヴィオレッタ・ブランシェ③
前話も更新しています。
ディーン様が好きだった。ただそれだけだった。
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カトリナ・ヴィオレッタ・ブランシェは、このサンクティア王国有数の高位貴族・ブランシェ家の息女として生まれた。
聖力の高さを表す金の髪と、王家に連なる血筋を表す紫の瞳。そのどちらをも持ち生まれたカトリナは、幼い頃から持て囃されて育った。
神から授けられし『聖力』は、この国では持っているだけで価値がある。まして、王家に連なる高位貴族の令嬢ともなれば、なおさらだった。
両親や親族の大人たちは、顔を合わせるたびに『いずれは聖女か、王族への輿入れか』と彼女の将来へ期待を寄せ、使用人たちは万が一にも彼女の機嫌を損ねぬようにと細心の注意を払って接した。
誕生日には有力者が列をなし、欲しいものは何でも与えられた。反対に、彼女が気に入らないと言ったものは、翌日には跡形もなく消えていた。
廊下でぶつかった年若い侍女は、カトリナが口を開くより先に床へ膝をつき、泣きながら許しを請うた。
「今日は焼き菓子の気分ではなかったのに」そうぼやいただけで、それを用意した料理人は翌日には屋敷を去っていた。
——自分が『特別』な人間であるということには、すぐに気づいた。
だからカトリナは、『特別』に振る舞った。
気に入らない髪型にした侍女はその場で下がらせ、癇癪を起こしては物を壊した。遊び相手に負ければ平気で親に言いつけ、気に入らない贈り物を寄越した者は二度とパーティには呼ばなかった。
両親も、使用人も、それに何も言わない。全てを笑って受け入れる。
なぜなら、カトリナにはそれだけの価値があるから。彼女には、それをしていいだけの理由があるからだ。
カトリナはやがて、我が強く苛烈な少女へと育っていった。
そんなある日のことだった。
カトリナに、一つの縁談が持ち上がった。
「——ヴァレンティス家の、四男ですって!? このわたくしに、家名を背負う器ですらない方に嫁げとおっしゃるの!?」
「今日、君の婚約者候補が会いに来る。準備をしなさい」——そう父から告げられ、カトリナは大いに憤った。
突然の来客を告げられたことにではない。勝手に縁談を進められていたことにでもない。その相手が、貴族家の四男——いずれは家名の庇護を失う、嫡男の予備にすらなれぬ男だったからである。
「落ち着きなさい、カトリナ。あくまで候補、決定事項ではない。互いに話を進める気も、今のところはない」
「それなら、どうして——!」
「類稀な才を持つらしいのだ。それこそ、次期当主に据えるか迷うほどの。そこで、将来を見越して君との縁談を打診された」
「それなら、その時でいいじゃない。なぜこのわたくしが、わざわざ時間を割いてまで会って差し上げなければならないの!?」
「縁談はさて置いても、君はいずれ国の中枢を担う存在となる。同年代の者と親交を深めるのも重要な事だ」
「……」
有無を言わせぬ父を、カトリナは扇子越しに睨みつけた。不機嫌を露わにしたその表情に、だけども父は頑として譲らない。
普段は自分に甘い父が、時折こうして厳しく接する理由を、カトリナは知っていた。
自分は『特別』な人間だ。『特別』である自分は——父にとって、とても有用な人材だった。
どのように『使う』のが一番利があるか。そんな目で見られている事を、カトリナは幼いながらに知っていた。
(何が婚約者候補よ……つまりは、このわたくしの後ろ盾を得て次期当主の座を得たいという事でしょう)
カトリナの機嫌は地の底に沈んだ。
どれだけ優秀でも、上の兄らを差し置いて四男に家督を継がせれば角が立つ。だがカトリナを嫁がせるとなれば、爵位を継がせる理由ができる。
家督も領地も得られぬ四男坊が、この自分を足掛かりにしようとしているのだ。カトリナは、腹の奥から湧いてくる苛立ちを抑えられずにいた。
(腹立たしい。少しでも媚びる気配を見せてみなさい。すぐに屋敷から追い出してやるわ!)
そう心に誓い、父に連れられ、屋敷の庭園へと足を踏み入れた。
その一角に設られた茶席に、客人はすでに座っていた。
何人かの侍従が傍らに控え、彼らへ歓迎の紅茶を差し出している。一際背の高い男性がヴァレンティス卿だろうか。件の少年は、彼の陰に隠れてほとんど見えない。
身の程知らずにも自分との縁談を望んだ家の四男坊。いったいどれほど冴えない少年なのかと、カトリナは品定めでもするように眉間に皺を寄せた。
父に手を引かれながら、覗き込むようにしてその姿を確認する。そして、目を大きく見開いた。
真っ白な少年が、そこにいた。
陽光に透ける真白の髪。陶器のような肌。端正な目元を縁取る睫毛までもが、雪のように白い。
未発達の身体を包む純白のシャツ。全身を白に染めたその中で、晴天をそのまま映したような瞳がすっとカトリナへ向けられた。
瞬間。
世界が止まった。
息が詰まり、両足を地面へ縫い留められたように動けない。
誰もが目を奪われる端正な顔立ち。最上級の聖力の強さを表す白の髪。
だが、カトリナの目を、心を奪ったのはそれではなかった。
(何、この……『聖力』の高さは……!?)
カトリナの紫の瞳は、『他者の聖力を見抜く』という性質を持つ。
だからこそわかった。彼の聖力は——言いようもなく、『特別』だと。
他の者には見えない真白な光が、彼の全身を包んでいた。
眩いそれは周囲を白く満たし、暗がりの一片すら残さず塗り潰している。
何にも穢されない、圧倒的な『聖』。
神の寵愛を、一身に受けた証。
(こんな御方が、婚約者候補……? わたくしの……?)
息を呑んだ。
意図せず脚が震え、繋いでいた父の手を思わず握りしめる。生まれて初めて、カトリナは自分以外の誰かを畏れた。
「やあカトリナ嬢、ご機嫌麗しゅう。今日は愚息を紹介しに来たんだ」
「……」
そんな心情を知ってか知らずか、カトリナたちに気づいたヴァレンティス卿は、明るい調子で振り返る。
まだ圧倒されたままのカトリナに、隣の少年が空色の目を向け、言った。
「……あんたがカトリナか。俺はディーンだ、よろしく」
——いっそ不遜なほどに、あっけなく。
淡々と述べられた名前、差し出された右手に、カトリナはあっけに取られる。
自分がここまで気圧されたことも、初対面でここまで淡白に接されたことも初めてだった。
これが、カトリナとディーン、二人の出会いだった。




