1.プロローグ
遠い過去を映していた夢が、静かに途切れた。
頭上にも足元にも星屑が浮かぶ、境界のない夜の世界。
胸元で眠っていた黒猫が身じろぎをする気配がして、ルナは紅い瞳を開いた。
二度、三度。気だるげな仕草で瞬きを繰り返したのち、ふっと息を吐く。
「——ああ、つまらない夢を見ていたわ」
どこか掠れて聞こえるその声に、黒猫もまた目を覚ます。
月光のような金の瞳をぱちりと開くと、にゃあんと喉を鳴らし寝ぼけたようにルナに擦り寄った。
ルナはそれに一度だけ笑みを向けると、ゆったりとその上体を起こす。長い黒髪がさらりと落ちた。夢の余韻が残る脳裏に、震える声で告げられた言葉が蘇った。
——その高潔な魂は、どんなお姿になられても、決して変わることはないのですね。
「……高潔、ね。それだけは違うと、言っておいた方が良かったかしら」
どこか自嘲げに浮かべた微笑みを月光が照らす。
どこまでも純粋に、自分を慕い続けた侍女。
けれど彼女の姿は、もうどこにもない。
ルナと、一匹の小さな獣の影だけが、夜の水鏡のようなその場所で静かに隣り合っていた。
と、月明かりの照らす暗闇に、憎悪に溢れた声が響いた。
血を塗り固めたような紅い瞳に、白花に溺れる女の姿が映る。
全身を地へ縫い付けられても尚、憎悪に血走った瞳でただ一人を射抜き続ける、その女。
「……まさか、あなたにまた会えるだなんてね」
ルナはそう言葉を落とすと、心底嬉しそうな笑みをその顔に浮かべた。
「だけどね、私、今ならあなたと仲良くなれる気がするの。だって——あなたと私は今、同じ舞台に立つ『踊り手』なのだから」
クスクス。クスクス。
くすぐるような笑い声が、夜の世界を揺らす。
胸元に擦り寄る黒猫を当然のように抱きしめ、ルナは静かな囁きを落とす。
「さあ、幕を上げましょう——」
夜の世界に一人と一匹の影が滲んでいく。
それは、長い夜を終幕へと導く合図。
最後の舞台が、静かに幕を開けた。
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