23.エピローグ
前話も更新しています。
——サンクティア王国、某所。
月明かりの照らす廃教会。静まり返ったその場所に、少年の泣き叫ぶ声がこだましていた。
「……ゃだ、やめて……ッ! やめ、あああ゛あっ!!!」
ステンドグラスに透かされた月光の下、高くそびえる聖女像。見えない力によって両腕を縫い留められたように、少年はそこに磔にされていた。
宙に浮いたその身体には引き裂かれたような傷跡が無数に刻まれ、肌という肌から鮮血が飛沫を上げている。まるで獣の爪に蹂躙されているかのように——裂傷は増え続け、その度に少年は痛みに喘いだ。
「誰か助け……ッ、たす……痛゛アア!」
見えない何かに何度も切りつけられ、少年はうわごとのように繰り返す。「助けて、助けて」涙の滲んだその声に、だけども彼を襲う『何か』は一向に止まない。
「——あら。この程度でそんなに苦しむの?」
——と、悲痛だけが響くその教会に、慈しむような優しい声が落ちた。
コツ、コツ、と硬い足音を立て、一人の女と小さな獣の影が廃教会へと入ってくる。
突然の来訪者に、少年はその顔も見ずに助けを求める。「た、助け……ッ」縋るようなその声に、だけども女はにこやかに笑って答えた。
「あなたがこの子を殺した時、この子だって苦しんでいたでしょう? なのにあなたは、そうやって無様に助けを求めるのね」
クスクス。くすぐるように囁かれ、少年は息を呑む。優雅に微笑むその女の足元で、一匹の黒猫が自分を睨みつけていた。
金の瞳を恨みでギラつかせ、フシャアアと喉を鳴らし毛を逆立てる。真っ黒な毛並みの、その獣は——
「っなんで……!? そいつは死んだはずじゃ——い゛ああッ!」
驚き目を見開く少年に、斬撃が容赦なく振るわれる。
痛みに麻痺しかけた脳裏に、小さな記憶が蘇った。
「黒猫は魔女の使いだ」と、あの日自分が投げた石。
——まさか、この状況は……
「だけど大丈夫よ。私はそんなあなたの愚かさごと、愛しているから」
「————ああアあ゛ッッッ!」
思い至ったその時にはすでに遅く、一際鋭い爪が立てられ、少年の心臓を強く抉る。
顔を絶望に染めたまま、少年は絶命した。
……その耳に彼女の声が届いたかは、もはや、定かではない。
「ふふふ……なんて愛しい。愛おしい最期なのかしら……」
言葉と共に、彼を縛り続けていた『何か』は紐解かれ、自由になった肢体がグシャリと地に落ちる。だらりと力を失った細い屍体に、女は恍惚の笑みを浮かべた。
聖母のような声色で、魔女は言う。暗闇に紅い瞳が光った。
「弱きものを痛ぶる矮小さ。自分に返るまで気づかぬ浅はかさ——ああ、どこまでも人間らしい。私の愛すべき『人』そのもの……!」
——と、そんな魔女の足元で、黒猫がにゃあんと一つ鳴き、細い足首に頭を擦り付けた。
「……あら、どうしたの? あなたの復讐は終わったのだから、あとはどこへでもお行きなさいな」
紅い瞳をぱちりと瞬いて、ルナは足元の子猫に言う。
だけども猫はにゃあんとまた一つ喉を鳴らし、その場から動こうともしない。
「——そう。それならば共に行きましょう。そして愛しましょう、この世界にいるすべての人間を。その業を。美しさを——」
ルナは小さく息を吐くと、足元の黒猫を優しく抱き上げた。
そしてそのまま二人、昏い闇へと溶けていく。
廃れたその教会では、明日また新たな悲鳴が響くことだろう。全身を傷だらけにした、この少年の死体を見て。
——ああ、それも素晴らしい。
愛すべき、人の痛みだ。
誰もいなくなったその場所に、優しい囁きだけが反響する。
——愛してる愛してる愛してる。
愚かさも脆さも喜びも愛も。人の抱く『心』、その全てを愛してる。
だけど——
——その『心』全てを奪われた。
ディーン、あなただけは……
あなただけは、愛してあげない。
第零章 『血濡れの聖女は夜と踊る』 終
お読みいただきありがとうございます。
明日より第七章の投稿になります。
第八章で完結となりますので、もうしばらくお付き合いいただけると幸いです。




