5.ルナ・ルクス⑤
「……なるほど、事情はわかりました」
——大神殿、中央塔、大神官執務室にて。
オーギュストの執務室に先ぶれもなく駆け込んだルナは、そのまま執務机の前に立ち、自らが調べ上げたことを一気に捲し立てた。
聖女らしからぬその行動に、最初は眉を顰めていたオーギュストだったが、ルナの話を聞くに連れ次第に神妙な面持ちになっていった。
そして、
「それはひどい話ですね。すぐに対応させましょう」
「本当!? よかった……!」
いつものように紳士然とした態度でそう言われ、ルナはほっと胸を撫で下ろした。
後先考えずここに来てしまい、「聖務はどうしたのです」と叱責を受ける可能性も考えていたからだ。
「ええ。そもそも疫病など、神殿が最優先で当たるべき課題。民の不満も高まっていますし、我々としても何か手は打たねばと思っていたところです」
オーギュストはそう言うと、室内にいた下級神官に何某か指示を出し、彼を外に出した。
本当に『すぐに』対応する気なのだ。ルナの心が僅かに持ち上がった。
「すまなかったね。神殿も一枚岩ではない、どこかにその貴族と癒着して、そちらを優先している者がいたのだろう。気づくのが遅れてしまった……私の責任だ」
「お、オーギュストのせいではないわよ! 私がもっと気をつけていたら……」
「いえ、君を聖女に推したのは私です。その聖務に関わることなら、その責は私にある。どうか謝罪させてください」
「オーギュスト……」
そしてルナを向き直り、申し訳なさそうに眉を下げた。
オーギュストの責など、本来なら一つもないのに。
鎮痛な表情、自ら責を負おうとする誠意あるその姿勢に、ルナは感動して呟いた。
「顔を上げて、オーギュスト。あなたが気に病むことではないわ」
「しかし……」
「それより、今後のことを考えましょう。身分や寄進の額で願いを叶える相手を選ぶなんて、やっぱり間違ってるもの」
「……その通りですね、ルナ」
両手を胸の前で組みそう語るルナに、オーギュストはいつも通り穏やかな笑顔で答えた。
理想を肯定されたことが嬉しく、ルナは続ける。
「今一番『奇跡』を欲している人に、どうにか届かせる方法はないかしら……そうだ、私が国中の治療院を回るのはどう?」
「それだと、君のほうが倒れてしまいますよ。……そうですね」
勇んで言うルナに、オーギュストは呆れたように片眉を下げた。
そして、顎に手をやり、しばらく考え込む。
ルナは大人しくその答えを待った。
「では、こういうのはどうでしょう? 重症者の多い地域や治療院を私がリストアップさせます。もちろん、身分も寄進の額も関係なく。ルナ、君はその通りに動きなさい」
代わりに提示された案は、ルナの理想に充分適うものだった。その方法なら、症状の重い者から優先して治せる。
「それはいいわね! あなたがそのリストを作ってくれるというなら、それ以上に信じられるものはないわ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。では、聖務官にもそのように伝えておきます。近日中に報せが行くでしょう」
「わかったわ。ありがとう、オーギュスト!」
ルナは喜んで返事をし、入ってきた時と同様、やかましく執務室を後にした。
悩んでいた問題があっという間に道筋を得た。ああ、やはりオーギュストに相談してよかった——ルナは心からそう思った。
ルナにとってオーギュストは、この神殿で誰より頼れる存在だった。
自分を見出し、聖女として導いてくれた恩人。今もこうして、悩む自分に行くべき道を示してくれる。
人の悪意に触れたことは、たしかに悲しかった。
けれど——ディーンやオーギュストのおかげで、事態はすぐに好転した。そのことが、ルナにはとても幸福なことに感じられた。
(彼らのように、正しい人はいる。それなら私は、人を信じましょう、愛しましょう……)
そう思いながら、知らず、ルナは両手を胸の前で組んだ。
祈るように目を閉じる。
誰の血も介さず、誰にも届かぬ祈り。
それでもルナは、胸の内で何度もその願いを繰り返した。
翌日、ルナの私室にそのリストが届き、彼女はその通りに聖務を行うようになる。そのおかげか、疫病は沈静化の兆しを見せ始めた。
終わりの見えない災禍に混乱していた民衆も、少しずつ落ち着きを取り戻す。このまま事態は収束するのではないかと、誰もが希望を抱いた。
そんな折であった。
——ルナの故郷で、疫病患者が確認された。




