3.ルナ・ルクス③
こうして出会ったルナとディーン。その二人の距離は、険悪だった初対面とは裏腹に、瞬く間に縮んでいった。
最初の任を終えるや否や、ディーンは興味深げにルナの聖力や髪色について尋ね、ルナもまたディーンの強さや普段の鍛錬方法、今まで斃した魔物の話を聞き出した。
巡礼の旅の間、少しでも時間があれば他愛のない会話を繰り返し、聖務が終われば揃って街へ繰り出した。任務帰りに寄り道をして森へと魔物狩りに行き、互いの従者を焦らせたこともある。
本来なら何日もかけて行う結界補強の儀式も、ルナの『奇跡』ならあっという間に終わらせられる。時間なら余るほどあった。
「ルナが仕事を片っ端から終わらせるから、俺たち護衛の出番がないんだよな。あー、戦い足りねえ……」
「あら。それで暇になったおかげで、こうして街歩きができているのでしょう? 感謝してほしいくらいだわ」
「それを言うなら、お前が食ってるベアの肉は誰が狩ったと思ってる?」
そんな軽口をよく叩き合った。
二人の仲は、旅が終わり、王都に帰っても変わることはなかった。
ディーンはルナの部屋へ当然のように顔を出し、アネリアは半ば呆れながら紅茶を淹れた。ルナもまた鍛錬へ向かおうとするディーンを容赦なく捕まえ、苦い薬草茶の試飲に無理やり突き合わせる。ルナが故郷から連れてきた黒い子犬と戯れたり、誰にも内緒で聖務を抜け出したこともあった。そして、「秘密の場所なんだ」と王都を見下ろせる丘を教えてもらったことも。
ディーンから教えてもらったその丘は、いつしか二人の待ち合わせ場所のようになっていた。時間があればそこに顔を出し、一面の花畑に転がって共に雲を眺める。互いに忙しく、疲れた体と心をその場所は優しく癒してくれた。
ディーンはルナの人智を超えた『奇跡』に感服したし、ルナもまたディーンの強さを尊敬した。
ディーンのそばにいる時が、ルナはどこよりも落ち着けた。ディーンもまた、彼女といる時だけは肩の力を抜いて笑っているように見えた。
互いに稀代の聖力を持つと言われる勇者と聖女。
だが二人が二人でいる時だけは、肩書きなど関係ない、ただの少年と少女のようだった。
*
——ルナが聖女になり、しばらく経った頃だった。
「こら、ディーン。また聖務をサボったんですって? 騎士団長様が探していたわよ」
二人だけの秘密の丘、そこに寝転がり涼むディーンを見下ろし、ルナがそう声をかける。
咎めるような言葉、だけども優しい声色に、ディーンは静かに片目を開いた。
「……聖騎士団の記念式典の話だろ? そんなもの、俺がわざわざ出なくても、他の騎士にやらせればいい」
「式典に来てくださった方々は、『勇者』の姿を見たかったのではなくて?」
「なら、誰かが俺のフリをして出席すればいい」
「無茶を言うわねえ……」
ルナは呆れたようにそう言うと、空を見上げたままのディーンの隣にそっと腰を下ろした。
元来あまり真面目な質ではないディーンは、苦手な聖務を押し付けられると、神殿を抜け出してこの場所へと逃げ込むことがあった。それを探す従者に泣きつかれて、彼を連れ戻すためにここへやってくるのが最近のルナの役目だ。
「神殿にいると、退屈な儀式やら事務作業やらを押し付けられる。勇者になったら毎日戦って過ごせると思ったのにな」
ディーンはそう言うと、深いため息をついた。
儀式も事務作業も、できないわけではない。単純に、好きではないのだ。かしこまった服を着せられ長い話を聞かされるのも、椅子に長時間座らされ書類とにらめっこするのも。
貴族の出である彼が勇者の選定を受けた理由も、「貴族の仕事より勇者として魔物を狩って生きたいから」なんて理由らしい。あまりにも戦闘狂な理由に、さすがのルナも呆れを隠せなかった。
「その点、ルナは真面目だよな。サボるどころか、最近は民衆相手にまで『血の儀式』をやり始めたんだって?」
ルナの方にゴロリと寝返りを打って、ディーンがそう尋ねた。
聖女業にも慣れたルナは、自ら民を神殿へ招き、『血の儀式』を行うようになっていた。身分も寄進も問わないその祈り、血さえ捧げればどんな願いも叶えるその『奇跡』は、瞬く間に市井に広がり民衆の心を動かし始めていた。『血の奇跡の方』と、聖女そのものでなくルナを心酔する者もいるほどだ。
「よくやるよ、普段の聖務だけでも忙しいってのに」
「まあ……忙しいといえば忙しいけど」
そこまで言って、ルナは言葉を止めた。視線の先には白亜の大神殿がそびえ立つ。ルナは、この王都に初めてやってきた時のことを思い出した。
「でも……誰かのためになると思ったら、止められないのよ。どうしても」
ぽつりと呟いたルナに、ディーンは胡乱げな表情を浮かべた。
「……お人よし」
「人のためだけってわけじゃないわよ? ほら、私、黒髪でしょう。それだけで、昔から嫌われることが多かったの。だからかな、誰かに喜んでもらえると、すごく嬉しい。『ああ、この人は私をちゃんと見てくれた』って、そう思えるから」
「……」
「それに、父さんと母さんにもずっと教えられてきたことだしね。『人を愛しなさい』って。そうすればその愛は、必ず返ってくるって」
ルナはそう言うと、へらりと眉を下げて笑った。ポツポツと語るルナの横顔を、情けなく笑うその表情を、ディーンは黙って見つめる。そして、
「お花畑みたいな考えだな」
と、そっぽを向いて呟いた。
わざとらしい冷たい態度に、ルナはくすりと笑い、こう返す。
「そう? 現にディーンとだって、こうして友達になれたじゃない」
「んなっ!」
その言葉に、ディーンはカッと頬を赤くした。
その様子を見てルナは、ケラケラと腹を抱えて笑う。揶揄うようなその笑い声に、ディーンはさらに顔を染めた。
冗談のように返した言葉だったが、事実、ルナは心からそう思っていた。
最初は侮るような目をしていたディーンも、今はこうして対等に接してくれている。はじめは敵意ばかり向けられていた神殿でも、ルナが聖務で結果を出すに連れ、アネリア以外にもルナを慕う神官や巫女たちも増えていた。
「まあ、その両親には『神殿に入ったら結婚もできなくなるんだぞ』って、最後まで反対されたんだけどね」
「へえ。『聖女』なんて名誉、俺なら喜ぶけどな」
「ディーンのご両親も?」
「貴族なんて、爵位と権力が全てだからな」
「ふうん……?」
目を逸らしたまま言うディーンに、ルナはわかったようなわからないような返事を返す。
ルナとディーンは今でこそ身分は同じだが、育った環境は全く異なっていた。貴族には貴族の事情があるのだろう。
「元気かなあ……父さんも、母さんも」
ふと寂しくなって、ルナはぽつりと呟いた。丘に風が吹き抜け、白い花弁が空に舞う。
いつもの明るさを潜めたルナに、ディーンは少しだけ戸惑った。
だけど何を言えばいいのかわからず、沈黙で返す。
やっと喉から出てきたのは、こんな揶揄いを交えた言葉だった。
「……お前みたいな娘を育てた両親だろ、簡単には死なねえよ」
「まあ、どういう意味かしら!?」
「さあねー」
いつもの調子を取り戻したルナと、子供のような言い合いがはじまる。いつもの日常、何度も繰り返したやりとり。二人の笑い声が、夕焼けの丘へと溶けていった。
——しかし、その穏やかな日々は、長くは続かなかった。
サンクティア王国に、疫病が流行し始めたのだ。




