16.エピローグ
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白亜の壁が月光を弾く大神殿。それを見下ろす丘の上には、一面の白い花が咲き誇っていた。
丘を吹き抜ける夜風に揺られ、花々は無数の花弁を宙へと散らしていく。夜闇を舞う白い花は、まるで星屑のようだった。
——クスクス。クスクス。そんな花嵐の中心で、楽しげな笑い声が響く。
くすぐるように喉を鳴らす黒髪の女。その足元では黒猫が野花と戯れ、そしてその背後には、夜の中でひときわ目を引く白い装束の女が、大神殿を見下ろすように立っていた。
「悪意なき過ち、身を焦がす嫉妬、裏切りの連鎖——そして、そこから新たに芽生える憎しみの種。どれもこれも、人なればこそ生まれた物語。……ああ、素敵。なんて素敵な、結末なのかしら……!」
夜風に長い黒髪を遊ばせながら、魔女ルナは恍惚とした笑みを浮かべる。月光に照らされたその横顔は美しく、そしてどこか狂気を帯びていた。
ルナは花の一輪をそっと唇へ寄せると、小さく口付けを落した。そのまま「ああ愛してる、愛してる……」と囁き始める。
唄うような声。何かに魅入られたように目を細めるその姿は夜の闇の中でいっそう妖しく映る。
「私のかわいい『踊り手』たち……今日もまた、素敵な物語を見せてくれる。なんて愛しく、愛らしいのでしょう」
ルナはそう言うと、手にしていた花をふわりと放した。白く小さなそれは風に攫われ、夜空へと舞い上がっていく。
その軌跡を眺めながら、ルナは包み込むような優しい声を背後へ投げかけた。
「……だから、もういいのよ。今の私にそんなことをしなくたって——ねえ、アネリア」
柔らかく目を細め、振り返る。その先には——
白い装束の裾を地に広げ、膝をつくアネリアの姿があった。
まるでルナ相手に祈りを捧げるように、じっと両手を組んでいる。
「——いいえ。どうか、このままでいさせてください。これは私の、私なりの祈りなのです」
アネリアは小さく首を振り、組んだ両手にぎゅうと力を込めた。
若葉色の瞳からははらはらと涙が零れ落ち、嗚咽を漏らすたびに肩が震える。
その姿はまるで深い痛みに耐えているかのようで、それを案じたのか黒猫がそっとアネリアへ寄り添った。
その様子を、ルナの紅い瞳だけが静かに見下ろしている。
その色はもう、アネリアの知るものではない。
だけどその瞳に宿る慈愛を、優しい眼差しを——アネリアはたしかに知っていた。
「あなた様はいつだって、力なき者へ力を与えてくださった。『自分に力があったなら』と、そう願う者たちへ。——その高潔な魂は、どんなお姿になられても、決して変わることはないのですね」
流れる涙を拭うこともなく、アネリアは続けた。夜風が吹く。花が舞う。月が見ている。
祈りの姿勢をとったまま、アネリアはゆっくりと顔を上げた。
夜色の瞳が血に染まっても、聖なる奇跡が魔に染まったとしても。月光を背に立つその姿だけは、決して変わらない。
「ああ……あなた様だったのですね。いつだって、私たちの希望になってくださるのは——」
震える声でそう告げる。言葉にすればするほど、瞳からは涙が溢れた。
孤独の夜に優しく寄り添う窓明かりのように。果てない夜の中、唯一の標となる光のように。
もう一度出逢えた奇跡を噛み締めながら、アネリアは祈るようにその名を呼んだ。
「——聖女、ルナ様」
第六章 『祈りし信徒は呪いに沈む』 終




