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血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
第五章 祈らぬ舞い子は朝に笑む

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 白亜の外壁が月光に輝く大神殿。

 神に仕え、『魔』より民を守るその場所には、夜の帳が降りたあともなお灯火を絶やさぬ者たちがいた。

 一定以上の階級を持つ者にのみ許された執務室にて、枢機卿オーギュスト・ドミニク・ブラッドフォードは、ふと鼻で笑うように呟く。


「ふん……下手を打ちましたね、グレゴール」


 彼の手にあるのは、先日摘発された王都地下闘技場についての報告書だった。

 か弱い動物を魔物に喰わせ、それを見世物としていた悪趣味な施設。そこへ、最近国中を騒がせている『魔女』が介入したらしい。

 彼女の操る死霊は勇者ディーンによって討たれたが、肝心の魔女本人はまたしても取り逃がされた。

 ——いや、それ自体は構わない。()()()が一筋縄ではいかぬことなど、とうに理解している。問題なのは、この事件がすでに市井へ広まりつつあることだ。

 闘技場を運営していたのが貴族であったことも、客として多くの権力者が出入りしていたことも、全て。


「あれほど実入りのいい場だったものを……まったく、誰があの場所を与えてやったと思っているのやら」


 苛立たしげにぼやくオーギュストへ、壁際に控えていた下級神官が恐る恐る口を開いた。


「……いかがなさいますか、閣下?」

「……グレゴールが殺されたというのなら、むしろ好都合でしょう。責任の矛先は、全て死人へ向けておきなさい。市井には、『魔女』の関与は漏らさぬように」

 

 勇者の功績とでも喧伝すれば簡単に食いつくでしょう、と続けるオーギュストに、神官は「御意に」と頭を垂れ、そのまま部屋を辞した。

 一人きりになった執務室で、オーギュストは椅子へ深く身を預け、静かに息を吐く。窓の外では、夜空に浮かぶ月が煌々と輝いていた。


「魔女……ね。王都や貴族にまで頻繁に手を出されるとなれば——こちらも少し、考えねばなりませんね」


 月を見上げながら、オーギュストは傍らの大杖へと手を伸ばした。

 その先端に嵌め込まれた宝玉は、まるで闇を吸い込むように、黒く鈍い光を帯びていた。






 

 ——サンクティア王国、王都。

 その繁華街では、夜の帷が下りた後もなお、眩い灯りと喧騒に満ちていた。石畳の大通りには仕事帰りの者たちが、酒場では酔客たちが肩を寄せ合い、酒杯を片手に噂話へ興じている。


「聞いたか? この前の大捕物」

「ああ、どこぞのお貴族様が、違法の闘技場を開いてたって話だろ?」

「そうそう。動物どもを魔物に喰わせて、それを見世物にしてたんだとさ」

「まったく、いい趣味してるよ」


 男たちが呆れ混じりに笑えば、酒場の奥で樽を磨いていた女主人が、その話を引き取るように口を開いた。


「それって、あれかい? 勇者様が見つけてくだすったってやつ」

「ディーン様が? さすがだな。遠征から戻られたばかりだってのに」

「本当にねえ。神の加護を、ちゃんと私たち市民のために使ってくださる。まさに勇者様って感じだよ」


 その声を皮切りに、酒場ではあちらこちらで勇者ディーンの噂話が広まる。

 酒場だけではない、道行く者たちもまた、口を開けば勇者の話ばかりだった。

 やれ先の遠征ではたった一人で竜を討ち果たしたとか、聖女の結界が崩壊し魔物に支配された街を取り戻しただとか——どこまでが真実でどこからが尾ひれなのかわからない話を、それでも人々は熱に浮かされたように語り続けた。


「最近噂の魔女だって、あの方なら簡単に討ち滅ぼしてくださるさ」

「ああ、勇者様さえいれば、この国は安泰だ」

「勇者ディーン様に乾杯! サンクティア王国に栄光あれ!」


 男たちはそう言って、杯がぶつけ合い、歓声を上げる。

 繁華街は、まだ宵の浅い時間だというのに、異様な盛り上がりを見せていた。

 

 ——その様子を、面白くなさそうに見下ろす影がひとつ。


「ディーンったら、相変わらず人気者なのね」


 その一角、背の高いその建物の屋根の上で、魔女ルナは夜風に長い髪を揺らしながら眼下の喧騒を眺めていた。その足元には相変わらず黒猫が鳴き、その背には眩い月光を背負っている。

 ルナはそう呟くと、どこかつまらなそうだった顔にくすりと微笑みを浮かべた。紅い瞳を慈愛に細めながら囁く。


「まあ、勇者だの聖女だの、そんな肩書きだけで簡単に誰かを信じてしまう人間の愚かさも、可愛らしいものだけれど——でも、このまま彼に邪魔され続けるのは、私としてもあまり面白くないわね」


 そう言って、ルナはおもむろに立ち上がった。黒いドレスが夜風にはためく。静かに空を見上げた。

 月は何も語らない。だがルナは、黙したままの月に向かってひとつ頷くと、小さく語り始めた。


「そうね……あの剣が現れるというのなら、その矛先を変えるだけ。胸がはち切れんばかりの願いが、恨みがあるのなら、私は力を与えるだけよ」


 そう宣う彼女の紅い瞳に、輝く朝日の中踊る女の姿が映る。

 全身に光を浴びながら、まるで祈りを捧げるかのように舞を舞う。

 ルナは、その静かな美しさに、ゆっくりと口元を吊り上げた。


「今度はあなたが私と愛を奏でてくれるのね。

 ……ふふ。大丈夫よ。あなたもまた血を捧ぐのなら、そこに祈りなど必要ないわ。


 ——さあ、踊ってらっしゃい」


 言葉とともに、魔女の影は闇に消える。

 下方では、まだ人々の喧騒が続いていた。

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