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血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
第四章 魔女の犬は檻に踊る

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5

「今日の主役はこいつにしよう。こいつを檻から出せ」

「はっ」


 “ぐれごーる”がそう言うと、うしろに立っていたおとこの人が、セシルのはいっている“おり”に手をかけた。

 かちゃり。

 とびらがかんたんにひらく。


「……ん? この檻、鍵が壊れていますね」

「なに? まあ、逃げなかったのならいい。他の檻も後で確認しておけ」

「かしこまりました」


 そう言って、くろいおとこの人が、セシルを“おり”から出す。

 セシルはいうとおり、しずかにふたりのもとへあるいた。

 ほかのひとたちみたいにさけんだり、あばれたりしないで。

 “ぐれごーる”たちは、そんなセシルを見て、「珍しいな」とニヤニヤわらった。


(うわあ、うわあ。ついに、セシルが“ショー”に出るんだ)


 わたしは、そのようすをこっそりながめながら、むねをワクワクさせた。

 あの、たのしそうな場所。みんながわらう、そのまんなかに。

 セシルがいくんだ。


 ドキドキと、むねをならす。

 セシルは、そんなわたしに気づいたのか、ふと、こっちをふりかえった。

 そして、


『——さよなら』


 ふっ、と、わらって。

 そう言った。

 ちいさな、ちいさな声で。


『……』


 そして、わたしのへんじもきかないで、“ぐれごーる”のあとをついてあるく。

 そのまま、ふりかえらず、へやをでていった。


 “ぐれごーる”たちがでていき、“おり”のなかのひとたちは、やっぱり、ほっとしたようなかおをした。

 はこのかげからそっとぬけだす。

 くびをかしげた。


 どうしてセシルは、あんなにかなしそうなかおをしたんだろう。

 これから、“ショー”にいくのに。

 『てんごく』みたいに、たのしいところに。


 わたしは、ワクワクするきもちとおなじくらい、どんよりとしたきもちにもなった。

 “ぐれごーる”たちにつれられて、かえってきたひとはいなかった。

 それじゃあ、セシルも、もうかえってこないのかな?

 それをかんがえると、なんだか、むねがちくっとした。


(……見てみたいな、“ショー”)


 そして、そうおもった。

 もし、もうセシルに会えないのなら。

 せめて、セシルが『てんごく』のなかにいるのを、見てみたい。


 わたしはそうおもって、こっそりとへやをぬけだすことにきめた。

 あの、おおきなとびらのむこう。

 あのとき、セシルにとめられた場所。

 あそこなら、いままでよりもっと、“ショー”がよく見えるかもしれない。


 わたしは、“ぐれごーる”たちの足音にみみをすませると、そのあとをおいかけた。

 セシルにすら気づかれないくらい、ひっそり、こっそりと。


 たくさんならんだ、木のはこのあいだをすりぬける。

 つきあたりに、“さく”におおわれた、ひらたい穴が見えてくる。

 そこもとおりすぎて、さらにおく。

 “ぐれごーる”たちがはいっていく、おおきなとびらの、そのまたむこう。

 くらい道のさきに、それはあった。


 はんぶん、“さく”のこわれかけた穴。

 ちょうど、わたしのかおひとつくらいなら、すっぽりはいってしまいそうな。


(……ここ。まえに、セシルに行っちゃダメって言われたところだけど)


 それはおぼえていたけれど……。

 でも、どうしてもセシルの出る“ショー”がみたくて。

 わたしは、そこから、そっとむこうがわをのぞいてみた。


(……わあっ!)


 おもったとおり、そこからは、“ショー”にあつまった人たちが、よく見えた。

 あか、あお、きんいろ。

 きれいな服をきて、にこにこと“ショー”がはじまるのをまっている。

 だれかは手をたたき、

 だれかはくちぶえをならす。

 そして、みんなが、見つめるさき。

 いままで、人にかくれていちども見れなかった、そのさきには——


 まっかな“ぬの”でおおわれた“ぶたい”。

 それをぐるりと、まっくろい“ぼう”がかこっていた。


 まるで、セシルたちがいれられていた“おり”みたいだ。

 わたしたちみんながはいっても、だいじょうぶなくらい。

 そんな、おおきな、おおきな“おり”。


 “おり”のなかには、まだだれもいなかった。

 でも、まわりに人はもういっぱいで、みんな、声をあげたり、わらったりしてる。

 手をたたくおと。

 たのしそうな声が、だんだんおおきくなって、わたしも、なんだかこころがわくわくしてきた。


(セシルは、まだかなあ)


 そうおもったとき。

 ぱっ、と、“ぶたい”があかるくなった。

 わあっと、たかい声があがる。

 びっくりして、そっちに目をむけると、そこには、くろいぼうしをかぶった“ぐれごーる”がたっていた。


「レディースアンドジェントルメン! 今宵もお集まりいただき、ありがとうございます!」


 “ぐれごーる”がそう言うと、“きゃく”の人たちがどっとわいた。

 それにこたえるように、“ぐれごーる”はふかくあたまをさげ、おおきくてをひろげた。


「それでは、今夜の主役をご紹介致しましょう。今宵、このステージで踊り明かすのは——こいつだ!」


 そのこえといっしょに、まんなかの“おり”に、あらわれたのは——


 セシルだった。


(——セシルだ!)


 わたしは、こころのなかでさけんだ。

 セシルは、いつもみたいにすんっとすまして立っていた。

 おおきな、おおきな“おり”のまんなかで。

 ただ、まっすぐに。


 “きゃく”の人たちは、そんなセシルにむかって手をたたいた。

「いいぞー!」「期待してるぞ!」「今夜は当たりだな」

 いろんな声と、くちぶえの音。

 ぜんぶセシルにむけられたものなんだとおもうと、なんだか、わたしのほうがうれしいきもちになった。


 これから、“ショー”がはじまるんだ。

 いったい、どんなことをするんだろう。

 そうおもうと、むねがどきどきしてくる。

 手をたたく音は、まだなりやまない。

 そのなかで、“ぐれごーる“が、また手をひろげて言った。


「ありがとうございます、ありがとうございます。しかし、ここからが本番。次は、主役を引き立てる“相手役”をご紹介致しましょう」


 ざわ、と。

 “きゃく”の人たちがいきをのむ。


「今宵の“捕食者”の登場です!」


 ——わっ!

 いっせいに、こえがあがる。

 それとどうじに、まんなかの“ぶたい”、セシルのめのまえに、おおきな“おり”がガラガラとひかれてきた。

 その、なかにいたのは——


(——え?)


 『まもの』だった。


 まっくろで、とても、とてもおおきなからだ。

 わたしより。セシルより。“ぐれごーる”より、ずっとずっとおおきい。

 そのおおきなからだのうえに、おおきなくびが、みっつ。

 それぞれのくちに、しろい、するどい、“きば”がはえていた。

 まっかな目が、セシルのほうを見て、

——がああああっ!!

 おおきく、ほえた。


(——なに、あれ。)


 びりびりと、からだがふるえる。

 あまりにもおそろしい声に、わたしは、穴のむこうがわで、ちいさくあとずさりをした。


「——それでは、“ショー”の始まりです!」


 “ぐれごーる“がそう言うと、『まもの』のはいった“おり”が、ひらいた。

 そして、つぎのしゅんかん。


 どんっ!

 いきおいよく、ゆかをけり、

 『まもの』は、セシルにとびかかった。


「ぐっ……!」


 くるり、からだをひるがえして、セシルはそれをよける。

 でも——『まもの』はそれよりもはやく、うでをセシルのからだにふりおろした。


『痛ッ——!』


 するどいツメが、セシルのせなかにひっかかる。

 ぶしゅっ。

 あかい“ち”がとびちった。


 ——わああああっ!!

 “ち”が、“おり”のなかをそめるのを見て、“きゃく”たちはさらに声をあげた。

 セシルが、ゆかにたおれる。

 そこへ、『まもの』がのしかかり、

 がぶっ。

 かたに、くいついた。


「っ……ア゛ああッ!」


 ひめいがひびく。

 “ち”がとびちる。

 『まもの』が、セシルを、おいかける。


——なんだ、これは。

——わたしは、いったい、なにを見ているの?


 わからなくて。

 なにもかも、わからなくて。

 わたしは、ただ。ただ、ただ、セシルがさけぶのをながめていた。


 なに?

 なにが、おこっているの?


 ここは、うたったり、おどったり、たのしいことをする場所じゃないの?

 だって。

 “ショー”は、そういうところだって、ママが言ってた。

 『てんごく』みたいなところだって、セシルも。

 それに、“ショー”を見てる人たちも、みんな。

 みんな、たのしそうにわらってたのに。


 そうおもって、ふりかえる。

 “ショー”にあつまった、たくさんの人たちは——


 わらっていた。


 いままでと、おなじように。

 さっきまでと、おなじように。


「いいぞー!」

「もっとやれ!」

「逃げるなよ!」


 そう、声をあげ。

 手をたたき。

 こころのそこから——たのしそうに。


(……どうして?)


 あたまが、ぐらぐらした。

 おもいだす。

 あのちいさな“おり”のなかで、ふるえてたひとたちのことを。

 “ぐれごーる”がくるたび、おびえて、そとにでるのをいやがったひとたちのことを。

 『てんごく』みたいだと言うセシルが、すこしだけ、かなしいかおをしていたことを。


(ああ、それじゃあ。セシルがいってた『てんごく』っていうのは——)


「きゃうっ!」


 ぐらぐらとゆれるわたしのあたまに、ひめいがとどいた。

 セシルの声だ。

 わたしはハッとして、“ぶたい”に目をもどす。

 おおきな“おり”のなかで、セシルがまっかになってたおれていた。


『セシル!!』


 さけぶ。

 だけどそれは、もりあがる人の声と、『まもの』のとおぼえにかきけされた。

 セシルはかわらず『まもの』からにげまどい、『まもの』はセシルをおいまわす。

 また“ち”がとびちる。


(どうしよう、このままじゃ)

(このままじゃ、セシルがしんじゃう!)


 わたしは、あせって。

 こわくて、こわくて。

 なにもかんがえられなくなって、めのまえの“さく”に、おもいきりからだをぶつけた。


『セシル、セシル! まってて、いま、いくから——!』


 どんっ!

 がんっ!

 からだをひいて、いきおいをつけて。

 つよくぶつかる。

 びくともしない。

 がんっ! がんっ!

 もういちど。なんどでも。

 からだをうちつける。


『セシル、セシル——!』


 さけぶ。

 ぶつかる。

 “さく”にかみついて、あたまをうごかす。

『ッ痛い、やめて!』『いやあッ! ああああっ!』

 セシルのひめいは、それでもやまない。


 とめなきゃ。

 いかなきゃ。

 セシルのところへ。


 あたまのなかにあるのは、それだけだった。

 どんっ! どんっ!

 うちつけるからだがだんだんいたんでくる。


『セシル……っ!』


 さけぶ声が、かれてくる。

 そのときだった。

 『まもの』にひきたおされて、ゆかにころんでいたセシルが、こちらを見た。


『……!? 何をしているの!?』


 目があう。

 セシルは、おどろいたようにそうさけんだ。

 “ち”で、まっかにそまったままのかおで。


『セシル! まってて、もうすこしだから——!』

『ばか! こっちへは来ちゃだめって——きゃあああっ!』

『ッセシル!』


 セシルが気づいてくれたのがうれしくて。

 だけど、よわったすがたがかなしくて。

 さけんだわたしに、こたえてくれたセシルを、だけども『まもの』は、ようしゃなくうでをふり下ろした。


 どんっ!

 セシルのからだが、とばされる。

 がしゃんっ!

 ほそいからだが、“おり”につよくぶつかった。

「あ゛ウっ!」

 声をもらすセシルに、またツメがふりおろされる。


『……やめろおおおおお!!!!』


 わたしはまた、声をはりあげ、“さく”につよくからだをうちつけた。

 はやく。

 はやくいかなくちゃ。

 この穴のむこうがわへ。


 ぎしっ! ぎしっ!

 こわれかけた“さく”がきしむ。

 ざしゅっ。びちゃっ。

 かみつく音。セシルのひめい。

 わらい声。くちぶえ。あかくそまる“ぶたい”。

 それでも、


『……きちゃ……だ、め……』


 セシルは、言った。

 まるで、さいごのちからをふりしぼるみたいに。

 ちいさな、ちいさな声で。


「……ガアゥアア゛アアアア!!!」


 『まもの』が、ひときわおおきくなく。

 おおきな“きば“が、セシルのくびをきりさいた。


『————っセシルうううううううううう!!!!!』


 さけぶ。

 “さく”にぶつかる。

 ——ばきんっ!!

 おおきな音を立てて、それはこわれた。

 いきおいのまま、“さく”のむこうがわへところがりおちる。


 ——わあああああっ!

 もりあがる“きゃく”のなか、わたしはいちもくさんにセシルのもとへとかける。

 “ぶたい”にむちゅうな人たちは、足元をかけるわたしには気付かない。


『セシル!!』


 そうしてたどりついた、おおきな“おり”のはじっこで——

 セシルは、あかくそまってたおれていた。


『セシル、セシル! おきて! わたしだよ!』

『……っ』

『たすけに来たんだよ! だから、だからもう——』


 きゃんきゃんと声をあげるわたしに、セシルはすこしだけかおをあげた。

 わたしのほうをみる。

 そして、ふっ、と、わらって、


『……もう、大丈夫……よ……』


 それだけ言って、セシルは——


 もうにどと、うごかなくなった。

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