5
「今日の主役はこいつにしよう。こいつを檻から出せ」
「はっ」
“ぐれごーる”がそう言うと、うしろに立っていたおとこの人が、セシルのはいっている“おり”に手をかけた。
かちゃり。
とびらがかんたんにひらく。
「……ん? この檻、鍵が壊れていますね」
「なに? まあ、逃げなかったのならいい。他の檻も後で確認しておけ」
「かしこまりました」
そう言って、くろいおとこの人が、セシルを“おり”から出す。
セシルはいうとおり、しずかにふたりのもとへあるいた。
ほかのひとたちみたいにさけんだり、あばれたりしないで。
“ぐれごーる”たちは、そんなセシルを見て、「珍しいな」とニヤニヤわらった。
(うわあ、うわあ。ついに、セシルが“ショー”に出るんだ)
わたしは、そのようすをこっそりながめながら、むねをワクワクさせた。
あの、たのしそうな場所。みんながわらう、そのまんなかに。
セシルがいくんだ。
ドキドキと、むねをならす。
セシルは、そんなわたしに気づいたのか、ふと、こっちをふりかえった。
そして、
『——さよなら』
ふっ、と、わらって。
そう言った。
ちいさな、ちいさな声で。
『……』
そして、わたしのへんじもきかないで、“ぐれごーる”のあとをついてあるく。
そのまま、ふりかえらず、へやをでていった。
“ぐれごーる”たちがでていき、“おり”のなかのひとたちは、やっぱり、ほっとしたようなかおをした。
はこのかげからそっとぬけだす。
くびをかしげた。
どうしてセシルは、あんなにかなしそうなかおをしたんだろう。
これから、“ショー”にいくのに。
『てんごく』みたいに、たのしいところに。
わたしは、ワクワクするきもちとおなじくらい、どんよりとしたきもちにもなった。
“ぐれごーる”たちにつれられて、かえってきたひとはいなかった。
それじゃあ、セシルも、もうかえってこないのかな?
それをかんがえると、なんだか、むねがちくっとした。
(……見てみたいな、“ショー”)
そして、そうおもった。
もし、もうセシルに会えないのなら。
せめて、セシルが『てんごく』のなかにいるのを、見てみたい。
わたしはそうおもって、こっそりとへやをぬけだすことにきめた。
あの、おおきなとびらのむこう。
あのとき、セシルにとめられた場所。
あそこなら、いままでよりもっと、“ショー”がよく見えるかもしれない。
わたしは、“ぐれごーる”たちの足音にみみをすませると、そのあとをおいかけた。
セシルにすら気づかれないくらい、ひっそり、こっそりと。
たくさんならんだ、木のはこのあいだをすりぬける。
つきあたりに、“さく”におおわれた、ひらたい穴が見えてくる。
そこもとおりすぎて、さらにおく。
“ぐれごーる”たちがはいっていく、おおきなとびらの、そのまたむこう。
くらい道のさきに、それはあった。
はんぶん、“さく”のこわれかけた穴。
ちょうど、わたしのかおひとつくらいなら、すっぽりはいってしまいそうな。
(……ここ。まえに、セシルに行っちゃダメって言われたところだけど)
それはおぼえていたけれど……。
でも、どうしてもセシルの出る“ショー”がみたくて。
わたしは、そこから、そっとむこうがわをのぞいてみた。
(……わあっ!)
おもったとおり、そこからは、“ショー”にあつまった人たちが、よく見えた。
あか、あお、きんいろ。
きれいな服をきて、にこにこと“ショー”がはじまるのをまっている。
だれかは手をたたき、
だれかはくちぶえをならす。
そして、みんなが、見つめるさき。
いままで、人にかくれていちども見れなかった、そのさきには——
まっかな“ぬの”でおおわれた“ぶたい”。
それをぐるりと、まっくろい“ぼう”がかこっていた。
まるで、セシルたちがいれられていた“おり”みたいだ。
わたしたちみんながはいっても、だいじょうぶなくらい。
そんな、おおきな、おおきな“おり”。
“おり”のなかには、まだだれもいなかった。
でも、まわりに人はもういっぱいで、みんな、声をあげたり、わらったりしてる。
手をたたくおと。
たのしそうな声が、だんだんおおきくなって、わたしも、なんだかこころがわくわくしてきた。
(セシルは、まだかなあ)
そうおもったとき。
ぱっ、と、“ぶたい”があかるくなった。
わあっと、たかい声があがる。
びっくりして、そっちに目をむけると、そこには、くろいぼうしをかぶった“ぐれごーる”がたっていた。
「レディースアンドジェントルメン! 今宵もお集まりいただき、ありがとうございます!」
“ぐれごーる”がそう言うと、“きゃく”の人たちがどっとわいた。
それにこたえるように、“ぐれごーる”はふかくあたまをさげ、おおきくてをひろげた。
「それでは、今夜の主役をご紹介致しましょう。今宵、このステージで踊り明かすのは——こいつだ!」
そのこえといっしょに、まんなかの“おり”に、あらわれたのは——
セシルだった。
(——セシルだ!)
わたしは、こころのなかでさけんだ。
セシルは、いつもみたいにすんっとすまして立っていた。
おおきな、おおきな“おり”のまんなかで。
ただ、まっすぐに。
“きゃく”の人たちは、そんなセシルにむかって手をたたいた。
「いいぞー!」「期待してるぞ!」「今夜は当たりだな」
いろんな声と、くちぶえの音。
ぜんぶセシルにむけられたものなんだとおもうと、なんだか、わたしのほうがうれしいきもちになった。
これから、“ショー”がはじまるんだ。
いったい、どんなことをするんだろう。
そうおもうと、むねがどきどきしてくる。
手をたたく音は、まだなりやまない。
そのなかで、“ぐれごーる“が、また手をひろげて言った。
「ありがとうございます、ありがとうございます。しかし、ここからが本番。次は、主役を引き立てる“相手役”をご紹介致しましょう」
ざわ、と。
“きゃく”の人たちがいきをのむ。
「今宵の“捕食者”の登場です!」
——わっ!
いっせいに、こえがあがる。
それとどうじに、まんなかの“ぶたい”、セシルのめのまえに、おおきな“おり”がガラガラとひかれてきた。
その、なかにいたのは——
(——え?)
『まもの』だった。
まっくろで、とても、とてもおおきなからだ。
わたしより。セシルより。“ぐれごーる”より、ずっとずっとおおきい。
そのおおきなからだのうえに、おおきなくびが、みっつ。
それぞれのくちに、しろい、するどい、“きば”がはえていた。
まっかな目が、セシルのほうを見て、
——がああああっ!!
おおきく、ほえた。
(——なに、あれ。)
びりびりと、からだがふるえる。
あまりにもおそろしい声に、わたしは、穴のむこうがわで、ちいさくあとずさりをした。
「——それでは、“ショー”の始まりです!」
“ぐれごーる“がそう言うと、『まもの』のはいった“おり”が、ひらいた。
そして、つぎのしゅんかん。
どんっ!
いきおいよく、ゆかをけり、
『まもの』は、セシルにとびかかった。
「ぐっ……!」
くるり、からだをひるがえして、セシルはそれをよける。
でも——『まもの』はそれよりもはやく、うでをセシルのからだにふりおろした。
『痛ッ——!』
するどいツメが、セシルのせなかにひっかかる。
ぶしゅっ。
あかい“ち”がとびちった。
——わああああっ!!
“ち”が、“おり”のなかをそめるのを見て、“きゃく”たちはさらに声をあげた。
セシルが、ゆかにたおれる。
そこへ、『まもの』がのしかかり、
がぶっ。
かたに、くいついた。
「っ……ア゛ああッ!」
ひめいがひびく。
“ち”がとびちる。
『まもの』が、セシルを、おいかける。
——なんだ、これは。
——わたしは、いったい、なにを見ているの?
わからなくて。
なにもかも、わからなくて。
わたしは、ただ。ただ、ただ、セシルがさけぶのをながめていた。
なに?
なにが、おこっているの?
ここは、うたったり、おどったり、たのしいことをする場所じゃないの?
だって。
“ショー”は、そういうところだって、ママが言ってた。
『てんごく』みたいなところだって、セシルも。
それに、“ショー”を見てる人たちも、みんな。
みんな、たのしそうにわらってたのに。
そうおもって、ふりかえる。
“ショー”にあつまった、たくさんの人たちは——
わらっていた。
いままでと、おなじように。
さっきまでと、おなじように。
「いいぞー!」
「もっとやれ!」
「逃げるなよ!」
そう、声をあげ。
手をたたき。
こころのそこから——たのしそうに。
(……どうして?)
あたまが、ぐらぐらした。
おもいだす。
あのちいさな“おり”のなかで、ふるえてたひとたちのことを。
“ぐれごーる”がくるたび、おびえて、そとにでるのをいやがったひとたちのことを。
『てんごく』みたいだと言うセシルが、すこしだけ、かなしいかおをしていたことを。
(ああ、それじゃあ。セシルがいってた『てんごく』っていうのは——)
「きゃうっ!」
ぐらぐらとゆれるわたしのあたまに、ひめいがとどいた。
セシルの声だ。
わたしはハッとして、“ぶたい”に目をもどす。
おおきな“おり”のなかで、セシルがまっかになってたおれていた。
『セシル!!』
さけぶ。
だけどそれは、もりあがる人の声と、『まもの』のとおぼえにかきけされた。
セシルはかわらず『まもの』からにげまどい、『まもの』はセシルをおいまわす。
また“ち”がとびちる。
(どうしよう、このままじゃ)
(このままじゃ、セシルがしんじゃう!)
わたしは、あせって。
こわくて、こわくて。
なにもかんがえられなくなって、めのまえの“さく”に、おもいきりからだをぶつけた。
『セシル、セシル! まってて、いま、いくから——!』
どんっ!
がんっ!
からだをひいて、いきおいをつけて。
つよくぶつかる。
びくともしない。
がんっ! がんっ!
もういちど。なんどでも。
からだをうちつける。
『セシル、セシル——!』
さけぶ。
ぶつかる。
“さく”にかみついて、あたまをうごかす。
『ッ痛い、やめて!』『いやあッ! ああああっ!』
セシルのひめいは、それでもやまない。
とめなきゃ。
いかなきゃ。
セシルのところへ。
あたまのなかにあるのは、それだけだった。
どんっ! どんっ!
うちつけるからだがだんだんいたんでくる。
『セシル……っ!』
さけぶ声が、かれてくる。
そのときだった。
『まもの』にひきたおされて、ゆかにころんでいたセシルが、こちらを見た。
『……!? 何をしているの!?』
目があう。
セシルは、おどろいたようにそうさけんだ。
“ち”で、まっかにそまったままのかおで。
『セシル! まってて、もうすこしだから——!』
『ばか! こっちへは来ちゃだめって——きゃあああっ!』
『ッセシル!』
セシルが気づいてくれたのがうれしくて。
だけど、よわったすがたがかなしくて。
さけんだわたしに、こたえてくれたセシルを、だけども『まもの』は、ようしゃなくうでをふり下ろした。
どんっ!
セシルのからだが、とばされる。
がしゃんっ!
ほそいからだが、“おり”につよくぶつかった。
「あ゛ウっ!」
声をもらすセシルに、またツメがふりおろされる。
『……やめろおおおおお!!!!』
わたしはまた、声をはりあげ、“さく”につよくからだをうちつけた。
はやく。
はやくいかなくちゃ。
この穴のむこうがわへ。
ぎしっ! ぎしっ!
こわれかけた“さく”がきしむ。
ざしゅっ。びちゃっ。
かみつく音。セシルのひめい。
わらい声。くちぶえ。あかくそまる“ぶたい”。
それでも、
『……きちゃ……だ、め……』
セシルは、言った。
まるで、さいごのちからをふりしぼるみたいに。
ちいさな、ちいさな声で。
「……ガアゥアア゛アアアア!!!」
『まもの』が、ひときわおおきくなく。
おおきな“きば“が、セシルのくびをきりさいた。
『————っセシルうううううううううう!!!!!』
さけぶ。
“さく”にぶつかる。
——ばきんっ!!
おおきな音を立てて、それはこわれた。
いきおいのまま、“さく”のむこうがわへところがりおちる。
——わあああああっ!
もりあがる“きゃく”のなか、わたしはいちもくさんにセシルのもとへとかける。
“ぶたい”にむちゅうな人たちは、足元をかけるわたしには気付かない。
『セシル!!』
そうしてたどりついた、おおきな“おり”のはじっこで——
セシルは、あかくそまってたおれていた。
『セシル、セシル! おきて! わたしだよ!』
『……っ』
『たすけに来たんだよ! だから、だからもう——』
きゃんきゃんと声をあげるわたしに、セシルはすこしだけかおをあげた。
わたしのほうをみる。
そして、ふっ、と、わらって、
『……もう、大丈夫……よ……』
それだけ言って、セシルは——
もうにどと、うごかなくなった。




