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『こら、そっちには行っちゃダメって言ったでしょ!』
『そろそろ巡回の時間よ、隠れなさい!』
『待ちなさーい!』
セシルのあわてた声がおいかけてくる。
わたしをとめようと、だけどだれにも見つからないように、ちいさな声。
わたしはそれがなんだかたのしくて、えへへとわらって、はこのあいだをすりぬけた。
『だいじょうぶだよー!』
『大丈夫じゃないの! もしグレゴールに見つかったら……』
『だいじょうぶだよ。そのときは、』
わたしはくるっとまがって、ちいさなすきまにもぐりこむ。
『ほら。こうすれば、つかまらない』
『もう……!』
ニコリとわらうわたしに、セシルは、はあ、とためいきをついた。
わたしのあたらしいせいかつは、こんなふうに、いつもバタバタしていた。
気になることがあったら、すぐそっちへ行ってしまうわたしを、セシルはすぐにおいかけてくる。そして、
『そっちはダメよ』
『人が来るわ』
そう言って、わたしをしかる。
それはなんだか、イタズラしたわたしをしかるときの『ママ』みたいで。
わたしはうれしくて、うれしくて。
またあっちこっち走りまわっては、セシルにおこられてばかりいるのだ。
うすぐらいこの“いえ”は、わたしには気になるものばかりあふれていた。
だから“ぐれごーる”たちから、かくれてすごすのも、わたしにはあまりたいくつしなかった。
そのなかでもいちばん気になったのは、やっぱり“ショー”だった。
よるになるときこえてくる、にぎやかな声。
そのたびに、わたしはこっそり“へや”をぬけだして、“ショー”をのぞき見するのがたのしみだった。
つめたい“さく”のはまった穴から、“ショー”をながめる。
“ショー”には、いつだってたくさんの人があつまって、たのしそうにわらっていた。
みんなが見つめるさきは、やっぱり見えない。
けれど、まいにち“おり”からつれていかれる“だれか”が、そこにいるんだってことはわかった。
いいなあ。
手をたたいてわらう人たちを見ながら、そうかんがえる。
あんなに、たのしそうな人たちのまんなかで。
いったい、なにをしているんだろう。どんなたのしいことが、おきているんだろう。
“ショー”につれていかれたひとは、みんな、“おり”のへやにはかえってこなかった。
だから、“ショー”がどんなものだったのか、はなしをきけたことはない。
セシルにきいてみたこともある。
でも、セシルはなにもこたえてくれなかった。
だからわたしも、そのうちきくのをやめた。
セシルや、“おり”にのこったひとたちは、“ぐれごーる”たちがくるたび、ふるえたり、かなしいかおをした。
そして、“ぐれごーる”がいなくなると、みんな、ほっとしたかおになる。
わたしは、はこのかげから、それをなんども見ていた。
あるとき、“ショー”が気になってしかたがなくなったわたしは、もっと“ショー”がよく見える場所をさがそうとした。
すると、おおきなとびらのずっとおくに、“さく”がこわれかけた穴を見つけた。
ここなら、もっと、とおくが見えるかも。
そうおもって、からだを入れようとしたら、
『だめ!』
……と、セシルにおこられた。
『そこは、だめ。絶対に、行っちゃだめよ』
そう言うセシルは、いつもとちがって、なんだか……
なんだか、とても、こわい目をしていて。
だから、わたしは、そこにはもうちかづかないようにした。
どうしてそんなにだめなのか、それはよくわからなかったけど。
セシルがいうなら、きっと、だめなんだとおもった。
セシルとは、いろんなおはなしをした。
あるときは、
『ねえ、どうして、“ぐれごーる”にバレちゃだめなの? おいだされるから?』
『……追い出されるどころか、きっとあの檻に入れられてしまうわよ』
『それのなにがダメなの? セシルたちと、おそろいだよ!』
『でも、そうしたら、私と遊べなくなるわよ? 鍵が壊れているのは、私の檻だけだから』
『それは……いやだなあ』
こんなふうに、わたしのギモンにこたえてくれたり。
また、あるときは。
『ねえ、セシルは、“おり”からでられるのに、どうしておそとにいかないの?』
『外?』
『うん。わたし、セシルといっしょなら、おそとに出てもいいよ。あめがふっても、セシルといっしょなら、きっとたのしいもの!』
『……』
こんなふうに、だだをこねるわたしに、
『……そうね、たしかに、楽しそうだわ』
『でしょう!?』
『でも、私は体が大きいから、ここから出られないのよ。あなたがここに来たとき通った穴は、あなたでやっと通れるくらいの大きさだったのでしょう?』
『あ。』
やさしく、おしえてくれたり。
そして、おもったとおりにいかなくて、
『そっかあ……セシルといっしょなら、たのしいとおもったんだけどなあ』
そうざんねんがるわたしに、セシルはいつだってわらって、こういった。
『大丈夫よ。外には行けなくても、ずっと一緒にいてあげるから。
私が——ここから連れて行かれる、その時までは』
そう言うセシルの目は、『ママ』みたいにやさしくて。
なのに、じっと見ていると……なんだか、かなしいきもちになった。
セシルもいつか、“ショー”につれていかれて、かえってこなくなるのかな。
あの、たのしそうな声のまんなかに、いってしまったら。
そうしたら、わたしはまた、ひとりぼっちだ。
そうおもったら、あのたのしげな“ショー”が、はじめて、とてもいやなものにおもえた。
それから、セシルはときどき、じぶんのはなしもしてくれた。
『……私、昔はね、貴族の家の子だったのよ』
『きぞく?』
『そう。とてもおおきな家に住んでいてね。……でも、没落してしまって、もう生活できないからって、ここに売られてきたの』
きぞく。ぼつらく。
わたしにはわからないことばだったけれど、セシルも、わたしとおんなじなんだってことはわかった。
かえるおうちがなくて、かぞくともはなればなれになって、ここにいるってこと。
だからわたしも、セシルにおしえてあげた。
『わたしのママもね、しんじゃったの。それから、ずっとひとりだよ』
わたしが言うと、セシルはなにもいわず、そっとわたしにかおをよせてきた。
あたたかい。
ちかくにかんじるセシルは、やっぱり、ママとおんなじにおいがした。
ママ。
ママがいなくなってから、わたしはずっとひとりだった。
それがとてもさみしくて、とても、かなしかった。
でも、ここにきてから、いちどもそうおもったことがない。
“ショー”が見れなくても。“ぐれごーる”たちからかくれなきゃいけなくても。
ぜんぜん、たいへんじゃないんだよ。
だって、セシルがいるから。
セシルがいるだけで、わたしのこころは、ポカポカとあたたかくなるんだ。
——そんな、日々がつづいた、あるよるのことだった。
いつもとおなじように、“おり”のへやにやってきた“ぐれごーる”は、セシルのまえでたちどまり、言った。
「そうだな……今日の主役は、こいつにしよう」




