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血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
第四章 魔女の犬は檻に踊る

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4

『こら、そっちには行っちゃダメって言ったでしょ!』

『そろそろ巡回の時間よ、隠れなさい!』

『待ちなさーい!』


 セシルのあわてた声がおいかけてくる。

 わたしをとめようと、だけどだれにも見つからないように、ちいさな声。

 わたしはそれがなんだかたのしくて、えへへとわらって、はこのあいだをすりぬけた。


『だいじょうぶだよー!』

『大丈夫じゃないの! もしグレゴールに見つかったら……』

『だいじょうぶだよ。そのときは、』


 わたしはくるっとまがって、ちいさなすきまにもぐりこむ。


『ほら。こうすれば、つかまらない』

『もう……!』


 ニコリとわらうわたしに、セシルは、はあ、とためいきをついた。


 わたしのあたらしいせいかつは、こんなふうに、いつもバタバタしていた。

 気になることがあったら、すぐそっちへ行ってしまうわたしを、セシルはすぐにおいかけてくる。そして、

『そっちはダメよ』

『人が来るわ』

 そう言って、わたしをしかる。

 それはなんだか、イタズラしたわたしをしかるときの『ママ』みたいで。

 わたしはうれしくて、うれしくて。

 またあっちこっち走りまわっては、セシルにおこられてばかりいるのだ。


 うすぐらいこの“いえ”は、わたしには気になるものばかりあふれていた。

 だから“ぐれごーる”たちから、かくれてすごすのも、わたしにはあまりたいくつしなかった。


 そのなかでもいちばん気になったのは、やっぱり“ショー”だった。

 よるになるときこえてくる、にぎやかな声。

 そのたびに、わたしはこっそり“へや”をぬけだして、“ショー”をのぞき見するのがたのしみだった。


 つめたい“さく”のはまった穴から、“ショー”をながめる。

 “ショー”には、いつだってたくさんの人があつまって、たのしそうにわらっていた。

 みんなが見つめるさきは、やっぱり見えない。

 けれど、まいにち“おり”からつれていかれる“だれか”が、そこにいるんだってことはわかった。


 いいなあ。

 手をたたいてわらう人たちを見ながら、そうかんがえる。

 あんなに、たのしそうな人たちのまんなかで。

 いったい、なにをしているんだろう。どんなたのしいことが、おきているんだろう。


 “ショー”につれていかれたひとは、みんな、“おり”のへやにはかえってこなかった。

 だから、“ショー”がどんなものだったのか、はなしをきけたことはない。


 セシルにきいてみたこともある。

 でも、セシルはなにもこたえてくれなかった。

 だからわたしも、そのうちきくのをやめた。


 セシルや、“おり”にのこったひとたちは、“ぐれごーる”たちがくるたび、ふるえたり、かなしいかおをした。

 そして、“ぐれごーる”がいなくなると、みんな、ほっとしたかおになる。

 わたしは、はこのかげから、それをなんども見ていた。


 あるとき、“ショー”が気になってしかたがなくなったわたしは、もっと“ショー”がよく見える場所をさがそうとした。

 すると、おおきなとびらのずっとおくに、“さく”がこわれかけた穴を見つけた。

 ここなら、もっと、とおくが見えるかも。

 そうおもって、からだを入れようとしたら、

『だめ!』

 ……と、セシルにおこられた。


『そこは、だめ。絶対に、行っちゃだめよ』


 そう言うセシルは、いつもとちがって、なんだか……

 なんだか、とても、こわい目をしていて。

 だから、わたしは、そこにはもうちかづかないようにした。

 どうしてそんなにだめなのか、それはよくわからなかったけど。

 セシルがいうなら、きっと、だめなんだとおもった。



 セシルとは、いろんなおはなしをした。

 あるときは、

『ねえ、どうして、“ぐれごーる”にバレちゃだめなの? おいだされるから?』

『……追い出されるどころか、きっとあの檻に入れられてしまうわよ』

『それのなにがダメなの? セシルたちと、おそろいだよ!』

『でも、そうしたら、私と遊べなくなるわよ? 鍵が壊れているのは、私の檻だけだから』

『それは……いやだなあ』

 こんなふうに、わたしのギモンにこたえてくれたり。


 また、あるときは。

『ねえ、セシルは、“おり”からでられるのに、どうしておそとにいかないの?』

『外?』

『うん。わたし、セシルといっしょなら、おそとに出てもいいよ。あめがふっても、セシルといっしょなら、きっとたのしいもの!』

『……』

 こんなふうに、だだをこねるわたしに、

『……そうね、たしかに、楽しそうだわ』

『でしょう!?』

『でも、私は体が大きいから、ここから出られないのよ。あなたがここに来たとき通った穴は、あなたでやっと通れるくらいの大きさだったのでしょう?』

『あ。』

 やさしく、おしえてくれたり。


 そして、おもったとおりにいかなくて、

『そっかあ……セシルといっしょなら、たのしいとおもったんだけどなあ』

 そうざんねんがるわたしに、セシルはいつだってわらって、こういった。


『大丈夫よ。外には行けなくても、ずっと一緒にいてあげるから。

 私が——ここから連れて行かれる、その時までは』


 そう言うセシルの目は、『ママ』みたいにやさしくて。

 なのに、じっと見ていると……なんだか、かなしいきもちになった。


 セシルもいつか、“ショー”につれていかれて、かえってこなくなるのかな。

 あの、たのしそうな声のまんなかに、いってしまったら。


 そうしたら、わたしはまた、ひとりぼっちだ。

 そうおもったら、あのたのしげな“ショー”が、はじめて、とてもいやなものにおもえた。



 それから、セシルはときどき、じぶんのはなしもしてくれた。


『……私、昔はね、貴族の家の子だったのよ』

『きぞく?』

『そう。とてもおおきな家に住んでいてね。……でも、没落してしまって、もう生活できないからって、ここに売られてきたの』


 きぞく。ぼつらく。

 わたしにはわからないことばだったけれど、セシルも、わたしとおんなじなんだってことはわかった。

 かえるおうちがなくて、かぞくともはなればなれになって、ここにいるってこと。

 だからわたしも、セシルにおしえてあげた。


『わたしのママもね、しんじゃったの。それから、ずっとひとりだよ』


 わたしが言うと、セシルはなにもいわず、そっとわたしにかおをよせてきた。

 あたたかい。

 ちかくにかんじるセシルは、やっぱり、ママとおんなじにおいがした。


 ママ。

 ママがいなくなってから、わたしはずっとひとりだった。

 それがとてもさみしくて、とても、かなしかった。

 でも、ここにきてから、いちどもそうおもったことがない。

 “ショー”が見れなくても。“ぐれごーる”たちからかくれなきゃいけなくても。

 ぜんぜん、たいへんじゃないんだよ。


 だって、セシルがいるから。

 セシルがいるだけで、わたしのこころは、ポカポカとあたたかくなるんだ。




 ——そんな、日々がつづいた、あるよるのことだった。

 いつもとおなじように、“おり”のへやにやってきた“ぐれごーる”は、セシルのまえでたちどまり、言った。


「そうだな……今日の主役は、こいつにしよう」

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