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血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
第四章 魔女の犬は檻に踊る

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3

 セシルがわたしをつれてきたのは、さっきよりもせまくて、うすぐらいへやだった。


 木のはこじゃなくて、かたい“ぼう”でぐるりとかこまれた、“おり”がいっぱいならんでいた。

 そのひとつひとつのなかに、だれかがはいっている。


 しわくちゃのおじいさん。

 わたしよりちいさなおんなのこ。

 わたしたちを見て、びくってふるえたおとこのこに、

 かべにくっついて、ずっとふるえたままのおんなのひと。


 みんなみんな、声ひとつあげずにじっとしている。

 そしてなんだか……こわそうな、かおをしていた。

 なんでだろう?

 さっき見た人たちは、みんなわらってたのに。

 ここにいるひとたちはみんな、なにかをこわがっているみたいだ。


『ここよ』

『え?』

『この箱の裏に隠れていて。ここなら、滅多に人は来ないから』


 セシルは“おり”のあいだをぬけて、へやのいちばんおくにわたしをかくした。


『ここから出ちゃだめよ。いい?』

『……うん』


 つよく言われて、わたしはこくんとうなずく。

 セシルはそれをたしかめると、ちかくの“おり”へとむかっていった。

 とびらがすこしだけあいている。セシルはためらいもなく、そのなかにすべりこんだ。


(……? なんで、そのなかにはいるんだろう?)


 はこのかげから、そっとのぞく。

 セシルは、“おり”のまんなかで、すんっとすましてすわりこんだ。


(なんで、わたしといっしょにいてくれないの……?)


 なんだかさみしくなって、こころの中で、そうおもう。

 そのとき。


「——卿。お待ちください、グレゴール卿!」

「君こそ、早くしたまえ。観客を待たせるつもりか?」


 声がして、おとこの人たちがふたり、へやにはいってきた。

 さっきの人たちだ。

 くろい、きれいな服をきた人。

 見つからないように、からだをちぢめる。


「も、申し訳ありません。しかし、このような雑事、貴方様のお手を煩わせるほどではありませんのに」

「何を言う。“ショー”の主役を決める大事な仕事だ。他の者に任せるわけにはいくまいよ」


 “ショー”。

 そのことばに、みみがぴくっとうごいた。

 でも、“おり”のなかにいるセシルが、じろってこっちをむいた気がして、わたしはあわてていきをひそめる。


「さて……今宵の“ショー”は誰に彩ってもらおうかな」


 そんなわたしに気づかずに、おとこの人たちは、ぐるりとへやを見まわした。

 言いながら、ゆっくりと“おり”のあいだをあるく。

 そして、ひとつの“おり”のまえで、ぴたりととまった。


「そうだな。今日の主役は——お前にしよう」


 そう言って、ひとりが“おり”のなかをゆびさす。

 なかにいたのは、ちゃいろいおとこのひとだった。

 もうひとりが、“おり”のとびらをガチャリとあける。


『……!? 嫌だ! 行きたくない! やめろ、来るな……っ!』


 ちゃいろいおとこのひとは、びくっとしてうしろにさがり、つよくさけんだ。

 おおきな声。

 わたしは、その声にびっくりしてかたまった。


『どうして俺なんだ! 俺はまだ——!』

「うるさいな。さっさとしろ」

『嫌だああああっ!』


 ちゃいろいひとは、そうさけんで“おり”のなかをあばれた。

 だけどくろい人たちは、“おり”からむりやりひっぱりだす。

 じたばたもがいたまま、ずるずるとひきずられていった。


 それを見て、わたしはくびをかしげる。

 なんで?

 なんであのひとは、あんなにいやがっているんだろう?


 むずかしいことは、よくわからないけれど。

 あのひとは、“ショー”につれていってもらえるみたいだ。

 あんなにたくさんの人が、たのしそうにわらってる場所に。

 それの、なにが、いやなんだろう……?


 そういえばセシルも、ほかの“おり”の中のひとたちも、ちっともたのしそうじゃない。

 おとこの人たちを、こわいかおでじっと見つめたり。目をそらして、耳をふさいでいたり……。

 なんで、みんな、そんなかおをしているんだろう。


 ふしぎにおもっていると、くろい人たちは、いつのまにかいなくなっていた。

 足音がとおざかっていくのがきこえる。

 しばらくして、その音もきこえなくなったころ。

 わたしは、はこのかげから、そっとかおを出してみた。


『……もう、大丈夫よ』


 すると、いつのまにそこにいたんだろう、セシルがそうはなしかけてきた。

 やさしい、しずかな声だった。


『今日はもう、出てきて大丈夫。誰も来ないと思うから』

『……ねえ、セシル』


 そんなセシルに、わたしは、すこしだけまよってから、きいてみた。


『さっきのおとこのひと、どこにつれていかれたの?』

『……』


 セシルは、なにもいわない。

 “おり”のなかのひとたちが、ざわりと耳をふるわせた気がした。


『“ショー”って、『てんごく』みたいにたのしいことなんでしょ? なのに、なんで、あんなにいやがっていたの?』

『……天国、ね』


 セシルが、ぽつりとつぶやく。

 すこしだけ、わらいながら。


『そうね。——天国、かもしれないわね』

『……?』


 セシルは、おとこの人たちがいなくなったほうを見て、そう言った。

 かおはわらってるのに、なんだかかなしそうに見える。

 それがなんでだかわからなくて、わたしはまたくびをかしげた。


『……それより。今日はもうグレゴールは来ないから、さっさとおうちに帰りなさい!』


 そんなわたしに、セシルが、すこしつよい声でいった。

 きょとんとする。


『ぐれごーる?』

『さっきの男よ。ここのオーナーなの』

『おーなー……』


 よくわからないことば。

 でも、たぶん、このおうちのなかでいちばんえらい人ってことなんだろう。

 セシルはつづける。


『“ショー”の間は倉庫の見回りも減るわ。だから、今のうちに——』

『——やだ!』


 きづいたら、そう言っていた。

 セシルが、びっくりしたかおでわたしを見る。


『わたし、ここにすむ!』

『……は?』

『だって、ここ、いいところだもの。あめもふらないし、さむくないし。かえるおうちなんて、ないし』


 はっきりと言うわたしに、セシルは目をまんまるにした。

『だ、だからって……』

 なにかを言いかけたセシルをさえぎる。『それに、』


『それに、セシルもいるし』

『……!』


 にこっと、わらった。

 これがいちばん、だいじなりゆう。


 セシルは、わたしに、石をなげなかったし、おなかもけらなかった。

 それどころか、くろいおとこの人たち——“ぐれごーる”からかくしてくれた。

 こんなにやさしくされたのは、『しんでん』をおいだされてから、はじめてだったんだ。


 わたし、セシルと、もっといっしょにいたい。

 ほんとうに、ほんとうに、そうおもった。

 もう、そとで、ひとりで生きていくのは、いやだった。


 セシルは、なにもいわない。

 ただ、じっと、わたしを見ている。


『……わかったわ』


 やがて、ちいさくためいきをついた。

 あきらめたみたいに。でも、やさしい声。


『そこまで言うなら、もう帰れなんて言わないわ。でも、グレゴールたちには見つからないように。ちゃんと、隠れて過ごすのよ』

『えー?』

『えー、じゃない!』


 セシルが、しんけんな声で言う。

 おおげさだなあ、ってわたしはおもったけど、でもたしかに、かってにはいりこんだのがバレたら、ここからおいだされちゃうかもしれないもんね。

 『いい、ちゃんと私の言うこと聞くのよ?』って怒るセシルに、わたしはうんうんとうなずいた。


『あなたのことは、私ができるだけ守るから』


 まっすぐ目を見て、そう言われて。

 わたしは、むねがポカポカとしてくる。


 わたしに、やさしくしてくれるひと。

 わたしを、しんぱいしてくれるひと。

 わたしのことを、まもってくれるひと。


 なつかしいきもちになって、わたしはうれしくて、わらった。

 なんでだろう。

 みためも、声も、ぜんぜん違うのに。

 セシルからは、『ママ』とおんなじにおいがした。

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