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セシルがわたしをつれてきたのは、さっきよりもせまくて、うすぐらいへやだった。
木のはこじゃなくて、かたい“ぼう”でぐるりとかこまれた、“おり”がいっぱいならんでいた。
そのひとつひとつのなかに、だれかがはいっている。
しわくちゃのおじいさん。
わたしよりちいさなおんなのこ。
わたしたちを見て、びくってふるえたおとこのこに、
かべにくっついて、ずっとふるえたままのおんなのひと。
みんなみんな、声ひとつあげずにじっとしている。
そしてなんだか……こわそうな、かおをしていた。
なんでだろう?
さっき見た人たちは、みんなわらってたのに。
ここにいるひとたちはみんな、なにかをこわがっているみたいだ。
『ここよ』
『え?』
『この箱の裏に隠れていて。ここなら、滅多に人は来ないから』
セシルは“おり”のあいだをぬけて、へやのいちばんおくにわたしをかくした。
『ここから出ちゃだめよ。いい?』
『……うん』
つよく言われて、わたしはこくんとうなずく。
セシルはそれをたしかめると、ちかくの“おり”へとむかっていった。
とびらがすこしだけあいている。セシルはためらいもなく、そのなかにすべりこんだ。
(……? なんで、そのなかにはいるんだろう?)
はこのかげから、そっとのぞく。
セシルは、“おり”のまんなかで、すんっとすましてすわりこんだ。
(なんで、わたしといっしょにいてくれないの……?)
なんだかさみしくなって、こころの中で、そうおもう。
そのとき。
「——卿。お待ちください、グレゴール卿!」
「君こそ、早くしたまえ。観客を待たせるつもりか?」
声がして、おとこの人たちがふたり、へやにはいってきた。
さっきの人たちだ。
くろい、きれいな服をきた人。
見つからないように、からだをちぢめる。
「も、申し訳ありません。しかし、このような雑事、貴方様のお手を煩わせるほどではありませんのに」
「何を言う。“ショー”の主役を決める大事な仕事だ。他の者に任せるわけにはいくまいよ」
“ショー”。
そのことばに、みみがぴくっとうごいた。
でも、“おり”のなかにいるセシルが、じろってこっちをむいた気がして、わたしはあわてていきをひそめる。
「さて……今宵の“ショー”は誰に彩ってもらおうかな」
そんなわたしに気づかずに、おとこの人たちは、ぐるりとへやを見まわした。
言いながら、ゆっくりと“おり”のあいだをあるく。
そして、ひとつの“おり”のまえで、ぴたりととまった。
「そうだな。今日の主役は——お前にしよう」
そう言って、ひとりが“おり”のなかをゆびさす。
なかにいたのは、ちゃいろいおとこのひとだった。
もうひとりが、“おり”のとびらをガチャリとあける。
『……!? 嫌だ! 行きたくない! やめろ、来るな……っ!』
ちゃいろいおとこのひとは、びくっとしてうしろにさがり、つよくさけんだ。
おおきな声。
わたしは、その声にびっくりしてかたまった。
『どうして俺なんだ! 俺はまだ——!』
「うるさいな。さっさとしろ」
『嫌だああああっ!』
ちゃいろいひとは、そうさけんで“おり”のなかをあばれた。
だけどくろい人たちは、“おり”からむりやりひっぱりだす。
じたばたもがいたまま、ずるずるとひきずられていった。
それを見て、わたしはくびをかしげる。
なんで?
なんであのひとは、あんなにいやがっているんだろう?
むずかしいことは、よくわからないけれど。
あのひとは、“ショー”につれていってもらえるみたいだ。
あんなにたくさんの人が、たのしそうにわらってる場所に。
それの、なにが、いやなんだろう……?
そういえばセシルも、ほかの“おり”の中のひとたちも、ちっともたのしそうじゃない。
おとこの人たちを、こわいかおでじっと見つめたり。目をそらして、耳をふさいでいたり……。
なんで、みんな、そんなかおをしているんだろう。
ふしぎにおもっていると、くろい人たちは、いつのまにかいなくなっていた。
足音がとおざかっていくのがきこえる。
しばらくして、その音もきこえなくなったころ。
わたしは、はこのかげから、そっとかおを出してみた。
『……もう、大丈夫よ』
すると、いつのまにそこにいたんだろう、セシルがそうはなしかけてきた。
やさしい、しずかな声だった。
『今日はもう、出てきて大丈夫。誰も来ないと思うから』
『……ねえ、セシル』
そんなセシルに、わたしは、すこしだけまよってから、きいてみた。
『さっきのおとこのひと、どこにつれていかれたの?』
『……』
セシルは、なにもいわない。
“おり”のなかのひとたちが、ざわりと耳をふるわせた気がした。
『“ショー”って、『てんごく』みたいにたのしいことなんでしょ? なのに、なんで、あんなにいやがっていたの?』
『……天国、ね』
セシルが、ぽつりとつぶやく。
すこしだけ、わらいながら。
『そうね。——天国、かもしれないわね』
『……?』
セシルは、おとこの人たちがいなくなったほうを見て、そう言った。
かおはわらってるのに、なんだかかなしそうに見える。
それがなんでだかわからなくて、わたしはまたくびをかしげた。
『……それより。今日はもうグレゴールは来ないから、さっさとおうちに帰りなさい!』
そんなわたしに、セシルが、すこしつよい声でいった。
きょとんとする。
『ぐれごーる?』
『さっきの男よ。ここのオーナーなの』
『おーなー……』
よくわからないことば。
でも、たぶん、このおうちのなかでいちばんえらい人ってことなんだろう。
セシルはつづける。
『“ショー”の間は倉庫の見回りも減るわ。だから、今のうちに——』
『——やだ!』
きづいたら、そう言っていた。
セシルが、びっくりしたかおでわたしを見る。
『わたし、ここにすむ!』
『……は?』
『だって、ここ、いいところだもの。あめもふらないし、さむくないし。かえるおうちなんて、ないし』
はっきりと言うわたしに、セシルは目をまんまるにした。
『だ、だからって……』
なにかを言いかけたセシルをさえぎる。『それに、』
『それに、セシルもいるし』
『……!』
にこっと、わらった。
これがいちばん、だいじなりゆう。
セシルは、わたしに、石をなげなかったし、おなかもけらなかった。
それどころか、くろいおとこの人たち——“ぐれごーる”からかくしてくれた。
こんなにやさしくされたのは、『しんでん』をおいだされてから、はじめてだったんだ。
わたし、セシルと、もっといっしょにいたい。
ほんとうに、ほんとうに、そうおもった。
もう、そとで、ひとりで生きていくのは、いやだった。
セシルは、なにもいわない。
ただ、じっと、わたしを見ている。
『……わかったわ』
やがて、ちいさくためいきをついた。
あきらめたみたいに。でも、やさしい声。
『そこまで言うなら、もう帰れなんて言わないわ。でも、グレゴールたちには見つからないように。ちゃんと、隠れて過ごすのよ』
『えー?』
『えー、じゃない!』
セシルが、しんけんな声で言う。
おおげさだなあ、ってわたしはおもったけど、でもたしかに、かってにはいりこんだのがバレたら、ここからおいだされちゃうかもしれないもんね。
『いい、ちゃんと私の言うこと聞くのよ?』って怒るセシルに、わたしはうんうんとうなずいた。
『あなたのことは、私ができるだけ守るから』
まっすぐ目を見て、そう言われて。
わたしは、むねがポカポカとしてくる。
わたしに、やさしくしてくれるひと。
わたしを、しんぱいしてくれるひと。
わたしのことを、まもってくれるひと。
なつかしいきもちになって、わたしはうれしくて、わらった。
なんでだろう。
みためも、声も、ぜんぜん違うのに。
セシルからは、『ママ』とおんなじにおいがした。




