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はいりこんだ穴のなかは、くらい、『ものおき』みたいなところだった。
木のはこがあちこちにたくさんつまれて、そこからいろんなものがとびだしている。
赤いぬの。木のぼう。かみのたば。
ほこりをかぶったそのあいだを、わたしはゆっくりとあるく。
(ここ……どこなんだろう。すごく、ひろい)
あたりをぐるりと見まわしてみる。
ぬれた土と木のにおいと、それから、なんだか、いやなにおい。
ずっととおくに、おおきなとびらが見えた。
そこから『ゆうしゃ』が出てくるんじゃないかって、すこしこわくなった。
そのとき。
——こつ、こつ。
足音がした。
わたしはビクッとして、すぐにちかくのはこのうらにもぐりこんだ。
からだをちぢめて、みみをすませる。
「——お客様はすべてご入場されました、グレゴール卿」
おとこの人の、声だった。
でも、『ゆうしゃ』じゃない。
はこと、はこのすきまから、そっとのぞいてみる。
「今宵の“ショー”も盛況になりそうですね」
「ああ。今日は◯◯伯爵も来られるからな。粗相のないように」
「御意に」
くろい服をきたおとこの人が、ふたり、こっちにむかってあるいてくる。
なんのはなしをしているのかは、むずかしくてよくわからない。
でも、ひとつだけちゃんときこえた言葉。
“ショー”。
ここは、それをやる場所らしい。
なんだかたのしそうなひびきだ。
そういえばむかし、ママが言ってた気がする。
うたったり、おどったり、『てんごく』みたいにたのしいことがあるって。
もしかして、それのことかなあ。
わたしはなんだかワクワクしてきて、おとこの人たちのあとをこっそりとついていってみた。
ふたりはおはなしにむちゅうで、わたしにはちっとも気づかない。
だけどそのうち、おおきなとびらのむこうに行ってしまって、わたしはこまってしまった。
ちいさなわたしでは、そのとびらはあけられない。
(どうしよう……)
きょろきょろ。
あたりを見まわしてみる。
くらい、みちのさきにひとつ、あかるいひかりが見えた。
穴だ。
足元に、しかくくて、ひらたい穴があいている。
でも、その穴には、かたい“さく”がはまって、わたしでもとおりぬけられそうにない。
むこうから、人の声がした。
おそるおそる、そこからのぞいてみる。
(——わあ)
たくさんの人たちが、そこにいた。
あか、あお、きんいろ。
いろんな色の、きれいな服をきて、たのしそうにわらっている。
なにかをまるくかこって見おろして、さけんだり、手をたたいたり。
まるで、おいしいごはんをたべた時みたいな。とても、とてもたのしそうなかおだった。
もしかして、これが、“ショー”?
それじゃあ、あの人たちが見ているさきに、『てんごく』があるのかなあ。
『てんごく』は、人にかくれてよくみえない。
ただ、たのしそうにわらう人たちのかおだけが、よく見えた。
(いいなあ。“ショー”って、そんなにたのしいのかなあ)
わたしも、それが、見てみたい。
そうおもって、“さく”のあいだから、くびをのばしてみた。
そのとき。
『そこで何してるの!』
びくっ!
とつぜん、うしろから声がして、わたしはびっくりしてふりむいた。
『ご、ごめんなさい!』おもわずさけぶ。
どうしよう、見つかった。
また石をなげられる。ここから、おいだされる。そうおもって。
『わたし、なにもわるいことしてないです! ほんとうです……!』
わたしはあわてて、くびをふった。
もう、いたいのはいやだ。さむいのはいやだったから。
『……落ち着きなさい。別に、怒っているわけじゃないわ』
『え……?』
あたふたするわたしに、その声はやさしくそう言った。
かおをあげる。
そこにいたのは、きれいなおんなのひとだった。
まっしろい、すらっとしたからだのおねえさん。
まっしろいかおに、まっくろな目が、やさしくわたしを見おろしていた。
『やっぱり、見ない顔ね、お嬢ちゃん。一体どこから来たの?』
おねえさんは、目をすこしだけほそめて、わたしにそうきいてきた。
わたしはなんどかまばたきをして、そのあと、正直にこたえた。
『えーと……あっちのほう。かべに、穴があいてて……』
『壁? 穴? ……まさかあなた、外から来たの!?』
『え? うん。にげてたら、まよいこんじゃって』
びっくりしたかおをするそのひとに、わたしもびっくりしてうなずく。
やっぱり、はいっちゃだめだったのかな?
こわくなって、わたしはまた、『ごめんなさい』とつぶやいた。
『いえ、謝ることはないわ』
おねえさんはあわててくびをふる。
『むしろ、こんなところに迷い込んだだなんて——』
そう、言いかけたときだった。
「————、——、」
「——。——……」
おおきなとびらのむこうから、だれかがはなす声がした。
ちかづいてくる。
『……っ! いけない、見つかるわ』
『え?』
『ついてきなさい。ここは危ない』
そう言って、おねえさんはくるりとうしろをむいた。
『ま、まって!』
そう言うわたしをいちどだけふりかえって、またすぐに走りだす。
わたしはあわてておいかけた。
『ね、ねえ、おねえさん。あなた、なまえはなんていうの?』
ひっしについていきながら、きいてみる。
おねえさんは、わたしのことを見もせずにこたえた。
『私? 私は——セシル』
それが、わたしとセシルの出会いだった。




