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血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
第四章 魔女の犬は檻に踊る

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1

 寝静まった夜の街に月明かりが差す。

 光を遮る塀の向こう、風ひとつないその場所で、影が蠢きぐるぐると渦を巻いた。

 闇が大きくうねり、その中から黒髪の女がごぽりと飛び出てくる。


 魚のように翻り、ふわりと地面に着地する。

 次いで、黒猫が彼女の肩にちょこんと降り立った。

 ルナは指先で猫の顎をくすぐると、ふと月を見上げ呟いた。


「ふふ……また面白い物語が始まりそうね」


 月が次に導いたのは、昏く閉ざされた地下の世界だった。

 鎖されたその中で、踊り散る小さな影。


「なんだか風変わりな『踊り手』のようだけれど——いいわ。血を捧げるのなら、私は誰の手も取りましょう」


 ルナの足元で、また影がぐるぐると蠢き出した。

 色濃い影が石畳を走り、月明かりの街を闇に染め上げていく。どこからか遠吠えが聞こえた気がした。


「——さあ、踊ってらっしゃい」


 最後にその言葉を残すと、ルナは黒猫と共に、また影の中へ沈んで行った。




***




「おい、いたぞ!」

「こっちだこっち! “魔女の犬“だ!」

「石当てろ、石!」


 ——ああもう、みつかった!

 うしろからばたばたと足音がおいかけてきて、わたしはあわてて走り出した。

 かたい石のみちを、つまずきそうになりながら、いっしょうけんめいに。


「きゃうっ!」

「お、当たった! もう一回!」

「動くなよ、当てにくいだろ!」


 がつんっ!

 せなかに石があたった。

 いたい。

 なのに子どもたちはむしろたのしそうに、もっとたくさんの石をなげつけてくる。


 なんで、どうして。

 どうしてこんなことをするんだろう。


 わたしはかなしくて、かなしくて、なきそうになる。

 だけど立ちどまったらきっと、もっといたいことをされるから。

 だからわたしは、ひたすら走った。

 走って、にげて、みつからないところまで——


 だけど、みつからないところって、どこだろう。

 こんなとき、どうしようもなく『ママ』に会いたくなる。

 ママ、ママ。

 ママがいなくなってから、わたしはずっと、

 こんなふうに、生きている。




 わたしが『ママ』と出会ったのは、ここからずっととおい場所、しらない村のなかだった。


 ひとりで森をさんぽしていたわたしは、そこで『まもの』に出くわした。

 おおきくて、まっくろいそいつは、おっきなきばでわたしのことを食べようとした。

 わたしは、こわくて。こわくて、こわくて、走ってにげた。


 からだをひっかかれて、うごけなくなって、それでもどうにかにげて、にげて——

 それを見つけてくれたのが『ママ』だった。

 血だらけで、どろだらけで、みんな「汚い」って言ってるのに、ママだけがわたしを抱きしめて、「大丈夫よ」って、言ってくれた。


 わたしはその日から、ママのむすめになった。

 ママは、『しんでん』っていう、おおきくて、まっしろいところではたらいていて、わたしもいっしょに、そこでくらすようになった。


 あたたかい場所だった。

 ごはんもあって、ねるところもあって、ママもいて。

 『こじいん』ってところの子どもたちと、ともだちになってかけっこをしたりもした。


 だけど、ある日とつぜん、ママはいなくなってしまった。


 どうしてかは、よくわからない。

 ただ、『しんでん』の人たちがだんだんあわただしくなって。

 今までいっぱいあそんでくれた人も、どんどん冷たくなっていって。

 ママはもう、帰ってこないって言われて——


 そしてわたしは、『しんでん』からおいだされた。

 「もう二度と戻ってくるな」って。

 「殺さないだけ感謝しろ」って。


 どうしてか、わからなかった。

 わからないけど、もうここはわたしのおうちじゃないんだってことだけはわかった。


 ママもいなくなって、かえるおうちもなくなって。

 どうしていいかわからなくて、ひたすらまちのなかをあるいた。

 むかし、ママといっしょにあるいた道。ママのうしろをおいかけた場所。


 だけど、人にみつかるたび——

「どっか行け!」

「近づくな、汚らしい!」

「呪われた、“魔女の犬”め!」

 ——そんなふうに言われて、石をなげられた。


 だからわたしは、かくれることにした。

 だれにもみつからないように、まちのすみっこで。ちいさくなって。

 だれかがすてたものをかじって。道のすみにたまった水をのんで。

 そうやってひっそりと、ひとりで生きてきた。

 今日もそうやって、たてもののうしろにかくれていたのに。


「おい、あそこになんかいるぞ」

「うわ、きったねえ!」


 そう声がして、わたしはびくっとふるえた。

 近所の子どもたちだ。

 どうして。こんなくらくてせまいとこ、いつもならだれもこないのに。

 からだをかたくしていると、おとこの子のひとりがわたしをじっと見て、こう言った。

 

「……あれ? こいつ、“魔女の犬”じゃないか?」


 そのことばに、ぎくっとする。

 わたしのことをそうよぶ人は、みんな、みんな、わたしに石をぶつけてくるから。


「え、ほんとか?」

「あの、いつも魔女のうしろを着いてってたやつ?」

「そういえば、最近ここらへんに魔女が出たって、母ちゃんが言ってた」


 『まじょ』。

 それはきっと、ママのことだ。

 ママは『まじょ』なんかじゃない。そう言いたいけど、言ったらきっと、いたいことをされる。


「もしかしてそれ、こいつのせいなんじゃね?」

「なんか、気味悪いな」

「魔女の手下だ、追い出そうぜ!」


 おとこの子はそう言って、足元の石をひろってわたしになげつけてきた。

『いたいっ!』

 わたしはたちあがって、走り出した。


「待てよ!」

「逃がすな!」


 にげるわたしを、子どもたちはそう言っておいかけてきた。

 おいつかれないように、走る。にげる。

 そのせなかに、おおきな石ががつんっ!とあたった。


「きゃうっ!」

「お、当たった! もう一回!」

「動くなよ、当てにくいだろ!」


 ころんでしまったわたしに、また石がふってくる。

 さっきよりちかくからなげられた石が、つよくぶつかる。


『やだ、やめて! いたい、いたい!』

「うるせえなあ!」

「ほら、動くなって言っただろ!」


 ないても、さけんでも、やめてくれない。

 むしろわらって、こんどはおもいきりおなかをけってきた。

 いたい。


「魔女の仲間が、王都をうろつくな!」

「くらえ! 正義の断罪だ!」

「あうっ! ア゛ウッ!」


 声がどんどんおおきくなる。

 立ちあがろうとするそばから、かおをけられて、にげられない。


 こわい。

 どうしよう。

 だれか、たすけて!


 ——そのときだった。

 きゅうにいたいのがなくなって、うるさかった子どもたちの声がしずかになった。


「……何をしている」


 子どもたちのとはちがう、ひくい声がきこえて、わたしはちいさく目をあけてみた。


 まっしろいおとこの人が、そこに立っていた。


 そらいろのマントに、おおきな剣。

 まっしろい手ぶくろをした手が、石をなげようとしていた子どもの手をつかんでいた。

 手をつかまれたまま、おとこのこがつぶやいた。


「ゆ、勇者さま……」


 『ゆうしゃ』。

 そのなまえに、わたしはおもいだした。

 わたしは、この人を、しっている。


 『しんでん』で、なんども会ったことがある。

 ママといっしょにいたとき、いつもわたしにちょっかいをかけてきた人。

 そして——


「神の御元で、暴力は許されない」


 『ゆうしゃ』はわたしに気づいていないのか、おとこの子の手をつかんだままそう言った。

 子どもたちは、びくっとして、あわてて口をひらく。


「ち、ちがうんです! そいつ、魔女の手下なんです! だから、やっつけようと……!」

「魔女の?」


 言われて、『ゆうしゃ』はゆっくりとわたしを見おろした。

 目があう。

 わたしは、はじかれたようににげだした。


「あっ、こら待て——!」


 おとこの子がさけぶのがきこえる。

 だけどわたしは、たちどまるわけにはいかなかった。

 にげなきゃ。

 それだけかんがえて、ひたすら、ひたすら、はしる。


 『ゆうしゃ』は、だめだ。

 あの人は、子どもたちより、見まわりの人たちより、ずっと、ずっとこわい。


 『しんでん』の人たちが、言っていたんだ。

 ママがかえってこなくなったのは、『ゆうしゃ』のせいなんだって。

 『ゆうしゃ』が、ママを、——ころしたんだって。


 ほんとうは、かみついてやりたい。

 ママをかえせって、言ってやりたい。

 だけど——


 わたしはにげた。

 うしろなんて見ないで、ただまっすぐに。

 人のあいだをぬけて、せまい道に入りこんで。それでもまだ走る。


 すれちがうおとなが、いやそうな声をあげた。

 「ねえ、あれ……」わたしを指さして、だれかをよぶようなしぐさをした。

 それをみて、もっと、もっとはやく走る。


 走って、走って、にげたさきに、つきあたりにぶつかった。

 いきどまりだ。

 どうしよう。みぎをみても、ひだりをみても、道がない。


「……おい、どこへ行った?」

「……っ!?」


 うしろから、声がきこえた。

 『ゆうしゃ』だ。

 『ゆうしゃ』が、おいかけてきてる。


 どうしよう、つかまっちゃう。

 もし、あの人につかまったら、きっと——


 あせって、あたりを見まわす。

 かべの下に、ちいさな穴があるのをみつけた。

 そっとからだをかがめてみる。


 うしろから、また声がちかづいてきた。

 ——だめ、つかまる。

 もうかんがえるひまなんてなかった。

 その穴に、おもいきりからだをすべりこませる。


「待て——!」


 『ゆうしゃ』の声をききながら、わたしは、くらいその中へもぐりこんだ。

 その先がどんなところかなんて、なんにも知らないまま。

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