表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
第三章 代行少女は血を捧ぐ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/37

6

 その日もノラは、聖女の儀式のため神殿に赴いていた。

 何度も血を捧げているせいだろうか、頭はいつにも増してぼんやりと、体は一歩ごとにフラフラと揺れた。


(……今日は、何を願うんだっけ……?)

 じんわり重くなる頭の奥で、懸命にダリオの言葉を思い出す。

(そうだ、たしか……今度は、お貴族様とお知り合いになりたいって……)

 沈みそうになる意識の中、どうにか辿ったその言葉を祈りに乗せる。


 ——どうか、貴族様がコルヴィ商会に来てくれますように。


 ぐわん。





 儀式が終わり、店に戻ったノラを待っていたのは、相変わらず混雑した店内と大量の仕事だった。

 ふらつく足を奮い立たせ、倉庫と店先を何度も往復する。

 そんなときだった。

 仕立ての良い外套を身につけた一人の紳士が、コルヴィ商会へと入店してきた。


 上質な革靴、大きな宝石の施された指輪。背後には従者も連れていた。

 一目で上流階級だとわかる出立に、ノラは先ほど行ったばかりの儀式をふと思い出した。


(……さっき聖女さまにお願いしたし、本当に貴族様だったりして)


 なんてね、と、心の中で舌を出す。

 この頃にはコルヴィ商会はもう噂の的で、王都の庶民だけでなく、裕福な商人が視察に訪れることもあった。おそらくこの紳士もそうなのだろう。そこまで考え、ノラは仕事に戻った。

 ダリオも同じことを考えたのだろう、身なりのいいその男にも媚びることなく、いつもの尊大な態度のままカウンターに居座った。

 

(派手な指輪しよって……どうせどこかの成金商人やろ)


 ちらりと目を細めそう判断したダリオは、わざとゆったりと椅子に腰を沈めた。

 そんな彼を気にもせず、その紳士は店内をゆったりと見て回る。

 と、とある一角でおもむろに立ち止まり、ダリオに声をかけた。


「こちらは異国の品を多く取り扱っていると聞きましたが、こちらの商品ですかな?」


 そう言って紳士は、並べられた品の一角、ガラス器の棚を指差した。

 話しかけられたダリオは、椅子から重い腰を上げ、口元に商売用の笑みを浮かべて答えた。


「ようお目が利きますな。ええ、我が故郷——西方の名工が手がけた品でして」

「ほう、西方の品ですか」


 紳士は感心したようにつぶやくと、その中の一つを手に取った。

 ガラスが淡く光を反射する。それが気に入ったのか、紳士は興味深げにその器をじっくりと見つめた。


(——ふん、やっぱり、所詮成金商人やな)


 その様子を見て、ダリオは内心でそう吐き捨てる。

 だけども表情には笑顔を取り繕いながら、ダリオは続けた。


「王都ではなかなか出回らん代物でしてな。ここでしか手に入らん一品ですわ」


 その言葉を聞いた瞬間、ノラの手が止まった。

(えっ? それは……)

 見覚えがあった。

 つい先日仕入れた、王都の安い工房の品だ。


「ダリオさん、それは——」


 思わず口を開きかけたノラに、ダリオはキッと強く睨んだ。

 鋭い視線に慌てて口を閉ざし、深く俯いた。

 ダリオはそんなノラにも構わず、紳士に対し異国品の素晴らしさを語った。

 ——そのやり取りを、背後に控えていた従者がじっと見ていたことにも気づかず。


「ふむ、一品ものと言われると途端興味が湧くな。主人、こちらの商品を——」


 紳士がそう言いかけた時だった。

「失礼」

 ずっと後ろに控えていた従者が、そう短く告げ紳士の手から器を受け取った。何気ない動作で器をくるりと裏返す。


「……閣下、裏をご覧ください」


 “閣下”。その呼び名にダリオがぴくりと反応する。ノラは小さく首を傾げた。

 従者に示された箇所に、紳士は視線を落とした。

 底の部分——そこには、小さく刻まれた印があった。

 間違いなく、王都の工房の紋が。


 紳士はゆっくりと顔を上げた。

 その視線は先ほどまでの柔らかさを失い、冷ややかにダリオを射抜いていた。


「……西方の名工、と言ったな。——これは、王都の工房印だと思うのだが?」

「……!」


 ダリオの表情が固まる。


「い、いや、これは、その……!」


 ダリオは必死に頭を巡らせ、どうにか取り繕おうと言葉を探す。

 しかしそんな彼を許さぬとでも言うように、従者の声が鋭く割って入った。


「貴様、王都の品を異国品と偽り、我が主人に売りつけようとしたな」

「そ、そないなつもりは……!」

「無礼である、こちらは○○子爵閣下であらせられるぞ!」

「——!?」


 その一言に、空気が凍りついた。

 ざわめいていた店内が静まり返り、客たちの視線が一斉にこちらへと集まる。


(き、貴族……!? なんでこないな店に、お貴族様が……!?)


 ダリオの顔から血の気が引いた。

 どうせ見る目のない成金商人だと思っていた相手が、まさか貴族だったとは——


「も、申し訳ございません! これは、その……私の勘違いで……!」


 ダリオは、地に頭がつかんばかりに深く頭を下げた。

 商人が、貴族の不興を買ってやっていけるわけがない。

 平身低頭するダリオに、それでも従者は許さず追い討ちをかける。


「勘違いだと? 品を偽って売りつけるをことを、貴様は勘違いと呼ぶのか」

「そ、そういうわけでは……!」

「商人風情が貴族を謀ろうとするとは——身の程を弁えよ!」

「は、まことに、まことにその通りでございまして……!」


 ヒートアップしていく従者に、ダリオは頭を下げるしかできない。

 ノラはおろおろとその様子を見つめた。

 店内に広がったざわめきは、先ほどまでのものとは違っていた。

 混沌としていく空気を、短い一言が遮った。


「——もうよい」


 子爵だった。


「所詮、平民の商人だ。客を欺くような者など——私が手を下すまでもなく、いずれ落ちぶれる」


 冷え切った声音だった。

 それ以上は何も言わず、彼は踵を返す。

 従者が一礼し、その後に続いた。


 扉が開き、閉じる音がやけに大きく響く。

 あとに残ったのは重苦しい沈黙と、凍りついたように動けないダリオの姿だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ