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血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
第二章 荒れ地の母は地に堕ちる

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6

「——マリス、マリス! いい加減に返事をしろ!」


 ドンドンと、古びた板戸を叩く音がする。そして、自分に呼びかけてくる男の声。

 いつも自分たちを気にかけてくれている、開拓者仲間の声だ。それをわかってもなお、マリスは返事をすることすらできなかった。

 冷たくなったマルクを抱きしめたまま、一歩も動くことができないでいる。


 あれから、どれだけの時間が経ったのか。マリスにはそれすらもわからなかった。

 何度か夜を過ごした気もするし、まだ半刻も経ってない気もする。何度も村の仲間たちが声をかけに来ているから、やはり何日も経っているのかもしれない。

 だけどマリスにはそんなもの、もうどうでもよかった。このままマルクを抱いたまま、一緒に死んでいきたかった。


「マリス、お前の気持ちはわかる。畑も、仕事も、今は何も考えなくてもいい。——だが、マルクだけは手放してくれ。いい加減、弔ってやるべきだ」


 ——気持ちはわかる?

 ——マルクを手放せ?

 何を言っているのだろう、この人は。マリスは心の中だけで反論した。

 私の気持ちなど、誰にもわからない。マルクの体を抱きながら、その足元に転げた椅子と杖を見つけた時の気持ちなど。

 片方の足がない彼が自分を吊るすのに、どれだけの覚悟があったことか。察したときのやりきれない悲しみなど——


「マリス、マリス!」

「いい加減に扉を開けなさい!」

「もうマルクを休ませてやれ、可哀想だ」

「死者をいつまでも家に置くのは、神への冒涜よ!」

「また疫病が出たらどうする!?」


 扉を叩く音はどんどん激しくなっていく。

 マリスを心配する言葉が、だんだんと糾弾に変わっていった。


「腐りは穢れを呼び、死は死を呼ぶのだぞ!」

「村に穢れを持ち込むつもりか? ——この、魔女め!」





 ——マリスは、マルクの死体を抱えたまま開拓地を駆けていた。

 村の男衆たちが、マリスの家の扉を破壊し、マルクを無理矢理奪おうとしてきたからだ。


「穢れを寄越せ!」

「それは村に災厄を呼ぶのだぞ!」


 そう追い立てるかつての仲間たちから、逃げるようにマリスは家を出た。

 亡骸を胸に掻き抱いたまま柵を蹴り倒し、夜の畑をひたすら駆ける。

 足元の石に躓き、前のめりに倒れかける。抱えた体が腕の中でずるりと落ちそうになって、マリスは「ごめんね、怖かったね」と何度もそれに謝った。

 外套も羽織らぬ肩を、夜風が容赦なく打ち据える。「ごめんね、寒いよね」マリスは外気から守るように、それをぎゅうと抱きしめた。


 森を切り開いたその荒地は広く、マリスを追っ手から隠してくれたが、同時にマリスも行く宛を失っていた。

 元から頼れるものもなく、生まれ育った街を捨てるようにしてやってきた土地だ。

 今更、この子を抱いて、どこへ行ったらいいのだろう。

 マリスは途方もない思いで、暗い夜の畑を彷徨い続けた。


 ——ああ、どうしてこうなったんだろう。私の一体何が悪かったのだろう。


 夜の風に吹かれながら、マリスは考える。

 考えたって仕方ないことだと、わかっていてもなお頭に浮かんでは消える感情。後悔。


 あの時、マルクの様子に気をかけていなかったから。

 あの時、マルクの脚を切断したから。

 あの時、マルクから目を離してしまったから。

 あの時、危ない設備には近づくなときちんと言い含めなかったから。

 あの時、あの時、あの時、————


 あの時、ローデリックの手を取ったから。


 そう思い至って、マリスは、はたと立ち止まった。

 ローデリック。

 ——そう、そうだ。ローデリックだ。


 マリスをかつて、地獄の底から救い出してくれた恩人。

 弱者に優しく、いつも真摯で、誰もが聖人と崇める我がご主人様。


 ——そうだ、ローデリックさんだ。ローデリックさんならきっと、また私たちを助けてくれる。あの人たちの暴走も、きっと止めてくれる。


 そう考えたマリスは、ふらふらと当て所なく歩いていた足を、ローデリックの屋敷へと向けた。

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