6
「——マリス、マリス! いい加減に返事をしろ!」
ドンドンと、古びた板戸を叩く音がする。そして、自分に呼びかけてくる男の声。
いつも自分たちを気にかけてくれている、開拓者仲間の声だ。それをわかってもなお、マリスは返事をすることすらできなかった。
冷たくなったマルクを抱きしめたまま、一歩も動くことができないでいる。
あれから、どれだけの時間が経ったのか。マリスにはそれすらもわからなかった。
何度か夜を過ごした気もするし、まだ半刻も経ってない気もする。何度も村の仲間たちが声をかけに来ているから、やはり何日も経っているのかもしれない。
だけどマリスにはそんなもの、もうどうでもよかった。このままマルクを抱いたまま、一緒に死んでいきたかった。
「マリス、お前の気持ちはわかる。畑も、仕事も、今は何も考えなくてもいい。——だが、マルクだけは手放してくれ。いい加減、弔ってやるべきだ」
——気持ちはわかる?
——マルクを手放せ?
何を言っているのだろう、この人は。マリスは心の中だけで反論した。
私の気持ちなど、誰にもわからない。マルクの体を抱きながら、その足元に転げた椅子と杖を見つけた時の気持ちなど。
片方の足がない彼が自分を吊るすのに、どれだけの覚悟があったことか。察したときのやりきれない悲しみなど——
「マリス、マリス!」
「いい加減に扉を開けなさい!」
「もうマルクを休ませてやれ、可哀想だ」
「死者をいつまでも家に置くのは、神への冒涜よ!」
「また疫病が出たらどうする!?」
扉を叩く音はどんどん激しくなっていく。
マリスを心配する言葉が、だんだんと糾弾に変わっていった。
「腐りは穢れを呼び、死は死を呼ぶのだぞ!」
「村に穢れを持ち込むつもりか? ——この、魔女め!」
*
——マリスは、マルクの死体を抱えたまま開拓地を駆けていた。
村の男衆たちが、マリスの家の扉を破壊し、マルクを無理矢理奪おうとしてきたからだ。
「穢れを寄越せ!」
「それは村に災厄を呼ぶのだぞ!」
そう追い立てるかつての仲間たちから、逃げるようにマリスは家を出た。
亡骸を胸に掻き抱いたまま柵を蹴り倒し、夜の畑をひたすら駆ける。
足元の石に躓き、前のめりに倒れかける。抱えた体が腕の中でずるりと落ちそうになって、マリスは「ごめんね、怖かったね」と何度もそれに謝った。
外套も羽織らぬ肩を、夜風が容赦なく打ち据える。「ごめんね、寒いよね」マリスは外気から守るように、それをぎゅうと抱きしめた。
森を切り開いたその荒地は広く、マリスを追っ手から隠してくれたが、同時にマリスも行く宛を失っていた。
元から頼れるものもなく、生まれ育った街を捨てるようにしてやってきた土地だ。
今更、この子を抱いて、どこへ行ったらいいのだろう。
マリスは途方もない思いで、暗い夜の畑を彷徨い続けた。
——ああ、どうしてこうなったんだろう。私の一体何が悪かったのだろう。
夜の風に吹かれながら、マリスは考える。
考えたって仕方ないことだと、わかっていてもなお頭に浮かんでは消える感情。後悔。
あの時、マルクの様子に気をかけていなかったから。
あの時、マルクの脚を切断したから。
あの時、マルクから目を離してしまったから。
あの時、危ない設備には近づくなときちんと言い含めなかったから。
あの時、あの時、あの時、————
あの時、ローデリックの手を取ったから。
そう思い至って、マリスは、はたと立ち止まった。
ローデリック。
——そう、そうだ。ローデリックだ。
マリスをかつて、地獄の底から救い出してくれた恩人。
弱者に優しく、いつも真摯で、誰もが聖人と崇める我がご主人様。
——そうだ、ローデリックさんだ。ローデリックさんならきっと、また私たちを助けてくれる。あの人たちの暴走も、きっと止めてくれる。
そう考えたマリスは、ふらふらと当て所なく歩いていた足を、ローデリックの屋敷へと向けた。




