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血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
終章 器の勇者は夜明けを告げる

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113/117

11.ディーン・マリウス・ヴァレンティス⑩

「命令です、勇者ディーン。聖女ルナを、魔女として捕縛なさい」

「——了解」


 一番最初の命令は、それだった。

 答える声は驚くほど滑らかだった。

 当然だ。

 魔女は捕らえる。

 それが『正義』なのだから。


「ディーン……!? 何言ってるの、私は魔女なんかじゃ、っ——!」


 魔女は愚かにもそう懇願した。

 だが耳を貸す必要はない。

 そのまま拘束し、魔女審問へ突き出した。

 魔女は裁く。

 それが『正義』なのだから。


「明日の魔女の処刑、君が執行人を務めなさい」


 オーギュストの言葉に、躊躇いもなく頷く。

 魔女は殺す。

 それが『正義』なのだから。

 聖剣が鈍く光った。

 オーギュストが、満足げに微笑んだ。


 魔物を狩る。

 街の巡回をする。

 魔女の牢を見張る。

 それら全てを、ただ、ただ、こなす。

 自分に与えられた任務。責務。

 『正義』と名のつくそれらを。


 処刑場には、広場を埋め尽くすほどの民衆が集まっていた。

 誰も彼も、魔女の処刑を待ち侘び声を上げている。

「——殺せ。殺せ!」

「血濡れの魔女を殺せ!」

 王都を震わせる怒号を、ディーンは凪いだ気持ちで聞いた。

 魔女が断頭台へと立たされる。

 彼女もまた、凪いだ瞳をしていた。


 白い首が晒される。

 その段になって、女は何かを叫び出した。

「オーギュストおおおおおおおお!」

 怒りに燃えるその姿の理由は知らない。知る必要もない。

 聖剣を振り抜く。

 黒髪が、陽光の下で大きく舞った。

 それを、ディーンは何の感慨もなく見つめた。


 これでいい。

 これが正しい。

 その言葉が、まるで自分に言い聞かせるように強く頭で反響した。

 

 ——そうだ、これでいい。

 これでまた一つ、正義が執行された。

 だから、


『——————▪️してる』


 処刑場に響いた甘やかな声が、なんと言っているのかわからなくても。


『————▪️してる。▪️してる』

 

 自分が刎ねた首、その中の漆黒の瞳が、見慣れない紅に染まっていたとしても。


『——▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる。▪️してる』

 

 構わない。その必要もない。

 民がざわめく。騎士団が、神官が、神妙に眉を寄せる。王都が、闇に染まる。

 それら全て薙ぎ払うように、白昼の夜を聖剣で斬り裂いた。


 闇は開け、輝かしい太陽が再び王国を照らす。

 当然だ。

 それが俺の——使命なのだから。


『あら。『白髪』の勇者様ともあろうお方が、この程度で驚いてしまうの?』


 胸の奥で、誰かの声が聞こえた気がした。


『——私たちに▪️はいらないのよ!』

 

 けれど、それが誰なのか——

 考える前に、靄が塗り潰した。



——————————

——————

————



「ディーン。北方に魔物が出ました、討伐なさい」

「了解」


「神殿内で異端者が出ました、捕縛なさい」

「了解」


「この者は神に仇なす者です、斬りなさい」

「了解」


「あの村は魔女を匿っています、すべて捕らえなさい」

「了解」


 ——しばらくの時が流れた。

 あれからオーギュストは、次々とディーンに命を下した。

 命じられれば疑問より先に身体が動く。

 命令の内容も真偽も知らない。知る必要もない。

 オーギュストからの命令に、ディーンの応えはいつも一つだった。


「これは『正義』の行いです。抵抗する者は斬っても構いません」

「——了解」


 ディーンはオーギュストの采配の元、『勇者』として多くの功績を上げた。

 魔物を斬る。

 罪人を捕らえる。

 異端者を追う。

 時には泣き叫びながら無実を訴える人間もいた。

 だがディーンの心には、そんな声も届かなかった。

 オーギュストが「悪」と言った。ならば悪なのだ。勇者が悪を討つことは正しい。

 白銀の刃を振るうたび、そんな理屈が何度も胸に繰り返された。

 そもそも、なぜそれが正しいのか。

 そんな問いを抱くことすら、もうできなかった。


 戦い以外の日常も同様。

 命じられれば祈祷に立ち、命じられれば式典へ出た。

 食事をし、眠り、また剣を取る。


 何をしても、世界には薄い黒靄がかかっているように感じた。

 美味いとも、不味いとも思わない。

 嬉しいとも、腹立たしいとも思わない。


 今日は森の赤熊(レッドベア)の討伐任務だった。

 討伐後、同行していた騎士たちは赤熊(レッドベア)を解体し、その肉を火にかけた。


「ディーン様もご一緒に」


 差し出されたそれに手を伸ばしかけ——手が止まる。


『これ、すごく美味しいわね!』


 誰かの声が聞こえた気がした。

 一瞬、隣で笑う女の姿が脳裏に浮かぶ。


(……何だ?)


 視線をやっても誰もいない。

 代わりに、ざあっと黒い靄が思考を覆った。

 ……その時にはもう、ディーンの脳内には、女の声も姿も残っていなかった。

 差し出されたベア肉を受け取り、静かに答える。


「……ああ、ありがとう」


 そんなことは、何度かあった。

 野の花を見て、誰かと訪れた丘を思い出しかける。

 街を駆ける子犬を見て、どこか懐かしさを感じる。

 ——なぜ?

 だけどそう問うた瞬間、靄がその向こうを遮断する。

 ディーンはまた瞳を昏く閉ざし、聖剣を手に取った。


 やがて王国各地で『魔女』にまつわる事件が起こり始め、オーギュストから魔女討伐の命が下った。


「魔女に与する死霊が現れました。討ちなさい」

「——了解」


 それもディーンにとっては、いつもの任務と変わりない。

 『悪』を討ち『正義』を執行するため、ただ聖剣を振るった。

 小さな少女の霊が光となって消えるのも、やはりディーンは凪いだ心で眺める。

 『魔女』と対峙しても尚、心が揺り動かされることはない。魔女を討ち逃した悔しさすら、心になかった。


 彼らが何者だったのか。なぜ魔女の力を借りたのか。

 知る必要はない。

 死霊は悪。悪を斬るのが、『勇者』の正義だった。


 何人もそうして消していった。

 消えゆくその瞬間、彼らは皆何かを訴えるようにこちらを見た気がした。

 だけどそれも構わない。さらに聖剣を振るった。


 その日も死霊を斬った。

 王都西区の地下闘技場だった。

 以前、一匹の黒犬を助けた場所の近くだったことなど、この時のディーンは思いもしなかった。


 『大量の動物が屋敷から逃げ出している』そう報せを受け出動した先では、すでに死霊が一人の男を殺した後だった。

 構わない。自分の使命は死霊を討つことだ。


 小さな獣の死霊だった。

 自分に気づいてすらいないその黒犬を、背後から貫いた。

 獣は驚いたように振り返り、そのまま光の粒となっていく。


 いつものことだ。また一つ、任務を終えただけ

 剣を下ろし、その消滅を無感情に見つめる。

 だというのに——


 獣は、最後にディーンを見上げて言った。


『——そういえば、つたえてなかったね』


 かすれるように、言葉を紡ぐ。


『あのとき、たすけてくれて、ありがとう』


 昏く澱んだ蒼の瞳が——初めて、わずかに見開かれた。

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