↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
終章 器の勇者は夜明けを告げる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
105/117

3.ディーン・マリウス・ヴァレンティス②

「お前か? 『呪われた黒髪の聖女』って奴は」


 勇者と聖女が揃って行う結界巡礼。

 その道中初めて顔を合わせた女へ向かって、ディーンは開口一番そう言い放った。


「……」


 黒髪の女——ルナは、一瞬だけ呆気に取られたように目を瞬かせた。

 無理もない。初対面の相手、それもこれから共に聖務へ赴こうという相手から、挨拶より先にそんな言葉を投げつけられたのだ。

 だけどすぐに気を取り直したように表情を整え、取り繕ったような笑顔を向けて言った。


「初めまして。私はルナ・ルクス。先日、『聖女』の称号を戴いた者よ」


 ——それがディーンと、『聖女』ルナ・ルクスとの出会いであった。



 『呪われた黒髪の聖女』——ルナ・ルクス。

 ディーンが『勇者』となってからしばらく後、長らく空位となっていた『聖女』の座へ就いた女だ。

 本来なら聖力など持つはずがないとされる黒の髪。それを持つ者が『聖女』に選ばれたという報せは、当時、王都を大いに騒がせた。


「ふん。『黒髪』の聖女なんて、たかが知れてる。あの寵姫サマの推薦なんて、どうせ王族にでも気に入られたんだろ」


 だがそんなこと、ディーンにとってははどうでもいいことだった。国王の寵姫の強い推薦があったらしいと、すでに聞いていたからだ。

 きっと王室に何かしらの伝手でもあったのだろうと、この時のディーンは思っていた。そうでもなければ、『黒髪』が聖女として立つなどあり得ないと。


 それに、たとえそうではなかったとしても、誰が聖女になろうとディーンにはどうでもよかった。たとえ誰であろうと、自分に向ける目線は同じなのだから。

 だからディーンが、初対面からそんな態度を取ったのは、半分はわざとだった。しかし、


「……なるほど。あなたと言う人がどんな人なのか、ようくわかったわ。まさか、『聖女』をそんなふうに決めつける人だったなんてね」


 ルナはそれまで浮かべていた愛想笑いをすっと引っ込め、不愉快そうに眉を寄せた。

 そして、『白髪の勇者』であるディーンに対し、威勢よく言い放つ。


「見ていなさい。そこまで言うのなら、あなたが認めるしかないくらいの『奇跡』を見せてあげるわ」

「は————」


 呆気に取られ目を瞬かせる羽目になるのは、今度はディーンの方だった。

 自分に対し大見得を切られたことじゃない。その発言が見栄などではなく——実際に見せた彼女の『聖力』が、驚くほど強大なものだったからだ。


「これ、は……」


 結界を丸ごと包むような巨大な光。そしてみるみるうちに修復されていく綻びに、ディーンは思わず息を呑んだ。

 本来なら幾人もの神官や巫女の助けを借り、幾日もかけて行うはずの結界の修復作業。それを一人であっさりとこなしてしまう。それはまさに、『奇跡』としか言いようのないものだった。


「まさか」「これほどとは……」

 自分の背後に控える騎士たちも、驚き口々にそう言った。

 だがきっと、その場で誰よりも驚いていたのは自分だったと言える。

  

(これを、『黒髪』が……!?)


 『白髪』というだけで生まれながらに崇められてきたディーンにとって、自分と対極にありながら圧倒的な聖力を持つルナの存在は、何よりも信じられないものだったのだ。

 血を呑むことで他者の願いを叶えるという、異質の聖女。

 その存在に、ディーンはただ呆然と立ち尽くしていた。


「——あら」


 そんなディーンに、儀式を終えたルナが振り返る。

 勝ち誇るように僅かに眉を上げ、悪戯っぽい笑みを口元に浮かべた。


「『白髪』の勇者様ともあろうお方が、この程度で驚いてしまうの?」


 黒髪を風に揺らしながら、挑発するようにそう宣う。

 ディーンを相手に得意げな顔をするその態度に、周囲の神官たちはどこか気まずそうに彼の様子を窺った。だけどルナは、そんなことに気づきもしないままふふんと鼻を鳴らしてみせる。


 自分に対し、初めて向けられた態度。目の前であっさりと覆された常識。

 それがなんだか妙に愉快で、自然、口元が持ち上がった。


「……へえ。なかなかやるじゃん」


 久しく覚えていなかった高揚が、胸の奥で小さく跳ねる。

 他人に対して心が躍るのは、ずいぶんと久しぶりのことだった。





 それからルナとディーンは、険悪だった初対面とは裏腹に、瞬く間に仲を深めていった。


 とにかくルナ・ルクスという人間は、これまでディーンの周りにはいなかった存在だった。

 無遠慮なほど自分に気安い態度を取る相手。黒髪の聖女という、(ことわり)の外にいる存在。

 だけどディーンにはそんな彼女が面白く、時間が許す限りルナと共に過ごした。


 暇があれば遠慮なくルナの自室へと顔を出し、誰にも内緒にしていた綺麗な野花の咲く丘の場所も教えた。

 ルナもルナで、鍛錬に向かおうとするディーンを容赦なく捕まえては、飼い犬と戯れさせたり、薬草茶の試飲に付き合わせたりする。そんなことをディーンにさせるのなんてルナくらいのものだった。

 どころか、苦い薬草茶の味に呻くディーンに、「あら、勇者様ともあろう方がこんなものが苦手なの?」と煽ってまでくる。腹が立って二杯目を要求し、彼女の侍女を困らせたこともあった。

 他にも彼女が世話をしている孤児院を手伝わされたりと、ルナといると何かと余計な仕事が増えた。本来なら煩わしいはずなのに、不思議と嫌ではなかった。ルナはそんな、自分の知らない『日常』を連れてくる相手だった。


 それだけでなく、ルナは誰相手であっても全身全霊を尽くすような女だった。

 聖女としての聖務の他に、自分で仕事を見つけ出してはその全てに全力で取り組んだ。

 暇があれば神殿付きの治療院や孤児院へと顔を出し、侍女にでもやらせればいいような雑事まで背負いこむ。民衆相手にまでその血の儀式を始めたと聞いた時には、流石のディーンも「よくやるよ」と眉を寄せた。


「でも……誰かのためになると思ったら、止められないのよ。どうしても」


 そんなディーンに、ルナは言う。

 ディーンはその横顔を眺めながら、理解できないとばかりに首を傾げた。

 どうしてそこまで他人のために生きられるのか、全く理解ができなかった。

 それほどの力があるのなら、この神殿でも、ここではないどこかでも、もっと好き勝手に振る舞えるだろうに。


「父さんと母さんにずっと教えられてきたことなのよ。『人を愛しなさい』って。そうすればその愛は、必ず返ってくるって」

「お花畑みたいな考えだな」

「そう? 現にディーンとだって、こうして友達になれたじゃない」

「んなっ!」


 だけどあまりにも屈託なく返されてしまうから——結局ディーンの方が黙り込んでしまうのだった。


 ディーンにとってルナは、かつて憧れた『共に戦える仲間』だったのだと思う。

 戦闘能力が皆無な彼女とは、背中を任せて戦えるわけではない。だが、


「あなたが戦い、私が守る。それが『勇者』と『聖女』なのでしょう?」


 そうこともなげに言われ、その言葉がすとんと胸に落ちる。

 ディーンにとってルナは、初めて肩を並べることのできた友だった。


 聖務帰りに共に街を歩き、軽口を叩けば遠慮なく言い返される。

 無茶をすれば叱り、逆に叱られることもある。

 なんでもないようなことで笑い合う——そんな時間が、いつしか当たり前のものになっていた。


 いつからか、遠征に出ている間にも、ふと物足りなさを覚えることが増えた。

 野営の夜に月を見上げた時。初めて訪れた街を歩いた時。魔物を討ち、人々から称賛を浴びた時。

 そんな何気ない瞬間に、決まって一人の顔が脳裏をよぎる。


(こんな時、ルナがいたらなんて言うだろう)


 珍しいものを見れば、ルナにも見せてやりたいと思った。面白いことがあれば、帰ったら話してやろうと思った。そんな日が、次第に増えていった。

 そんな、とある遠征の帰り。ディーンは何気なく呟いた。


「やっと王都に帰れるな」


 誰に言うでもなく囁かれたその言葉に、近くに控えていた年若い聖騎士の一人が反応する。


「珍しいですね。ディーン様が帰還を喜ばれるなんて」

「そうか?」

「以前なら、遠征が終わるたびに『もう一匹くらい魔物を探してから帰ろう』と仰っていたでしょう」

「そ、それは……」


 クスクスと笑いながらそう言われ、気恥ずかしい気持ちにディーンは軽く頰を掻いた。

 言われてみれば、以前は堅苦しい神殿に帰るのが嫌だと愚痴を溢してばかりいた。


「そんなお姿も、俺には頼りになる勇者様に見えましたが……なんだか意外です。さては、王都に帰る楽しみでもできましたか?」


 その言葉に、ディーンは目を瞬く。


「何のことだ?」

「だって、以前のディーン様なら遠征が終わるたびに残念そうにしていたでしょう。あなた様にとって魔物を狩るより楽しいことが、やっとできたのかと思ったのですよ」

「——…」


 ——それは、おそらくただの軽口だった。深い意味などなく、世間話程度に落とされた言葉。

 なのに——


 浮かんだのは、長い黒髪だった。

 憎まれ口を叩く声。こちらを見上げて笑う瞳。帰ればきっと、また苦い薬草茶でも飲まされるのだろう。

 それなのに、


(……あいつがここにいたら、なんて)


 不意に胸をよぎる想いの先に、いつだってルナがいた。

 その顔を思い浮かべた途端——早く帰りたいという気持ちが、少しだけ強くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。