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血赤のディナ  作者: 紫藤てる
第二章「成長」

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15.回り巡る

 今日はトーナ、ジールとともに管理者に指示され、訓練場奥へと向かう。


「今日は何するの?」

 ディナが尋ねる。


「ん?あぁ、フィルカだよ」

「フィルカ?」

 トーナが答えてくれるが、意味がわからず聞き返す。


「あれ?知らなかったか?フィルカってのは――」

「はいはい!ジールがおしえる!」

 先頭を歩いていたジールがぐりんと振り向き、割り込んでくる。


「フィルカはねー、手から出る光!ディナも見たことあるでしょー?それでっ、とばすやつが……えっと、そう!すとぅるか!……あと、もうひとつ、なんだっけ?……ぐ、げ?げおるど?があって――」

「まてまて、そのくらいにしとけ!あんまり遅くなるとどやされる!」

 勢い込んでディナの目の前で説明を始めたジールの間に物理的に割って入るトーナ。

 ジールも慌てたように両手で自分の口を押さえてこくこくと頷く。


 少し残念だが、今からその訓練に向かうのに説明を受けて遅れて怒られるのも損な話だ。

 しかし、大体は知れた。

 フィルカ、つまり魔法(フィルカ)、飛ばすやつ、攻撃(ストゥルカ)、ともう一つ、察するに防御(ゲオルド)があるということだろうか。

 これまで姉達の訓練で何度も見ている。


(おお、あのばーって光るやつか)

 ディナも得心がいったようだ。


 小走りで指示された場所に向かう。視線の先には、施設を囲む柵の前に土を盛り上げ固めた土塁。そして更にその前にはすでに数人が集まっていた。


「げっ」

 視界に人影を納めるなり、トーナが小さく呻く。


 あそこに居るのはヴァスと体の大きな半裸の男――いや、少年だ。

 筋骨隆々という言葉が相応しい体格が一見大人のように思わせるが、その身体に乗っている童顔が少年であることを明示する。頭上には特徴的な逆三角形の耳が、真っ白な刈り上げたような短髪から垂れ下がる。


 その少年――姉達の訓練の見学で見かけたことがある、名前は確かどこかの数字のような響きの……そう、ツヴァイだ。

 ツヴァイは屈託のない笑顔をこちらに、いやトーナに向けている。

 片手をぶんぶんと振り、同時に背後で尻尾が激しく動いているのが見える。

 そんな喜びの権化(ごんげ)のような少年の近くに、対照的な男、不快の感情以外が読み取れない表情をした痩せぎすのローブ姿の男が立つ。

 果たしてトーナが呻いたのはどちらに対してだろうか……。


「遅い!!」

 叫ぶように怒鳴るローブ男。結局怒られてしまった。

「「「はい!」」」

 トーナはぴしりと直立、ジールは首を竦めつつ、ディナはいつも通りの様子で返事をする。


(お前、怖くないのか?)

(え?うん、いやだけど)

 どんな大人に怒鳴られたにせよ、子どもは怖がると思うが……俺が内心あの男を見下しているからだろうか。


 ローブ男はさらに舌打ちを一つ、ディナに向かって何かが放り投げられる。

 足元に落ちたそれは、暗い銀色の円柱の物体。大人が握れば拳から半分くらいが飛び出す長さだろうか。ちょうど剣の柄くらいの大きさだ。


「早く拾え!」

 男の罵倒のような指示にディナは足元の物体を拾う。その間にデラオストだの、ウンペラオストだの、訳の分からないことを叫ぶ。

 こいつは日常で聞かない言葉を喚くことが多いので、意味の同定ができず、何を言っているのかわからない。

 まあ、大方、小難しい言葉で馬鹿だの、鈍間(のろま)だの、低俗な悪口を言っているだけだろう。


(むー……ばかじゃないもん)

(わかってるさ、それと、ただの俺の想像だからな)

 俺の思考を読み取ったディナがふくれる。

 意味のわからない叱責がただの悪口を言われているらしいと認識が改められ、ローブ男に対する不快感がディナから伝わってくる。


 成長によるものなのだろうか。俺の考えていることが言葉として伝えなくとも正確に伝わってしまい、居心地の悪さを感じる。


 ともあれ、手元の物体に意識を戻す。

 暗い銀色に見えたそれは、角度を変えると黄色に反射する不思議な光沢がある。特殊な金属でできていそうだ。

 元は何か複雑な模様が刻まれていたのだろうが、摩耗しきっており、わずかに溝のようなものが見えるばかりだ。


「わっ!」

(どうした!?)

 驚いたように物体を手放すディナ。


「何をしている!拾え!!」

「うぅ……はい」

 しぶしぶ落とした物体を拾う。


(この石なんかきもちわるい)

(大丈夫か?)

(うん……なんかもってるとひっつく?手がへんなかんじする)


「そこのでかいバオスト!」

「はいっ!」

 呼ばれたツヴァイが、にこにことした顔で男にずいっと近づく。

 体格に気圧されたか、男はよろめくように一歩後退る。


「ぐっ……あとはやれ!」

 そんな指示のようなことを言い捨て、少し離れた位置でどっかり座ると、項垂れるように顔を伏せて、舌打ち混じりの独り言を呟き始める。


 その場にいる全員で顔を見合わせる。

 トーナと視線の合ったツヴァイが破顔。巨体に似合わぬ俊敏さでトーナを抱えあげる。


「わっはっは!トーナっ!」

「何やってんだ!おろ――どわああぁぁ!?!?」

  そのまま高速でくるくると回り出し、やがて竜巻と化す。


「よっ!もじゃもじゃとちび!」

 そんな二人をいつものことと気にせずヴァスがやってくる。

「もじゃもじゃじゃない!」「ちびじゃないもん!」

 ジールとディナが同時に抗議する。

 

「オレよりちっちゃいし、もじゃもじゃだろ!」

「むきー!!」

「うわー!もじゃもじゃがすっげえもじゃもじゃになった!」

「もーゆるさないんだから!」

 追いかけっこが始まってしまう。

 引率する大人によってこうも変わるのか、と先日の剣術訓練と比べて思う。


(ヴァスいじわる!なんであんなこと言うの!?)

(なんでだろうなー……あんまり嫌わないでやってくれ)

(やだ!きらい!)

 ツヴァイとは表現の違いかな。難儀な生き物だ。


 しかし、こんなに騒いでいてもあの男は無関心だ。

 遂にはポンっと、栓を抜く軽い音を響かせると、あたりにツンとした臭気を漂うのをディナは嗅ぎ取る。


「わっはっは!」「ツヴァ……ほん、っ、やめ……うっ」

「こらー!まちなさーい!」「もじゃもじゃ足もおせー!」

「ちっ……くそっ、何で俺が……」


 ぐるぐると回り続けるツヴァイとトーナ、更にその周りを駆け続けるヴァスとジール、呟き続ける男、手には気持ち悪い石……、徐々にディナの苛立ちが――


「もう!みんないいかげんにして!!」

 耐えかねる怒りが沸点に達し、辺りにこだまする。


 思わぬところからの大声に、ローブ男以外の全員がぴたりと動きを止める。

 くたり、とツヴァイの(たくま)しい腕から、トーナの細い腕がこぼれ落ちる。


「トーナお姉ちゃん大丈夫!?」

 その様子を見てとったディナは手に持っていた金属の棒を放り投げ、トーナに駆け寄る。……酷い顔色だ。ジールとヴァスも追いかけっこをやめて駆け寄ってくる。

 渦中のはずのツヴァイは何事かときょとんとしている。


「うぅ……うっ、ぷ、おろし――」

「わー!トー(ねー)!!」


 混沌とした状況に、いつかの時が巡ってきたようで、場違いな懐かしさを感じる。

 そして、叱ったり心配したりしているディナにあの時にはなかった情緒が見られたような気がして、成長を実感する。これは素直に喜べるな、と考え、そんな自分がいたことにも嬉しく思うのだ。


(マサキもうるさい)

 叱られてしまう。思考を回し続ける脳内男も苛立ちの一部らしかった。


 ……ごめんなさい。

次回 16話『魂の形』

5/29 20時更新

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