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血赤のディナ  作者: 紫藤てる
第二章「成長」

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14.剣

「抜剣ッ!」

 管理者の号令が響く。


 ディナの隣にはヴァス、ジール、ウィル、アリスの順で並び立ち、号令に合わせ、腰に下げた剣の柄に手をかけていく。


 ディナが持つのは大人にとっては短めの剣。

 しかし、子どもであるディナにとっては自分の腕ほどの長さもの刀身となる。


 金属の擦れる音を響かせながら、一斉に剣を引き抜いていく。

 ディナは全身を伸ばすようにしながら、右手で剣を左腰に下げた鞘から引き抜く――が、わずかに剣先が鞘の口に引っかかる。

 慌てて左手で鞘を後ろに下げて、ようやっと抜き放つ。


D-114(ディナイナフィエル)!遅いッ!」

「はい!」


 ((けんがながすぎる(剣が長すぎるんだよ)……!))

 ディナと内心の愚痴が重なる。


 二つ隣にいるジールはディナとそう身長は変わらないのだが、叱られていないところを見るに上手くやっているようだ。何かコツがあるのだろうか。


 大人は片手で持つであろうその剣を、ディナは短めの両手剣といった様相で両手で持つ。


「構えッ!」


 左足を前に半身になると剣を右肩に掲げるように立てて構える。


「振り下ろせッ!」


 号令で一斉に剣を振り下ろす。

 ディナは下げていた右足で前に踏み込むと、一気に振り下ろす。

 未熟な剣筋は左に流れ、地面を打つ。


「止まれッ!」

 全員振り切ったそのままの姿勢で止まる。


 管理者の男が靴音を鳴らしながらディナのすぐ近くにやってくる。


D-114(ディナイナフィエル)ッ!」

 雷鳴のような声が頭上から降ってくる。


「はい!」

「貴様の相手は地面にいるのか?」

「いません!」

「口答えをするなッ!」

「はい!」


「……力任せに振るな、右手は押し出し、左手は腹に引き込むことを意識しろ」

「はいっ!!」

 返事を聞くとそのまますぐ隣のヴァスを叱責する。


 意外に思うのだが、管理者(こいつら)は暴力を振るわない。

 基本的にディナ達への態度は厳しく、見下しているようなのだが、いままで殴られたり蹴られたりだとか、あるいは剣や魔法で脅されたりなど、暴力で従わせようとしてきたことはない。


 あの神経質そうな痩せぎすのローブの男でさえ、そうだ。口では色々と喚くが、直接的なことをされたことがない。

 唯一の例外は、イェラが居なくなったあの日、外から来たらしきローブの男達だけだ。


「直れッ!」

 ザッと砂利を擦りながら、一斉に姿勢を正す。


 暴力は従わせる上ではある種、有効な手段だろうと思う。ここでは不要なのだろうか、とふと考える。

 実際にこの施設内ではそれがなくとも子ども達は従っている。

 以前にも思ったが、物心つく前からここに入れられ、人間に従うことを"そういうもの"として日常に刷り込まれることが大きな理由だろう。しかし、それだけだろうか。


「納剣ッ!」

 ディナは剣先をくるりと左腰のあたりに向ける。


 そして、ぶら下がっている鞘に視線を向けながら、鞘の口を狙って剣先を入れようとする。

 しかし、鞘の口を視界に収めながらだと目一杯腕を伸ばしてもあと少し剣先が届かない。


(んん……出すのよりむずかしいかも)

(腕の長さが足りないな……鞘を下げるしかないんじゃないか?)

(やってみる)

 ディナは助言通り、鞘を後ろに下げてみるが、そうすると今度は鞘の入り口が見えず、狙いが上手く定められない。


(うぅー……入らないー!)

(焦ると怪我するぞ)

(いたっ!)

(ほらな、これは慎重にやった方が上手くいくと思う)

(むー……)

 何度か左手や太ももを剣先で突きながらも、ようやっと剣先が鞘の口にひっかかり、無事に納めることができた。


 ふう、と思わずディナの口から息が漏れる。


D-114(ディナイナフィエル)!遅いッ!」

「はい!」


 ((けんがながすぎる(剣が長すぎるんだよ)……!))

 抜剣の時と同じ叱責に同じ愚痴を返す。


V-038(ヴァリスラァオート)!前に出ろ」

「はい」

 管理者の指示に、反対端に居たアリスが前に進み出る。


「もう一度手本を示せ、他の者はよく見ていろ……抜剣!」

 アリスは手元がよく見えるように鞘のぶら下がる左側面をこちらに向けると、柄に手をかける。


 彼女の剣はディナのものより長い。大人ではちょうどいい長さのそれは、彼女には若干長く見える。

 比率的にはディナと同じくらいになるか。


 アリスは、鞘を少し前に持ってくると、剣を抜きつつ鞘を下げていく。

 そして、問題の足りない剣先の分――鞘を腰の後ろに、ぽんっと放り投げるように抜き放つ。鞘はぶらりと揺れて左腰に戻る。

 なるほど、吊革の遊びを利用するのか、と感心する。

 

 管理者の指示に従い、構えからの振り下ろし動作をしていく。

 流麗な動きだ。ディナと比べるべくもない。


(すごい……!)

 ディナの思考に感嘆と共に憧憬が滲む。


 ――ああ、これか。と辟易とした納得を得る。

 子ども達にとって、この施設における姉、あるいは兄と定義される存在は、ここでの"生活"において、絶対的な存在だ。

 彼らにとっては、親代わりであり、生活と密接に結びついた、唯一の法だ。

 それ以外の指針を持たない彼らにとって、その姉達が従う存在に従うのに理由(暴力)は不要だろう。

 この因果が逆転したような奇妙な支配関係が自然となるのに、一体どれほどの時間がかかるのだろうか。

 連綿とした繋がりが想像され、薄ら寒さすら覚える。


 アリスは剣先を左腰に向けると、一瞥もせずに、鞘の入り口に添えてある指で剣先を受け取り、導くように剣を納めて行く。


(おお、すごい、そうやるのか)

 俺の思索に割り込むように、ディナが内心で感嘆する。


 しかし、それでも疑問は残る。徹底して暴力という手段を排除する必要性はないのだ。

 特にこういった危険を伴う訓練では時には必要だろう。

 暴力を振るうことで、反感を持たれたくないのだろうか。

 例え、それで反抗されても、所詮は子どもだ。

 実際に管理者達(彼ら)が力を誇示する場面を見たことがないので、この世界における標準はわからないのだが、当然として大人に子どもが勝てるわけがないだろう。


「抜剣ッ!」

 号令で、ディナは剣を抜こうと試みる。

 今度は左手で鞘をしっかりと下げながら、最後に鞘を腰の後ろに放る。

 それぞれの動きが連動しておらず、アリスと比べると遅く、ぎこちないが、剣先を引っ掛けることなく抜くことができた。

 勢いがつきすぎた鞘が背中を打ったのはご愛嬌だ。


(できた!すごい?)

(引っかからなかったな)


 ディナ自身も管理者達に対しては、姉達より年齢が上なこともあり、恐怖とまではいかないが、遥かに強大な存在に思っているような、畏敬のような、そんな感情を抱いている。

 しかし、実態は未知数なのだ。


 剣を振り下ろす。柄頭でお腹を打ったが、剣は地面を打たずに止まることができた。


(ねえ!すごい?)

(地面を打たなかったな)


 危険性を考えると確かめる気にはならないが、仮に人間の大人の力が俺の常識の範囲内だとする。

 そうすると、この子達はその常識を大きく逸脱している力を有していることになる。

 それを前提とすると、暴力という手段は不要なのではなく、使えないか、使いたくないのではないか。

 ……そこに、この施設の存在意義がある気がする。


 号令があり、ディナは剣を鞘に納めようとする。

 何度か左手の指を突き刺したが、剣先を捕まえて、納めることができた。


(ねえねえ!すごい?)


 だが、これはすべて仮定の話だ。

 現状では確かめる術も意味もない。

 なので、今は――


(ねえってば!)

 反応のなさに痺れを切らしたディナがむくれる。

 ――こっちの相手をするべきだ。

 

(ああ、すまん、さっきより早くなってるな)

(でしょー?……すごい?)

 口調から生活以外の出来事にいつもより高揚しているのがわかる。興奮の落とし所として評価を求めてるのはわかるのだが……。


(……)

(なんでそこはだまるの!)


 褒めるのは容易く、さして抵抗もない。ディナも喜ぶし、それで訓練に身が入るなら今後に備えるという点でも良いことだ。万々歳、全くもって合理的だ。


 ――だが、言いたくないのだ。

 それをしてしまうことが俺の存在を否定するような、何かの一線を越えてしまうような、そんな予感がする。

 素直に子どもの成長を喜べない環境に改めて辟易とした思いを抱く。


(もういい!)

 ……ごめんな。



 ――鐘が鳴る。訓練終了の合図だ。

 装備を返すと、男女に分かれてそれぞれの家へと帰っていく。


「――しゅっ!ってやったら、こう、ぎゅっ!ってやってー、おなかもぐっ!ってやったら止まるから!それで――」「ジール、あとにしましょうか。ディナ、大丈夫ですか?」


 喧しく助言をくれるジールとへとへとのディナを案ずるアリスに挟まれながら、身体を引きずるように歩く。


「おーい」

 声に顔を上げると、トーナがジュジュと一緒に家の前で手を振っている。

 ジールが手を振りかえし、駆けていく。


「おかえりー!」

 ジュジュも喜色満面に駆け出し、勢いをつけてジールに飛び込む。


「ただいまっ!」

ジールは腕を広げて飛び込んでくるジュジュを待ち構える。


「よいしょー!」

 そう背の変わらない二人だが、ジールは上手いこと担ぐように受け止めるとそのまま、くるりと一回転。二人は楽しそうな笑い声を上げる。

 

「おかえり、早速で悪いんだけど手伝ってくれ」

 アリスとディナも到着すると、早々に切り出すトーナ。


「おかえり!」

 ジールの肩越しからジュジュがにこにこと顔を出す。


「うん、ただいま」

「ただいま戻りました……それでどうしたんですか?」

「いやー、ジュジュがひっくり返しちゃってさ――」

 トーナがアリスに説明を始めると、都合の悪い話を察したのか、ジュジュはするりと、ジールから降りて目の前にやってくる。


「えへへ、ディナねぇね」

 ぎゅう、と抱きついてくる。


「ねぇねも、くんれん?してきたのー?」

「うん」

「えー!すごい!」

「ふふん、でしょ?」

 待っていた言葉に胸を張るディナ。


「なにしたのー?」

「ん?んー……いろいろ」

「えー?」

 ジュジュの無邪気な笑顔に憧憬が見える気がして、

 

「ディナはそのままジュジュのことたのんだ!」

 アリスとジールを押すようにトーナは家に入って行く。

 残されたディナ達は顔を見合わせ、どちらからともなく手を繋ぐ。


「行こ?」

「うん!」

 

……本当に辟易する。

次回 15話『回り廻る』

5/22 20時更新

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