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血赤のディナ  作者: 紫藤てる
第二章「成長」

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12.姉

「やだぁ!!」


 つんざくような否定の声。扉を潜ると、ジールがイェラにしがみつき、泣きじゃくって否定の言葉を繰り返しているのが目に入る。

 それをみんなで心配そうに囲み、ラヴのみがその輪から外れ、施設と外とを通じる出口の方を眺めている。

 出口には二台の馬車が止まっている。一台はいつもの物資を運ぶような幌馬車、そしてもう一台は、剥き出しの荷台に木製の檻のようなものを載せている。

 その前にはローブの男達と施設の管理者達が集まっている。――嫌な雰囲気だ。

 ディナは出口から視線を切ると、イェラとジールを囲む輪に駆け寄る。


「どうしたの?」

「あ、ああ、ディナか。多分今日がイェラ(ねえ)がここを出ていく日みたいなんだ」

 動揺しながらもトーナが答える。


「またどこかにいくの?」

「ああ、いや……その、きっともうここには、帰らない」

「?」

 ディナは疑問符を浮かべ首を傾げるが、俺はついにイェラに()()()が来てしまったのだとトーナの言葉から察する。

 

 イェラは囲むみんなの顔を見渡し、殊更に笑顔をつくる。そしてしゃがむと、くっついて泣きじゃくるジールに視線を合わせ、背中をさする。


「ジール……ディナをよろしくね、あなたなら私よりいいお姉さんになれるわ」

ジールはしゃくりあげながらも、何度も何度も頷く。イェラはそんなジールを一度優しく抱擁すると、手を離し、立ち上がる。

 

「リヴ……、ラヴ!」

 リヴに視線を合わせ、首を巡らせると少し離れた位置にいるラヴに声をかける。

「本当にごめんなさい。今更言ってどうにかなることではないのだけれど……」

 ラヴはちらりとイェラに視線をやるが、興味がないかのようにすぐに視線を戻す。

 リヴは言葉を探すように瞳を揺らして口を開きかけるが、俯いてしまう。

 イェラは寂しく笑うとリヴから視線を切る。

 この三人の間には過去にわだかまりとなる何かがあったのだろう。恐らく長い別れとなるこの場面でそれが解けなかったことが残念に思える。


「トーナ、アリス」

 呼ばれた二人は短く頷き、イェラもそれに頷きを返す。

 きっとこの三人はそれだけでいいのだろう。

 言葉もない短いやり取りだが、そこに万感の思いが込められていることは三人の表情から見間違いようもない。


 そしてイェラはそのままこちらに歩いてくる。ジールにしたようにしゃがんで目線を合わせてくる。

「ディナ……お姉さんはこれからお家を出て、すっごく遠いところに行きます」

「うん」

「とっても遠いからきっとすぐには会えません」

「うん」

 ディナの反応に見かねて、思考を言葉として挟む。


(おい、わかってんのか?もう会えなくなるかもしれないんだぞ?)

「お姉さんが居なくても、ジールと他のお姉さん達の言うことをよーく聞くのよ?最近のあなたは危なっかしいんだから……」

「わかってる、だいじょうぶ」

「もう……」

 何もわかっていなさそうなその返答に、イェラは困ったように笑ってディナを抱き寄せる。

 視界が薄らと滲む。ディナは少し成長したがそれでもまだ短い腕を精一杯に伸ばして抱き返す。

「ディナは、だいじょうぶ、なんでもできる」

 震えた声のその言葉で、これまでの日々が思い返される。初めてイェラ達の訓練を見たあの日から、ディナはなんでも一人でやろうと一生懸命に挑戦してきた。

 ……こいつはこいつなりに、わかっていたんだ。


 きつく抱きしめられ、ディナは肩が暖かく濡れていくのを感じる。その暖かさはディナの心に染み渡り溜まっていくようで、強がって抑えていた気持ちが溢れて、目からこぼれそうになる。


 しかし、その前に無情にもガチャガチャとした金属の擦れる音と複数の足音が近づき、イェラは離れてしまう。


 別れがもうすぐそこまで来ている。


 これまでの日々と彼女に対する親愛が、不安や心配を際限なく増幅させていく。行き詰まって膨らんだ思考が、言い訳じみた言葉を吐き出させる。


(待っててくれ、きっといつか、俺が……)

……その先は続けられなかった。


「番号ッ!」

 髭の管理者の号令にイェラは気持ちを切り替えるように急いで定位置に向かう。


 ジールを囲んでいた面々も整列していき、普段通りの点呼が始まる。


「ミエルスラァイナ!」

 ひと通り終わると、改めてイェラが呼ばれる。

「はい」


「前に出ろ」

 管理者の指示にイェラが前に出る。彼の周りにはローブ姿の人間の男達。


 彼らは掌や杖のようなものをイェラや整列するディナ達に向けている。

 並ぶ表情はどれも硬く、嘲りや恐怖が見て取れる。


 ……この子達が何をした。こんな少女の何がそんなに怖いんだ。

 普段の彼女達を知る俺からは彼らの反応に憤りを感じる。


 一方で、冷静な部分が観察を続ける。

 掌を向けている意味は魔法だろう。杖も同じ理由か。

 木製の杖にはところどころ金属らしき輝きがある。魔法を増幅させる武器かと当たりをつける。


 そうするとローブの男達は魔法使いだろう、管理者の男達と違い、剣を()いていない。

 同じ外套に徽章(きしょう)、組織に属しているのが見て取れる。

 しかし、管理者の男はいずれも身につけていない。

 立場による違いか?いや、痩せぎすの男は徽章を付けているが、管理者に使われていた。

 役割によるものか、あるいは別組織か。


 ガチャガチャと音を立てて、集団の中から若いローブの男が歩み出る。

 手には肩幅くらいの長方形の板。中央には穴が空いており、縄と鉄輪のついた鎖がぶら下がる。


「跪け」

「……はい」

 髭の管理者の指示にイェラが跪くと、若いローブの男は持っていた板を割るように開く。

 半円ずつ空いた板でイェラの首を挟み、がちゃりと錠をかける。


「イー(ねー)!!」

 静かに泣き続けていたジールが限界を迎え、駆け寄ろうと動きかける。


「ジール!」


 隣のアリスにすぐに止められるが、しかし、ローブの男達は即座にぶつぶつと何かを唱えながら一斉に掌と杖を向けてくる。緑光が輝き、濃密な暴力の気配にディナとジールは驚き、身を縮こませる。


 アリスはすぐさまジールとディナの前に守るように立つ。他の姉達も腰を落とし、臨戦の構えを取る。


(くそっ!どうすれば……!)


「やめてください、あんな小さな子のなにが怖いと言うんですか?」

 一触即発の空気の中、凛としたイェラの声が割り込む。


「バオストが……!」

 その挑発するような言葉にローブの男達が気色ばむ。


「私はまだ動けますが……いいんでしょうか?」

 イェラはさらに続けて、両手を軽く上げて煽ると、ローブの男達は慌ててイェラに魔法の矛先を向ける。


「ふん……ミエルスラァイナ、黙れ。お前らも列を乱すな、戻れ」

 くだらないとでも言うかのような鼻息のあと、威厳のある声が髭の管理者から発せられると、少女達はローブの男達への警戒を露わにしながらも元の位置に戻る。


「"お前ら"だと!?」

 ざわざわとローブの男達は何故か髭の管理者の言葉に過剰に反応する。


「ここは私が任されている。あなた方と言えど手出しはしないでもらおう」

 続けて、髭の管理者はローブの男達を見回すとそう声をかける。


「ちっ」

 誰かの発した舌打ちの後、ローブの男達は光を納め、張り詰めた緊張感が霧散していく。


 管理者はイェラの横で固まっている若いローブの男に睨むような視線を向ける。

 男は弾かれたように手を動かすが、空気に当てられたのか、表情には怯えがありありと見え、錠を持つ手は震えている。

 暫くして、首の板に繋がる鉄輪を両手にはめられ、拘束が完了する。


「立て、行くぞ。他の者はそこで待っていろ」

 管理者はこちらを見ずにそう指示し、イェラの首の板からぶら下がる紐を引いて歩き出す。


 イェラはローブの男達に囲まれ――見えなくなる。

 数名がこちらを警戒しながら出口へと向かっていく。

 それをディナはただ立ち尽くして見送る。

 ジールは泣き崩れて地面に蹲り、トーナとアリスが背中をさすって慰める。


 イェラを囲む集団が出口までの中ほどに差し掛かった頃、リヴが数歩、追いかけるように前に出る。

 しかし、途中で迷子になったかのように立ち止まると、助けを求めるように隣を見る。

 視線の先のラヴは頭の後ろで両手を組んで素知らぬ顔だ。


 リヴは俯き、立ち尽くす。

 その間にも集団は遠ざかって行き、まもなく出口に差し掛かる。


 やがて、リヴは意を決したように顔を上げる。


「イェラ、姉さん!」

 普段は聞かない大声と呼称でイェラに呼びかける。


「あなたはいつだって、私の、私たちの良いお姉さん、でしたっ!」


 ――その言葉に込められた本当の想いはわからない。

 だが、出口の方をじっと見つめるリヴを見て思う。


 イェラはディナ達の前ではいつも"お姉さん(サスタル)"を名乗っていた。


 その言葉は暖かさと憧れを伴って、ディナに記憶されていた。故に俺の知る、家族を表す"姉"という言葉がすんなりと結びついたのだ。


 それはきっと大きく外れてはいない。いつかのどの時かに、その言葉が施設(ここ)に入り込んで、年長者という役割だけではない、何かを求めて定着したのだろう。


 ディナは"家族"を知らない。同じ出自のイェラも知らないだろう。きっと彼女も本当の意味では"姉"が何かわからなかったに違いない。慣習としてその言葉をただ使っていただけなのかもしれない。


 しかし、リヴの言葉が、ディナとジールの憧れが、イェラはこの寄せ集めの集団の中で、確かに"姉"だったのだと、そう思わせるのに十分だった。


「ムクス(にい)ー!くそっ!ラース兄はなせよ!」

 悲痛な叫びに視線が向く。ヴァスがラースに羽交い締めされ、抜け出そうともがいている。


 向かいの家からも同じような集団が出口へと向かっている。ローブの人影の間から見えた背の高い赤茶色の髪――ムクスだ。

 そして、出口で合流し、イェラとムクスの二人は檻に入れられる。


「ムクス兄ーー!」

 ヴァスの叫びが響く中、馬車は遠ざかっていき、ジールの嗚咽だけがいつまでも残るのだった。

次回 13話『妹』

5/8 20時更新

(次回より金曜20時更新に変更します)

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