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血赤のディナ  作者: 紫藤てる
第二章「成長」

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13/15

11.万物流転

 あれから結構な時間が経ったように思う。二回くらいは季節が巡ったのだろうか。

 ここの気候は安定していて、多少の寒暖差はあっても風景に変化がない。


 子どもたちの生活も相変わらずで、朝起きたらみんなで家事をして年長者は訓練、日が落ちてきたら眠るという一日を過ごしている。


 日付の概念もないが、あっても意味のない生活をしており、どのくらいの時間が経ったのかも曖昧だ。

 そんな変わり映えのない日々は驚くほど退屈で、ともすれば感じていた違和感がそんな日々に埋もれてしまいそうになる。

 しかし、環境に変化はなくとも子どもたちは成長する。


 ディナの散切りだった髪は伸び、今はイェラによって綺麗に肩口で揃えられている。

 外界から隔絶されているここでは、日常の中で性差というのは暮らしている家が違うくらいのもので、女性なので髪を伸ばす、といった価値観はないのだが、どうも以前からの慣習で女性は髪を長めに整えているようだ。

 管理者達も獣人達の見た目には興味がないのか、髪が長かろうが何も言われない。


 そして、髪もそうだが、ディナは多少手足も伸びて、俺が目覚めた頃から目線の高さが頭一つ分くらいは上がっただろうか。

 身長は気づかないうちに伸びていくので意識しづらいが、井戸の巻き取り柄を巻く時など、ふとした瞬間に成長を実感する。

 一方で、ジールとラヴの成長はディナに比べると緩やかで、身長はディナの方が追い越し気味である。


 つらつらと寝ぼけた意識で考えていると、起床の鐘の音が聞こえてくる。

 

「みんなー!起きなさーい!」

 そして今日も鐘の音とイェラに起こされ、退屈で変わり映えのない一日が始まるのだ。

 

 ジールと抱き合うように一つの毛布にくるまっていたディナは、起床を拒否するように頭を丸める。

 

「ゔっ……」

 ディナの頭に胸を押されたジールが呻く。

 

「ほらほら、二人とも!起きて起きて!」

 毛布を剥がされ、無防備となった二人は防御を固めようと丸まり合いの主権争いを始める。

 

「起きない子はお化けに――マサキに食べられちゃうわよー?」

「やだぁ!」

 ジールが、がばっと起き上がり、争いは終結。

 というか人を子どもの躾に使わないでほしい。そして俺に口はない。


「んゅ……マサキは口がないって」

 ディナが眠い目を擦りながら、俺の思考を引き取って伝える。


「え……じゃあどうやってご飯を食べるのかしら?」

「お口ないのこわい!」

 イェラとジールの二人は口のない顔を想像してか別方向の感想を口にする。


 お化けを一体なんだと思っているのか……誰だ中途半端にお化けの概念をここに持ち込んだやつは。いや俺がお化けと訳してるだけで違う概念なのか?

 と、思考が迷宮入りしそうになりかけていると、イェラが両手を打ち鳴らす。

 

「はい!お化けの話は終わり!藁をまとめて!水汲みお願いね!」

「うー……」「はーい……」

 

 イェラは朝食の準備に戻り、二人は協力して寝床を片付けていく。

 バサバサと寝床にしている藁の下に敷いている粗い麻布を揺らし、ゴミや砕けた藁を落とす。

 広がった藁を集めてある程度まとめ終えると、リヴを呼び、紐で纏めて壁に立てかけてもらう。

 それが済むと水桶を持って、向かいの家の裏の井戸まで水を汲みにいく。

 

「よお、おそかったな!おれのかちだ!」

「ヴァスうるさい!かちとかない!」

 たっぷりの水が入った桶を持ったヴァスとすれ違う。


 ヴァスは成長目覚ましく、同じくらいだった身長も今ではジールよりも目線一つ分くらい高い。

 顔つきも幼児っぽさが抜けて、しっかり男の子といった感じだ。

 そして、生意気さに磨きがかかり、こうしてよく張り合ってくる。

 

「もー……、おはよー!!」

 ジールは捨て台詞のような挨拶をして、遠巻きに二人を見ていたディナの手を引っ張り井戸へと急ぐ。

 いつもより遅いのは確かだ。


 井戸に着くと、ディナは軽やかな足取りで踏み台に上がり、留木を外して釣瓶(つるべ)が落ちるのを見届けると、一気に巻き上げ、片手で巻き柄を保持しながら留木を差し込む。

 井戸の前で待機していたジールが側に立てかけてあった鉤棒を手に釣瓶を引き寄せようとすると、


「だいじょうぶ!ディナがやる」

 そう言ってジールを止める。

 

 一人でできることが増えたことが彼女の小さな誇りのようで、なんでも一人でやろうとして、ジールが少し寂しげな顔で手を引くのが最近のお決まりの流れだ。


 二人とも水を汲み終えると、ディナは重くなった水桶を持ち上げ、その矜持を表すかのようなしっかりとした足取りで歩いて行く。

 ジールが慌てて駆け寄るように横に並ぶ。

 

「ディナ!先に行かないで!」

「だいじょうぶ、できる」

「そーじゃなくて……もーいい!」

「?」

 そう言うと、ジールはディナを追い抜いてずんずん進んでいく。ディナも負けじと早足で追いかける。

 

 すまないジール、俺は毎日頼るように言ってるんだが、聞きやしないんだ。

 

 そうして、噛み合わない二人は家の前に着く。

 ジールはそこでぴたりと止まると、横っ飛び。扉の延長線上から抜け出る。


(ディナ)

「わかってる」


 短いやり取りの後、ディナは水桶を地面に下ろすとそのまま頭を低く、前屈みの体勢を取る。

 それとほぼ同時に扉が勢いよく開かれ、誰かが猛烈な勢いでもって迫り、


「どー……んおー?」

 屈むディナの上を通り過ぎる。


(今だ!駆け込め!)

 水桶を抱えると、急いで開け放たれた扉を潜る。すると、入れ違いに出ようとしていた誰かにぶつかる。


「わぷっ!」

 すぐに優しく抱き止められ、溢れる水も最小限に抑えられる。

 見上げるとリヴが困り顔で視線を忙しなくディナや水桶、外へと走らせている。


「あ、えっと……」


 どうもリヴは相手や周りを気にし過ぎるきらいがあり、色々考えているようなのだが、そのせいで話始めが遅かったり、飛躍した受け答えになりがちだ。


「どこも、痛くない?」

「うん、今日はよけれた」

 胸を張って少しズレた主張を自慢げにするディナにリヴは曖昧な笑みを浮かべる。


「いやーやるなー」

 言いながらラヴが戻ってくる。二人は同時に視線を向け、口を開く。


「ラヴ、じゃましないで」

「ラヴ、……めっ」

「わはは」

 そうやって叱られると、ラヴはリヴを伴って家の奥へと戻って行く。

 

 こうして気まぐれにいたずらをするが、リヴに叱られると暫くは大人しくなる。

 そうするとラヴはリヴの目の届くところから離れることはないので、一緒に家の清掃や火加減の調節などの調理補助を気まぐれにやったりやらなかったりしている。


 ――正直俺はラヴ(こいつ)が苦手だ。

 突飛な行動をすることもだが、時々その行動と言動、表情にちぐはぐな印象もあって、何を考えているのかがわからず、底知れない違和感を覚えることがある。

 

「マサキうるさい」

 

 俺も叱られる。しかし、音を発生させているわけではないので、限りなく静かであると言える。その為、この場合における"うるさい"という言葉が適切かどうかの議論が必要なのではなかろうか、だがその議論に進む場合、ディナの立場と第三者の立場を切り分けて考える必――

「うるさい」

 要はない。ごめんなさい。


 ……さて、その間にもディナは水樽に水を移していく。いっぱいになるまでには後数回は往復が必要だ。

 邪魔をしないように静かに見守ることにする。


 ディナとジールで家と井戸を往復、水樽と家の裏手で洗濯しているトーナに充分な水を供給することができた。

 ひとまず割り振られた仕事は終わりだ。


 ジールとふたり、炉の周りで朝食を待つ。

 他の姉達もぼちぼち集まって、それぞれ朝食を摂っていく。

 揃って一斉に食べるといった習慣はないので、準備ができた者から食べ始め、終わった者から後片付けをして、各々点呼の時間まで過ごすのだ。

 そうして、穏やかなひとときを過ごしていると、表からガラガラとした音が聞こえてくる。

 もはや聞き慣れた馬車の音だ。頻度はそれほど高くはないが、定期的にやってくる。


「イー姉役(ねー)……」

「大丈夫よ」

 隣り合って座っていたイェラにジールが抱きつく。


 ジールはこの馬車の音を嫌がる。

 大体は物資の搬入だったりするのだが、時折、イェラやリヴとラヴが連れて行かれて数日いなくなることがある為、イェラっ子のジールは過剰に反応するようだ。

 しばらくすると鐘が鳴る。点呼の時間だ。


「さあ、行きましょう」

 そう言っていつものように立ち上がったイェラは、しかしどこか硬い笑顔で皆を見渡すと外に出る。

 ジールがイェラにくっつくようにして続き、リヴとラヴ、トーナ、アリスと続いていく。


 ――万物は流転する。変化はなくとも季節がうつろうように、子どもたちが絶えず成長するように、永遠にも思えた日々もいつかは変わるのだと、イェラの常でない笑顔にそんな予感を抱くのだった。

次回 12話『姉』

4/28 20時更新

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