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血赤のディナ  作者: 紫藤てる
第一章 幕間

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ある日の日常①

 ある日のこと、わずかな物音にディナはふと覚醒する。いつもであればそのまま寝てしまうのだが、今日はすっきりと覚醒してしまう。


 きょろきょろと周りを見る。まだ夜明け前で部屋の中は真っ暗だが、夜目が利くので周りを見るには支障はない。


 すぐ隣ではジールが丸まって眠っているが、もう一人、一緒の毛布に包まって眠っていたはずのイェラがいない。


 イェラの朝は早く、起床の鐘が鳴る前には起きているようで、ディナが起きる頃にはすでに朝食用の水を汲み終え、煮沸の準備をしているのだ。

 先程の物音はイェラが水を汲みに外に出た音だろうか。


「おてつだいにいく」

 俺の考察を読んでか、ディナはそんなことを言い出す。

 そして、身を起こすと、寝床の近くに畳んで置いてあった靴がわりの布切れを手に取る。


(まだ早いし、暗くて危ないぞ?)


「いい、だいじょうぶ、できる」


 ――しまった。言い方を誤ってしまった。

 最近は止められたり遠ざけられたりすると、こうやってムキになってやろうとするのだ。

 時々危うい場面があるので心配になる。物理的に止められない自分が実にもどかしい。


 足を寝床の高床から降ろし、片足ずつ布を巻いていく。

 これも本人は一人でできているつもりだが、巻きが緩い上に、踵や指が飛び出している。

 まあ、獣人の生物的な特性なのか、怪我をしても浅い切り傷程度ならすぐに塞がるし、化膿したりなど悪化するところも見たことがない。

 そもそも皮膚もかなり丈夫なようで、石を踏んだ程度では怪我もしないのだが。

 ともあれ、準備を終えたようで、玄関に向かおうと立ち上がる。


「ディナどうしたー?」


 不意の声掛けに、びくりとディナの尻尾が跳ねる。

 振り向くと紫の瞳が毛布の中からこちらを伺っている。――ラヴだ。起こしてしまったようだ。


「イェラのおてつだいにいく」

「そーか」

 それきり興味をなくしたのか、毛布は閉じられる。


「んぅ……ラヴ……?」

 ラヴの隣で眠っていたリヴが寝ぼけた声をあげる。

「なんでもない、安心して」

 ラヴが優しくそう言うと、すぐに寝息に変わる。


 ディナは気を取り直して、玄関への一歩を踏み出す。


「うおー!まだまだあ!」

 大声にびくりと全身が跳ねる。振り向くとトーナが両腕を毛布から突き出して振り回している。


「しずかにしてください……」

 それを隣で眠っていたアリスが抑えると、やがて二つ分の寝息に変わる。


 これ以上足止めされたくないとディナは急いで玄関から出る。


 外は暗い室内より月明かりで幾分か明るい。


 そういえば、と思う。ここは俺の知識にある、かつていたであろう地球にかなり似ている。


 魔法や獣人のような例外を除けば、環境はほぼ同じで、月や星々もある。星座はあまり詳しくないが、知っているものはなさそうだ。

 ここは少なくとも、地球とは別の惑星かそれに準じる何かだろうと当たりをつける。

 まあディナに取り憑いてる現状を見るに考えても詮無いことではあるのだが。


 しかし、別の惑星か。そう考えると俺はディナにとっては幽霊というより宇宙人なのだろうか。

 寄生型の宇宙人か……蛸のかたちをした半透明の男がディナに絡みついている姿を想像する。

 ようようと暗い中を歩いていたディナが止まり、毛を逆立てて震える。


「やだ!マサキあっちいって!」

 やれるものならやってる。


 冗談はさておき、もうすぐ井戸のある向かいの家だ。


「――もうすぐでしょ?」

「……そうだな」


 男女の話し声が聞こえる。イェラか?

 家の角から裏の井戸をそっと覗くと、イェラが井戸の縁に腰掛け、その前にムクスが立っているのが見える。


「みんな大丈夫かな……」

「ははっ、君は心配しすぎだよ」

「もう!笑うことないでしょ!私はただ――」


 ……これは、邪魔しない方が良さそうだな。

(おい、今日のお手伝いはなしだ、帰って寝るぞ)


「だって、最近のディナが――」

 名前に反応して角から出るディナ。

(あ!おい……!)


「ディナがどうしたの?」

 突然現れたディナに目を丸くして驚く二人。

 

「ディナ!ついてきてたの?」

 イェラは井戸の縁から降りると駆け寄ってくる。


「そう、ディナもみずくみする」

「はっは、偉いじゃないか、ヴァスも見習ってほしいよ」

「うん、みてて」

 そう言ってイェラから離れ、小走りで井戸に向かうと蓋を外し、井戸横の踏み台に上がるディナ。


 留木を外し、井戸の縁に置く。巻取柄に手をかけると、ぐるんぐるんと全身を使って釣瓶(つるべ)を巻き取っていく。慣れたものだ。

 巻き取り終わると片手で柄を保持しながら留木を刺さないといけないのだが、いつもはジールと協力してやっている為、これはまだ一人でやったことはない。

 ディナはぷるぷると震えながら、左手で柄を、右手で縁に置いてある留木を取ろうとする。


「ディナ、お姉さんにもお手伝いさせて?」

 背後で恐らくはらはらと見守っていたであろうイェラがそう声をかけ、留木に手を伸ばそうとする。


「だいじょうぶ!ひとりでできる!」

「……わかったわ」

 イェラは手を引っ込め、そのまま近くで見守ることにしたようだ。


 精一杯に短い腕を伸ばして、ようやっと留木を取ることができた。

 ふう、と一息。

 ――まずい、そう思った束の間、

「わっ!」

 ディナは力を緩ませてしまい、ぐん、と左手が勢いよく戻ろうとする柄に引っ張られ、跳ね上がる。


「「危ない!」」

 すぐにイェラに左手を抑えられ、回転は止まる。

 イェラとムクスから同時に胸を撫で下ろすような息が漏れ出る。


「引っ張られたところは痛くない?」

「……うん」

 ディナは少しバツが悪そうに返事をする。

 

「そう、よかった……それ、貸してくれる?」

 イェラはディナから留木を受け取り、巻取柄を固定すると、ディナの目の前にやってくる。


「ディナのお手伝いしたい気持ちはとっても嬉しかったわ、ありがとう」

 イェラはそう言うとにこりと笑う。

「……」

「それとあんなに上手に回せてすごかったわ、お姉さんびっくりしちゃった」

「……うん」

「でもね」

 そう一息挟むとイェラは笑顔から少し真面目な顔になる。


「難しいことは急いでやらなくてもいいのよ?」

「……でも」

 ディナは俯き、小さな手を握りしめる。


「できないことは悪いことじゃないの、急がないで、ゆっくり、お姉さんたちに手伝ってもらいながらできるようになりましょう」

「……」

「……ね?」

「……」

 ディナ(こいつ)はこれで意外と意志が固く、強情なところがある。何か本人なりに譲れないものがあるのだろう。


「まあ、いいじゃないか」

 楽天的な声が割り込むと、イェラが咎めるように視線をディナの背後にいるムクスに向ける。

 

「ウィルもそういう時があったなーって思ってな。いろいろとやってみるのは悪いことじゃないさ、な?」

 こくり、とディナは頷く。


「もう……」

 ため息混じりに呟くイェラ。


「君は固く考えすぎなんだよっと……さ、ディナ!今度は続きを兄ちゃんとやろう」

 言いながら、踏み台の反対側に立て掛けてある、釣瓶を引き寄せる鉤棒を手に取り、そう声をかけてくるムクス。

 声を受けて、じっとイェラの顔色を伺うディナ。


「いいわ、お姉さんの言ったことも忘れないでね?」

「わかった」

 言うなり、ムクスに向かって駆け出すディナ。


「あんまり身を乗り出すと落ちるからな、そこからそうだ、もうちょい前に――」


 どちらの言い分も正しいように思う。

 時間があるうちは焦って背伸びしなくてもいいと思うし、いろいろと挑戦して失敗を重ねてもいいだろう。

 どちらにしても、"できる"ことに拘らなくていいと思うのだが、その辺りはこの歳の子どもだと仕方がないのだろうか。


 そこのとこはどうなんでしょうか、ディナさん。

 もうちょっとこの蛸型宇宙人の言うことも聞いてほしいとは思うのですが。


「やだ」

 そーですか。

次回 幕間『ある日の日常②』

4/14 20時更新

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