10.願い
イェラは引き、ムクスはそれを追い、二人は外縁を回るように戦っている。
イェラは剣戟の合間に地面に魔法を放ち、緑に光る"地雷"を設置していく。
あらかじめ意識していれば回避すること自体は難しくなさそうだ。が、想像するにこれの狙いは恐らく踏ませることだけではない。
足元へ意識を割かせること、"地雷"によって足場を制限すること、だろうか。
実際、ムクスは踏み込みが浅くなるせいか今一歩、防御に徹するイェラに届いていない。
しかし、イェラも疲弊しているのか、時折見える横顔に初めの方にあった余裕はない。
「うー……、イー姉……」
「ムクス兄いけー!」
イェラの劣勢がジールとヴァスの反応に現れる。
「ラース兄がきたらおわり、かな?」
「……どう、でしょうか?なにかイェラ姉さんがいつもとちがう気がします」
ややあって、戦いを終えたラースが到着、イェラとムクスの攻防にどうにか加わろうと不用意に近づいていく。
先程ムクスに対して置いていた"地雷"に気づいていない。
「ラース!止まれ!下だ!」
近づいてくるラースを横目に見たムクスから鋭い注意が飛ぶ。
「え?……おわっ!」
ラースがそれに驚き止まった瞬間、半歩先の地面が緑光を撒き散らし小さく爆ぜる。
「なんだこれ!?どうやってんだ!?」
「わからん!」
好機とみたか、イェラはここで初めて前に出て攻撃の為にムクスに剣を振るう。
銀光が閃き、上段から斜めに打ち下ろされる――が、その軌道はムクスの両手剣の柄に刃を横から弾かれ、逸らされてしまう。
そして無防備となったイェラに剣を振おうとムクスは身を捻る、その瞬間、イェラは体勢を崩されながら強引にラースへと左掌を向ける。
「……くっ!」
それを見てとるとムクスは剣を振る体勢そのままに当て身に切り替え、イェラに肩からぶつかる。
イェラは倒れると受け身をとり、地面をごろごろとムクスから遠ざかるように転がっていく。
ムクスは逃すまいと剣を振るうが一瞬遅く、体勢を整えていたイェラをさらに飛び退かせてしまう。
「あら残念、守られちゃったわね」
ラースに向けて言うとイェラは素早く剣を鞘に納め、後ろに下がっていく。
それを見送ったムクスは肩越しにラースに顔を向ける。
「イェラも疲れているはずだ!とにかく近づく!ついて来い!」
「わ、わかった」
声をかけている間にも魔法は飛んでくるが、緑光を纏った左手でそれを打ち払う。
離れていくイェラからは次々と魔法が飛んでくる。
ムクスはラースの前に立ち、緑光を弾いてじりじりと近づいていく。
イェラの速度が落ち、魔法を放つ間隔が伸びる。
あと少しで剣が届くというところで、追い詰められたイェラは覚悟を決めたのか、くるりと反転、足を止める。
「もう逃げるのはおしまいか?」
「……ええ、でももう少しだけ付き合ってもらえるかしら、ムクス」
上がった息を整えながらムクスを指名、ラースは眼中にないのか、あるいは……。
すると軽く両手を広げ、小さく速度のある緑光を左右の掌から交互に放つ。
ムクスは左手で一発、二発と弾いたところで、前進を止め、掌を正面に緑光を盾状に展開。激しい弾幕に釘付けになる。
「っ!ここを耐えれば……!」
そうムクスが判断を口に仕掛けた時、
「お、俺が止める!俺だって……!」
イェラの魔法を止める為、焦ったラースがムクスの影から飛び出す。
「だめだ!ラース!!」
すでにラースに向けられていた両掌が輝きを増していく。
「あっ……!」
ラースがへたり込む。
ムクスは剣を投げ捨てると入れ替わるようにラースの前に立つ。
両手を前に魔法の盾を展開、直後、イェラの両掌が臨界に達したように大きく輝き、次の瞬間、これまでの比ではない光が視界を焼く。
周囲の空気が悲鳴をあげるような音が響き、光の奔流は砂埃を巻き上げながら、二人を飲み込もうと迫る。
ムクスの両手で展開する緑光の盾にぶつかり、バチバチと火花が散る時のような激しい音を立てる。
緑光の盾は飲み込まれずに奔流を防いでいるが、次第に端からその輝きを薄れさせ、守る範囲を狭めていく。
「ぐっ……イェラ!俺達の負けだ!止めてくれ!このままでは……!」
その声を受けてかあっさりと奔流は霧散――緑光の残滓が散る中現れたイェラは、ふらりと糸が切れたように倒れる。その様子を見たムクスは即座に駆ける。
「……イェラ!やりすぎだ、何をそんなにムキになってる」
跪いて抱えるようにイェラの半身を抱き起こす。
「ねえ……ムクス、わかったと、思うけど、そんなんじゃ……」
「わかってる!君の言いたいことはわかる!……が、それはかっこよくない」
「なに、それ……遊びじゃ――」
「俺が弱かった!……それだけだよ」
イェラを座らせ、頭にぽんと手を置くと、ムクスは立ち上がる。
そのまま踵を返し、投げ捨てた剣を拾うと、呆然と座り込んでいるラースの方へ向かう。
「よっし!ラース!一緒にもっと強くなるぞ!」
立ち上がらせると、ムクスはバシバシと呆然と項垂れるラースの肩を叩きながら、管理者の方へと二人で去っていく。
取り残されたイェラはひとつ嘆息すると立ちあがる。
顔を上げると、管理者の周りで他の脱落者と見学しているラヴに声をかける。
「ラヴ!勝ったわよ!これでよかったかしら?」
獣人の耳の良さなら確実に聞こえただろうが、リヴに抱き上げられながら見学しているラヴは何の反応も見せない。
リヴのみがおろおろとイェラとラヴを見比べている。
イェラはもうひとつ嘆息、管理者の方へと歩いていく。なにやらこの二人の関係も複雑そうだ。
そして角笛が響き渡る。終了の合図だ。
この間もやいのやいの話していた二人が同時に振り向き聞いてくる。
「イー姉かった?」「ムクス兄まけた?」
「そうですね」「そうだね」
「やったー!イー姉すごい!」「くっそー!つぎはまけねー!」
「ぼくたちはもう少し見ていくけど、どうする?」
「ジール、どうしましょうか」
「えっとねー――」
騒がしい声をよそに俺は思索を巡らす。
獣人と人間、服従と支配、子どもと大人、成長と育成、生活と訓練、剣と魔法――、彼女たちが成長しきったあとに一体なにが待っているのかわからないが、きっとろくなことではないだろう。
この施設に対する嫌悪感から短絡的に、ディナをけしかけて全員でここを脱出する、そんな手段を選びたくなる。
しかし、冷静な思考がその選択を取らせない。
ディナはまだ小さい、イェラもまだ子どもの範疇だ。
外の世界がどうなっているかもわからない、子どもたちだけで生きていけるのか?住む場所は?食料はどうする?いままでの生活から想像するにかなり厳しいだろう。
仮にそこがどうにかなったとして、その後は?社会はどうなっているのか、孤児に対する扱いは?そもそも獣人の社会的な立ち位置はどうなっているのだろうか。
ここにいる大人たちの扱いからはあまりいい印象がない。
ここが特殊なのであればいいが、期待しない方がいいだろう。
――このままここを出て正解となる根拠を見つけられない。
そもそも、傍観者でしかない俺にはこの現実を動かす手段がなく、動かせるディナは幼すぎる。
……今はこの施設の構造に乗るしかないだろう。
この後になにが待ち構えているのかわからないが、ディナには時間が必要だ。
幸いと言っていいか、施設は育つまでの時間を与えてくれる。
悔しいが、ここでの生活と訓練、剣と魔法は生きていく上で必要となる"武器"だろう。
「では、私たちはかえりますね」
「うん、またね」
「またねー!ばいばい!」
「じゃあなー」
話が済んで『家』に帰ることにしたようだ。
アリスがしゃがみ込んでいるディナの前に来る。
「ディナ、行きましょう……どうしました?」
「……ううん、なんでもない」
「そうですか?ではかえりましょうか」
アリスに手を引かれ、立たせられる。
ジールが先に走って行き、それをアリスがディナの手を引いて小走りで追いかける。
……恐らくこの子達には辛いことが待っているのだろう。だが、今はこの日常に浸るべきだ。
無邪気に駆ける子ども達を見て、無力な俺はただ願う。
せめて、大人になるその時まで――今は、まだ、と。
次回 幕間『ある日の日常①』
4/7 20時更新




