第79話 愛さんさん
兄さんとの電話を終えて、
一息つくとお婆様に呼ばれた。
俺はお婆様の部屋を訪ねる。
お婆様部屋は洋風の飾り気のない部屋だ。
雰囲気のある書斎テーブルに革張りの椅子。
縁側近くにロッキングチェア。
棚には家族の写真がたくさん飾られている。
一番よく見えるところには、
亡くなったお爺様とお婆様のツーショットと、
今の家族の集合写真の二枚。
「お婆様、どうかしましたか?」
「マコト。
おはんには辛か話かもしれんどん、
年寄いん繰り言じゃ思うて、
ちっと聞いちょきやいね」
お婆様はそう前置きして話を続ける。
「酷か目にあったなぁ。
辛かったろうに。
じゃっどん、
そいがあったち言うて、
人付き合いに壁ば作ったらいかんどよ?
酷か人もおっどん、
よか人もぎょうさんおっでな」
お婆様は俺に歩みより、
俺の両手を優しく握ってくれる。
「私はなぁ、あの人が幼か頃からの許嫁じゃって。
しかも、
私があの人にべた惚れじゃったもんじゃっで、
そういう経験はあんまりなかどん。
でも、いろんな人の話は、よう聞いちょっど。
恋愛結婚の人も、お見合いの人も、
許嫁で一緒になった人もな。
どん場合でん、よか話も、わるか話も、
両方あっどよ」
お婆様の手は小さいが、
俺の手を握る力は強く暖かい。
「私が思うになぁ、
恋ちゅうもんは『生ガキ食う』と同じじゃっど。
うまかし、栄養もようけあっどん、
当たっちしもたら、酷か目にあう。
人によっちゃな、
酷か当たり方して、
二度と食べんち言う人もおっどん。
じゃっどん、
生ガキがわるかっちゅうわけじゃなかろ?
恋も、そいと同じじゃと思うとよ」
手も心も、じんわり暖かい。
「食べた時期やら、食べたカキにもよっど。
こげん言うてしもたら、
無責任に聞こゆっかもしれんどん。
やっぱしな、人ん付き合いじゃっで、
『運』に寄るとこもあっどよ」
お婆様は、俺の手を見つめて続ける。
「じゃっどん、恋はよかもんじゃっど。
ほんのこつ、素晴らしかもんじゃっどよ。
じゃっでな、
恋すっこつが怖うなるんは、仕方んなかどん。
でも、諦めて壁ば作って、
恋すっこつを止めてしもたらいかんどよ」
気付くと、俺の目から涙がこぼれていた。
お婆様はそれを見て笑って。
「マコト。
おはんは、よか子じゃっど。
世界んため、国んために、
十年も命がけで戦うてきた。
そげなこつは、普通はできんこっじゃっどよ。
他ん人がどう思うかは知らんどん、
私は、おはんを誇いに思うちょっど。
ほんのこつ、よか子じゃっど」
俺は胸の中からなにかが溢れて、
思わず膝から床に崩れ落ちて泣いた。
そんな俺を、お婆様は抱き締めて、
頭を撫でてくれる。
年甲斐もなく大声で泣いて。
でも、お婆様は優しく微笑んで、
撫でてくれた。




