閑話 続く地獄
ニカイドウは、
あのミズノへの現状報告以来家に帰れていない。
「さすがに、冷蔵庫中でも食品は全滅だろうな」
「今度、私がキャップの家に整理に行きましょうか?」
オオゾノはニカイドウに提案するが。
「本部の視察員様にそんなこと頼めないよ」
「もう、すぐそうやって言う」
そう。
オオゾノは新人に見せかけた本部の視察員だ。
ここの特捜隊に就任する前から、
ニカイドウはそれを知っていた。
キャップのデスクに二人。
密談と言うわけではないが、
他の隊員には聞かせづらい話をする。
「本部のお偉方はどうするつもりだ?」
「三班全員が辞めたのは、
さすがに予想外だったみたいです。
三班は他に異動させる先も用意済みだった、
とか言ってましたが。
遅すぎるんですよ、何もかも」
オオゾノはそう言って肩をすくめた。
ニカイドウはため息混じりに聞いてみた。
「ヒロセ マコトは、結局どうなんだ?」
「もう戻らないでしょうね。
尾道の猫のいっぱいいるとこで、
たくさん写真撮られてますよ。
ほら、猫まみれで幸せそう。
こんなとこより、
はるかに良いですもんね」
スマホの画面の中で猫まみれのヒロセを見て笑うオオゾノ。
ニカイドウはため息もでなくなり、
かすれた声で話す。
「本部の思惑が、浅すぎたんだ。
ヒロセさんは金銭にも、出世にも興味がない。
高収入、高ポストでは彼はつれない。
挙げ句に、
同僚に恋人をとられて、おとしめられて。
そんなところに、戻りたいと思わんだろうに」
「そーですよ。
そもそも、ご家族がお金持ちですし。
やりたいことは人助け、って言う、
正義のヒーローみたいな人ですからね」
オオゾノは額に両手の人差し指を当てて揉む。
「本部はもっとちゃんとしないと。
私の報告を聞いても、次の指示は出さないし。
アサギさんが辞める前に色々したみたいだし」
前キャップのアサギは、
ヒロセを辞めさせまいと奔走しつつ。
それでいて、
辞めてしまった場合、
彼を防衛軍に戻されないように手を回していたようだった。
オオゾノは何かを思い出したように呟いた。
「アサギさん、
なにか気付いてたのかも」
「なにか、ってなんだ?」
ニカイドウはヒロセの資料を手元に引き寄せて聞く。
「『こうなること』ですよ。
ヒロセさんがいなくなって、
特捜隊がめちゃくちゃになること。
そして、一方的に辞めさせられたのに、
この責任を取らせられそうなヒロセさんを護ろうとした」
「……『カミソリ』のあだ名は伊達じゃないのかもな」
「老いてもなお研ぎ澄まされた、
ってやつかもですね」
前キャップのアサギの隊員時代のあだ名は、
『カミソリ』。
切れ者過ぎて誰もついていけなかった、
と言う逸話すらある人だった。
ニカイドウは大きく延びをして、
心配ごとをオオゾノに伝える。
「オオゾノ。
私は貧乏くじだと知っていてここにいるが、
他の隊員たちはそうじゃない。
人手不足は限界を突破している。
二十四時間勤務。
泊まり込み。
ろくな食事も取れず。
ワンオペが当たり前。
不満も何もかも限界だ。
誰かが何をしでかすか、想像もしたくない」
そう言って、
机に崩れ落ちるニカイドウ。
オオゾノは苦笑いしつつ。
「ほら、すぐそうやって言う。
皆大人ですし、
そんなバカなことしませんよ」
「何を言うか。
『大人だから』、やるんだよ。
バカなことを、極端なことを」
ニカイドウは大きなため息をついた。
「私の査定が下がるなら、良い。
そのくらいなら、いくらでも始末書を書くよ。
でももし、そのバカなことで、
誰か人の命が失われたら。
そう考えると、
私はもう眠れないんだ、オオゾノ」
オオゾノは否定しようとしたが、
なぜか言葉がすぐにでなかった。




