閑話 続けられない
広い広い管制室。
たった三人で、壁一面の計器とモニターを確認する。
二十四時間、三百六十五日。
今までは潤沢な人材を持つ二班が三勤交代で監視していた。
だが、この前の失敗で人員が整理され。
今は特捜隊全員で交代しつつ監視をする。
それでも人数が足りず。
昼夜の二勤交代。
しかも、深夜勤後一日休みはとれない。
有給も取れない。
一気にブラックな環境だった。
「俺はこんなことのために、
必死にパイロットになって訓練をした訳じゃない」
「言うな。
俺だってそうだ。
俺も辛くなるから言わないでくれ」
三班の二人は心が折れかけている。
それを見た三班リーダーのクロダがうつむく。
クロダは今更になって自分の愚かさを恥じた。
「ヒロセは、
二班も三班も俺の力で成り立ってる。
金魚のフンみたいなものだ、
と常々言っている」
そう聞いた俺は怒りに任せてハマダの言うとおり、
ヒロセを除隊する手続きを手伝った。
その結果がこれだ。
ヒロセの金魚のフン。
事実だった。
ヒロセがいなくなった途端、俺たちは何もできず。
その結果、機動隊員がたくさん亡くなった。
三班の俺たちは高性能な戦闘機に乗って、
上空をくるくる回るだけ。
何と情けない。
電話が鳴った。
部下がそれをとって、俺の顔を見た。
「リーダー、電話です。
妹さんから」
「あ?
なんで、基地に?」
クロダは首をかしげながら手短の電話機を掴んだ。
「もしもし、お兄ちゃん?」
「ミア。
何かあったのか?」
「あったけど、なかったのかな。
難しいからお兄ちゃんに相談しようと思って」
妹の良くわからない言動に更に首をかしげるクロダ。
クロダの妹、
ミアは誰もが認めるしっかり者。
きっちりしていて、
それでいてちゃっかりもしている。
出来妹、だ。
それが、歯にものが詰まった話し方で、
しかも個人の電話ではなく職場に電話してきた。
クロダは真剣に問いかける。
「どうしたんだ?」
「ヒロセさんがね、
尾道に旅行に来てるんだよ」
クロダの口から形容しがたい変な声が出た。
「私のSNS見れる?」
クロダは個人のスマホで妹のSNSを見た。
ショート動画がバズっている。
そこに写っているのは、
猫まみれの元同僚だった。
「なんだこれ」
「ヒロセさん、人間マタタビだね。
イーハトーブで座ったら、
あっという間にこれだよ?
三十匹はいたね」
ヒロセは笑顔で猫をなで、
猫たちも安心した顔でヒロセの身体に頭を擦り付けている。
「こんなに優しい人をクビにしたんでしょ?」
突然の妹の一言でクロダは言葉を失う。
「実はね、
私、異世界人と言うか異世界の生き物に襲われたんだ。
そしたら、ウチムラがヒロセさんの知り合いで。
私がお兄ちゃんの妹だって知らないのに、
命がけで助けてくれたんだ」
妹の言葉が飲み込めないクロダは、
滝のように冷や汗を流した。
「でも、その異世界の生き物が、
『時間を巻き戻す』って反則技をしてどこかに行っちゃって。
被害も何もなくなって、
どこにも相談できないんだよ。
まぁ、お陰でウチムラも私も怪我一つないし。
ヒロセさんも無事だし」
妹の言うことが本当なら、
確かに被害事態が『なかったこと』にされてしまうと警察にもどこにも相談できない。
クロダは、
妹がこの基地の電話で自分を呼んだのは最適解だと理解した。
ただ、どこかに行った、と言うのはミアの嘘だ。
本当はウチムラとミアで倒したのだが、
ゼータ・ディアスタシの部分を誤魔化すために逃げたことにした。
「ヒロセさんはお父さんみたいにね、
私を命がけで助けてくれたんだ。
ヒロセさんはウチムラと一緒に私をかばって、
化け物に向かって行った。
ウチムラもカッコ良かったよ!
ヒロセさんの弟子だって!
化け物にビュンビュン投げ飛ばされても、
二人とも無傷で起き上がるんだよ」
クロダはまだ言葉が出せない。
「どうせお兄ちゃん、
悪い噂かなにか信じたんでしょ?
母さんみたいにすぐ噂信じるの止めなって」
「……っ」
噂だったが、噂じゃなかった。
さすがにそうは言えないクロダは渋い顔で唸る。
「それで、
ウチムラに頼んで調べてもらったんだけど。
お兄ちゃん、今ヤバいんでしょ?」
今自分だけでなく、特捜隊自体がヤバい。
だが、クロダには挽回の手を打つこともできない。
自分を信じてついてきてくれている三班の仲間にも、
申し訳ないことをさせている。
「お兄ちゃん、聞いてる?
ウチムラのおこした会社、
広告代理店だって。
今、空撮できる人を募集してるらしいから。
私、ドローンの免許取ったらいれてもらうんだ。
お兄ちゃんなら、
飛行機もヘリも飛ばせるんでしょ?
転職したら?
お兄ちゃんウチムラのこと嫌いでしょ?
繋ぎでも良いからいれてもらいなよ。
代わりに私が口利きしたげるよ?」
クロダは父親の死の原因であるウチムラのことを嫌っている。
だが、噂に流され人を破滅させといて、
ウチムラを指差せるほどクロダは図太くも性悪でもない。
その上、妹の一言が効いた。
完全に止めだった。
***
翌日。
ニカイドウのデスクに三班が全員、
防衛軍の礼服、儀礼装姿だ。
仰々しい雰囲気で、
ニカイドウのデスクに封筒を置いた。
全て『除隊届』と書いてある。
「今までありがとうございました」
「……決意は固いようですね。
理由を聞いても良いですか?」
ニカイドウはそう言って帽子を脱いで、
頭を抱えた。
「ニカイドウキャップは素晴らしい方でありました。
この窮地にある特捜隊を、
辛うじてでも回して守られて。
感服であります」
偶然そこへ、ミズノが入ってきた。
それを見たクロダは、ミズノの方を向いた。
ミズノはその服装と雰囲気で一瞬たじろいだが、
すぐに持ちこたえた。
「クロダ。
三班皆して、どうした?」
「ニカイドウキャップ。
我々はパイロットであります」
クロダはミズノを無視して話し出す。
「空の上は広大に広がる空間に思えますが、
ラッシュアワーの道路くらい混み合っています。
しかも、車とは異なり、
道路は見えず、信号もない。
だから、パイロットは管制塔の指示に従います。
離着陸の一番危険なところです」
クロダは一歩ミズノに近寄る。
「だから、
管制塔の指示は大切な道しるべであります。
自機の計器も大切ですが、
管制塔からの指示がないと我々パイロットの命だけでなく。
地上の人たちも巻き込んでしまう可能性があります。
悪天候なら、
なおさら管制塔の指示とやり取りは大切です」
クロダは更に一歩ミズノに近寄る。
ミズノは思わず一歩下がる。
「我々パイロットは、
管制塔を信頼して指示に従います。
疑うことはありません。
その指示が、例え嘘でも」
クロダはまた一歩ミズノに近寄る。
ミズノは下がろうとしたが、壁にぶつかった。
「ニカイドウキャップ。
我々は『この管制塔』が信じられなくなりました。
なので、除隊を希望いたします」
睨むわけでも、
詰めるわけでもなく。
クロダはまっすぐミズノを見ている。
それなのに、
ミズノは胸ぐらを掴まれ持ち上げられ、
睨み付けられているような顔をしていた。
「……次の職は、どこかあてがあるのですか?」
ため息混じりにニカイドウはたずねてみた。
「知り合いで空撮のパイロット、
飛行機でもヘリでも良いから、
とにかくパイロットが欲しいと言う所がありまして。
応募は二名なのですが、
ゴリ押して全員入れてもらうことになりました」
クロダはそう言って笑う。




