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昭和のヒーローは、誰にも知られず引退する  作者: 桃野産毛
本編二部 「紅」

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第54話 すぐそばにいるのに

●ウチムラ サイド●


 花はただ風に揺れている。

紅い紅い、大きな花弁を、

まるで手招きするかのように。


「ヒロセさん、これ」

「ウチムラ君、ミアさんと逃げよう。

千光寺ロープウェーで上へだ」


 俺とヒロセさんは顔を見合わせてうなずいた。

ミアは真っ青な顔で震えている。


「失礼」


 ヒロセさんはそう言ってミアを抱えた。

俺は今までの記憶を頼りに、

ロープウェーまでの最短距離を割り出す。


「ヒロセさん、こっち!」


 俺たちは石段を駆け出した。

ひたすらに走る。

いつものように。

でも、今日は違う。


 隣に人がいる。


 心強いなんてもんじゃない。

しかも、あのヒロセさんだ。

『不死身の男』

そして、『ヒーロー』のヒロセさんだ。

万能感すら沸いてくる。

 ただ、いつもなら『追いかけていた』。

今は『逃げている』。

この違いは、良いのか悪いのか。

 ふと、視界に紅が見えた。


「嘘だろ?!」


 道端にさっきの花が咲いている。

後ろを振り返ると、

一面紅い花が埋め尽くしている。

 花は次々に俺たちを追うように咲く。

石もコンクリートもアスファルトも関係なく、

突き破って生えてくる。

花の開花の早送り映像も真っ青だ。


「追ってきた!?

花なのに!」

「急ごう、ウチムラ君!

まだ、『次が』来るかもしれない!」


 次?

次、ってまさか。

ゼータが突然大声を出した。


「止まって!」


 俺たちは急ブレーキをかけたその瞬間、

目の前にトラックが突っ込んできた。

 それが走ってきたのは道路じゃない。

凄いスピードで建物を貫いてトラックは来た。


「俺の方か!」


 このトラックを、何度見たことか。

見間違えるなんてあり得ない。

毎朝来るあのトラックだ。


「ゼータ!」

「あのトラック自体は普通だ!

でも、乗ってるのは異世界のものだと思う!

トラックを皮みたいに被ってるんだ!」


 そういえば、

一度もトラックの運転手を見たことがない。

人をはねたなら、

運転席から人が飛び出してきてもおかしくないのに。


「花の仲間か?!」

「そんなことより逃げるぞ、

ウチムラ君!」


 道を変えて俺たちは駆ける。

だが、紅い花とトラックが追ってくる。

 トラックは紅い花を蹴散らして進む。

紅い花はトラックに蔦のような物を伸ばしている。


「あれ?

トラックと花は敵対してるのかな。

トラックと花は別に二人を追ってたの?

にしても、何が目的だ?」


 ゼータは分析しつつ俺の周りを飛び回る。

さすがに俺の息が上がってきた。

ホント、身体は鍛えさせてほしい。


「ウチムラさん、変身した方がいい。

アイツら、加速する」


 ゼータはそう言った。

俺は思わず振り返った。

坂の下は真っ赤。

見渡す限り深紅の世界だ。

 トラックは既にトラックの見た目をしていない。

六本の足が生えたトラックのような虫のような、

気持ちの悪い『何か』に変わっている。


「あんなんに捕まったら、

ただじゃ済まないぞ」


 ヒロセさんはそう言って俺をひょいと小脇に抱えた。

ヒロセさんの胴体越しにミアと目が合う。

そして、何故かお互いに笑い合う。

お互いに乾いた笑いだ。


「こ、これ、何?」

「多分、ヤバイやつ。

ヒロセさんに任せよう。

俺もやることは、やる」


 なんとなくお互いに笑ってごまかす。

気を取り直して、俺はゼータに話しかける。


「ゼータ。

花がミアを追いかけてるとして、

俺が触れたらどうなる?」

「分からないね。

君、ミアさんのために花を止めに行く気だろ?

 それは最終手段だ。

花と一緒にトラックも来てるんだよ?」


 ゼータにたしなめられたが、

やはりそうだ。

『紅い花』は、俺が止める。

『トラックみたいな何か』は、

ヒロセさんに頼むしかないだろう。

そう考えていると、

ヒロセさんが話しかけてきた。


「ウチムラ君、何か来る」


 俺はその一言で周囲に警戒する。

すると、鼻腔をくすぐる独特な匂いに気づいた。

この匂いは、雨の匂いだ。

 空を見上げると、

青空だったのが特殊映像のように雲が渦巻き荒天に変わる。

ゼータは大声で警告する。


「台風だよ!

大型のやつだ!

トラックか花かどっちがやったのか分からないけど、

嵐を呼んだんだ!

 なんの前兆も海上の移動もなく、

尾道の空の上に台風を作ってる!」

「向こうも追い詰められて必死なんだ」


 ヒロセさんの言う通りだ。

俺たちは今、追い詰められたように思える。

 だが、逆だ。

俺たちはアイツらを追い詰めている。

だから、きっと向こうはなりふり構わず。

出せるものを全て出し始めた。


「でも、マズい!

ここはもうイーハトーブより上の方だ!

 今大雨が降ったら、

石段が川や滝みたいになる!

足元がとんでもなく滑るぞ!」


 俺は後ろのトラックを睨む。

あれさえ止まれば、

俺が花を止めにいける。


「いや、嵐は味方になる!」


 ヒロセさんはそう言った。

彼は何故か笑っている。

 そして、バケツをひっくり返したみたいな雨が降りだした。

水の中に落ちたのかと思うほどの雨だ。


「見ろ!」


 ヒロセさんがそう叫ぶ。

すると、

トラックのような化け物が足を滑らせて、

雨に押されて流されている。

紅い花をなぎ倒しながらもがくトラックの化け物。


「この雨は花の仕業だ!

これでトラックが遠ざかった!

 俺はトラックを追う!

ウチムラ君、

花は任せるよ!」

「任された!」


 ヒロセさんが俺に任せると言ってくれる。

ヒーローのヒロセさんがだ。

俺はやっと、彼のとなりに立てる。

弟子として、これほど嬉しいことはない。

 ヒロセさんから降りた俺は、

足元に気を付けながら花へ向かう。


「てめぇか!

ミアを巻き込みやがって!

絶対に許さねぇぞ!」


 俺は雨に揺れる紅い花を思い切り踏みにじった。

俺の足に確かな感触があった。

 その次の瞬間、

俺は燃え盛る炎の真ん中にいた。

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