第53話 何かに追われる
●ウチムラ サイド●
時計は既に九時半。
誰もトラックにひかれることなく、
俺たちは順調に猫の細道に向かっていく。
「本当に猫以外も来ますね」
「カラスは人に嫌われてるけど、
自然の掃除屋だ。
彼らがいないとゴミがたまっていく」
そう言いながら、
ヒロセさんは肩の上のカラスのくちばしを優しく撫でた。
カラスは猫のように目を細めて嬉しそうにしている。
「でも、都会のカラスは色んな菌を保菌してるから、
触ったら手をよく洗うこと。
触った後の手で目や口は触らないこと」
彼のそばの木々や電柱には、
カラスだけでなくハトやスズメも来ている。
あまりの大群に少しビビリながら、
俺はヒロセさんに質問する。
「ヒロセさん、
これ、どーするんですか?
古い映画みたいですよ?」
「勝手に来てるだけだから、
勝手にどこかに行くよ。
カラスたちはお腹がすいたら。
スズメやハトは時間が来たら飛んでくさ」
彼の言う通りしばらく坂道を歩いていると、
鳥たちは自然に散っていった。
そして、例の足場近くを通る。
「……何も起きない」
思わず口に出てしまったが、
本当に何も起きない。
どうなっているんだ?
すると、ゼータが俺の視界に現れた。
俺はそばにミアがいるので、
リアクションしないように気を付ける。
「安心して、ウチムラさん。
何も起きないよ。
『今は何もできないはず』だからね」
何を言っているのか、
俺にはさっぱり分からない。
ゼータは真剣に話し続ける。
「このまま聞いて。
まず、『朝のトラック事故』。
これは本当に自然に起きるものなんだ。
だから、ウチムラさんが受け身で回避して無傷でも問題ない。
そして、
『トラック事故』をトリガーに君の繰り返しが始まる」
衝撃の事実に俺は声が出そうになった。
だが、俺もトラックが来る前にミアを遠ざけようとしたことは何回もある。
それは全て失敗だった。
「そうだね。
だって、トラック事故は『ウチムラさんの』トリガーなんだよ。
『ミアさんの』トリガーが別にあるんだ。
それが何かまではまだ解明してない。
だから、急いで尾道駅でミアさんを捕まえたんだ。
トリガーを踏ませないように」
なんだよ、それ。
あまりの事実に俺は言葉を失う。
「実はね。
繰り返していたのは、
ウチムラさんだけじゃなかったんだ。
ミアさんも繰り返してた。
『この一日』を」
信じられない事実に声すらでなくなった。
「ウチムラさんがミアさんを助けようとしてたように、
ミアさんはウチムラさんを助けようとした。
ミアさんが死んでしまったら、
ウチムラさんがループする。
逆にウチムラさんがミアさんを助けると、
君が死んでしまう。
その場合は、ミアさんがループする。
この繰り返しは二人分だった」
……なかなか終わらない。
終われないのは、そのせいだったのか。
俺は青ざめていく顔を手でおおって隠す。
「君は、成功してた。
ミアさんを助けることに何度も何度も成功してた。
でも、それは必ず君の命を失う結果になる。
そして、それはミアさんにとっては失敗だった。
だから、また繰り返す。
気付かれないように見てみて。
ミアさんもそわそわしてるよ?」
俺は指の間からミアを覗き見る。
おしゃべりなはずのミアの口数が恐ろしく少ない。
指先で毛先をくるくるしながら、
周りをそれとなく見回している。
「二人して、さっきから急に黙るんだもの。
気付いてると思ってたけど、
気付いてなかったんだね」
ゼータはそう言って肩をすくめる。
「でも、そろそろ来るよ。
『トリガー』に二人とも触れていないから、
元凶がしびれを切らしてやって来るはずだ」
それにしても、二人が俺より詳しい。
あまりに詳しすぎる。
「さすがのヒロセ君だよね。
朝、喫茶店の席に着いたや否や、
繰り返しのことを思い出してね。
朝七時だよ」
いやいや、
『追い付いた』どころか俺は追い抜かれてた。
「それでも、
ヒロセ君が思い出せた記憶が断片的だった。
急いでヒロセ君の言う通り調べたら、
ゼータ・ディアスタシに詳しく記録があってね。
そこに以前の私の残した暗号があったんだよ。
すぐさま解読して、
ヒロセ君の記憶と照らし合わせて。
その結果ミアさんのSNSの情報だけ、
不自然に見つからないから調べて。
一時間半なんて、あっという間だったよ」
いつもと立場が逆だ。
早口のゼータを見て、
俺は今までの自分の行動を省みる。
「あぁ、来たみたいだね」
ゼータがそう言う。
すると、ミアの顔が恐怖にひきつっていた。
俺はミアの視線をたどると、
植木鉢に植わった一輪の花があった。
見たことのない紅い大輪の花だ。
「なん……、なんでここに?
いつもは、いつもは駅の……」
ミアの呟く言葉を俺は聞き逃さなかった。
この花が『トリガー』か?
ふと、ヒロセさんを見ると花を睨んでいた。
俺はゼータに聞く。
「あれが、そうか?」
「うん。
あれはこの世界のものじゃない。
異世界のものだ」
ゼータはそう言って花を見つめた。




