第52話 吹き抜ける風
●ウチムラ サイド●
もう、どれくらい『この一日』を繰り返しているのか。
数えていたのは始めの数年だけ。
「……朝だ」
八時半。
今日も『今日が』始まる。
俺は飛び起きて、上着を掴み部屋を飛び出す。
「始めのフラグは、
時間がタイトなんだよっ!」
朝、八時四十分頃に商店街近くにいるおばあさん。
その人が財布を落とすのを拾って渡す。
その後、ヒロセさんと話をして仲間にして。
「十分、いや五分でも良いから、
早起きさせてくれよ!」
そう叫びながらホテルの階段を駆け降りる。
そして、ロビーの喫茶店にいるヒロセさんに話しかけ……。
「……いない?!」
ヒロセさんが、喫茶店にいない。
いつもの席でいつもコーヒーを飲んでるはずのヒロセさんが。
あまりに大声が出たので、
ホテルのロビーにいた人全員が俺をみる。
俺は慌ててスマホを取り出して日付を確認した。
変わってない。
時間もいつも通りだ。
なのに、ヒロセさんが、いない。
この数えきれない繰り返しの日々の中で、
初めての変化だ。
でも、何故。
「それより、これはどうなる?」
もうフラグは全て破綻した。
開始一分くらいで、全てが崩れてなくなった。
何より精神的にかなりクる。
ヒロセさんはどんなに俺を疑っても、
最後の方には必ず助けに来てくれていた。
何万回繰り返しても、
記憶が引き継がれなくてもヒロセさんはそばにいてくれた。
ミアの父親と同じ、彼はヒーローだ。
その精神的支えが、いない。
正気と狂喜の狭間で、
ヒロセさんの存在は間違いなく俺を励まして助けてくれていた。
その彼は、いない。
足元が歪む。
いつものふかふかの絨毯が、
俺の足をのみ込もうとしているようだ。
視界がぼやける。
ただでさえ幻のような『この一日』なのに。
もう何が何だか分からない。
俺は思考がまとまらず、ただ立ち尽くす。
「おはよう!
ウチムラ君、走るぞ!」
突然かけられた声は、聞き覚えのある声だった。
弾かれたようにそちらを見ると、
ヒロセさんがホテルのロビーの出入り口で手招きしていた。
俺は慌ててそちらへ向かって駆け出す。
「なななな!!」
「落ち着け、走らないと間に合わない」
ヒロセさんに叱咤され、
俺は何とか冷静になる。
そして、ホテルを出て駆け出したヒロセさんの後を追う。
「こっちだ、急ぐぞ」
「どこ行くの!?」
「ミアさんの所だ」
「な、なんで。
って言うか、『知ってる』の?!
この日に何が起きるか」
突然、俺の視界にゼータがあわれた。
「知ってるよ。
安心して、ウチムラさん。
私たちは、君に追い付いたんだ!」
追い付いた。
その一言が、全てを説明していた。
俺は涙でにじむ視界を袖でぬぐい、
ゼータの存在を俺の中に受け入れる。
「しばらく私は君に着いていくから、
変身するならいつものように。
ヒロセ君は生身の方が都合が良い」
「ゼータ、タイムは?」
「後三分。
このペースなら間に合うよ」
テキパキと進める二人に、
俺はただただ困惑する。
「いやいや、
ヒロセさん、ゼータも何よ?
何? 何?
何をするの?」
「ミアさんを捕まえる」
俺は意を決して、黙って着いて行く。
ヒロセさんの足は早い。
俺は必死に追いすがる。
尾道駅に着いた。
ちょうど駅から出てくるミアの姿が見える。
「やぁ!
少し良いかい?」
ヒロセさんは迷わずミアに近寄り話しかけた。
ミアはヒロセさんと俺を見て驚いた顔をする。
「間違えていたら、ごめんね。
君は、クロダさん。
クロダ ミアさん、で間違いないかい?」
ヒロセさんはそう言った。
あれ?
俺、ミアの名字をヒロセさんに話したことあったっけ?
ミアが困惑気味に俺に問いかける。
「そ、そうです。
ねぇ、ウチムラ。
この人、知り合い?」
「あ、え。その……」
何て言えば良いか、もう分からない。
フラグ管理も何もかもなくなった、
素面の状態で誰かと会話するのはどれくらいぶりか。
俺がまごついてる間に、ヒロセさんが話し始める。
「君のお兄さんの知り合いだよ。
はじめまして。
俺はヒロセ。
元特捜隊員のヒロセと言います。
君のお兄さんには、
とてもお世話になったんだ。
本当に、君のお兄さんはすごいパイロットだよ」
ヒロセさんは満面の笑みでそう言う。
俺は知らなかった二人の接点に驚いて目が飛び出そうだ。
「あ! 聞いたことあります!
『不死身の人』、ですよね!
後、この写真も貴方ですか?」
ミアは笑顔でスマホの画面を見せた。
そこには、
猫に囲まれたヒロセさんの写真が表示されている。
「ここ何日かでバズってるんです!」
「あー。
そんなことになってるんだ。
ははは。
昔から動物に好かれるんだよ。
猫も犬も、鳥でも寄ってくる」
俺は無数の繰り返しの中で、
何回かこのやり取りを聞いた。
だが、こんな朝に聞いたのは初めてだ。
「リアルマタタビ人間とか、
猫集め装置とかコメントされてますよ!
あの、私は個人的に尾道をSNSとかを使って、
ピーアールしたくてですね!
良ければ、
一緒にイーハトーブに行って写真を撮りたいんですけど!」
「クロダさんの妹のお願いなら、喜んで。
ちょうど、ウチムラ君と千光寺に行くんだ。
一緒に来るかい?」
今までヒロセさんは俺がいる手前、
このお誘いを断るのだが。
今回は俺ごと巻き込んで行くと言う。
もう、俺は混乱状態の極みだ。
何を話せば良いか全く分からない。
「えぇ?!
ウチムラ、ヒロセさんと知り合いなの?」
「んー……、なんというか。
……弟子入りした」
「弟子入り?!
何それ! ウケる!」
ミアは楽しそうに笑う。
久しぶりに、ミアの笑顔が見れた気がした。
それがすごく嬉しかった。




