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昭和のヒーローは、誰にも知られず引退する  作者: 桃野産毛
本編二部 「紅」

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第51話 嵐の前のこの街

「小脳記憶は、

普通の記憶とは別領域に保存され。

更に『意識的に思い出せない』。

 その代わり、

『一生忘れない』、『無意識に再生・再現される』。

自転車の乗り方とか、泳ぎ方がそうだね」


 ゼータはホワイトボードにざっくり小脳について書き出す。

俺もそれはよく知っている。

 格闘技を始めとした『体術』、『技術』は、

何億回、何兆回も反復訓練をして小脳に刻み付ける。

しかも、高い練度の動きを覚えさせ、

いざというとき無意識でも再現できるようにする。


「これは、この繰り返しの中でも失われない。

その証拠に、ウチムラさんはヒロセ君の技を覚え続けてる。

 そして、『以前の私たち』も同じ結論に至ったから、

ウチムラさんをヒロセ君の弟子にした」

「なるほど。

技を教えたのは、

ウチムラ君を助けるためじゃない。

教えたことがリセットされるかどうか試してたのか」

「多分ね。

ルール的に見ると、

鍛えても筋肉や体力は変わらない。

それなら、

この日の内に教えた『技』も忘れるはずなんだ。

意識だけ『リープ』するにせよ、

意識を残して『ループ』するにせよね。

 でも、しなかった。

今はウチムラさんはヒロセ君に負けないくらいの、

受け身の達人になってる」


 ゼータがホワイトボードに技の継承、と書く。

俺の事だからウチムラが忘れるにせよ覚えてたにせよ、

彼のためになるから、と弟子にしたのだろう。


「多分この繰り返しは『ゲームのリセット』、

『セーブ・アンド・ロード』だ。

ゲームならプレイヤーが変わらず繰り返せるし、

フラグはたくさんあって絡み合ってるけど固定的だ。

朝の時点をセーブし、深夜零時にロードして戻してる」


 確かに『セーブ&ロード』なら、

今までのルールや違和感に納得できる部分がある。

俺が例えでフラグ管理と言ったのが、ここで効いてるとは。


「小脳記憶は『プレイヤースキル』かな。

ほら、やり込んでる内に操作が最適化されて、

速く上手くなるってやつさ。

 そして、僕らはモブってやつだよ。

舞台装置さ。

偶然そこにいる頼れる人的な。

ヒロセ君はネームドモブだろうね。

必ず絡みがあるみたいだし」


 『モブ』かぁ……。

複雑な気分だが、今は受け入れよう。


「これがね、抜け道なんだ。

小脳記憶は、『条件を満たすと行動と共に再生される』。

 本来は悪い面にもなり得るんだけも、

トラウマ反応とかがそうさ。

強い恐怖体験をした時の臭いとか雰囲気とか、

音とかでフラッシュバックする」


 トラウマは端的に言えば、危機回避機能の過剰反応。

『一生忘れない』小脳に刻まれてる恐怖体験。

それが一定の条件を満たすと再生され、

恐怖体験繰り返して海馬の通常記憶を思い出させ、

記憶を固定化してしまう。


「今の私たちは『それ』を目指してるんだ。

『ヒロセ君にこの一日を刻み付け続けてる』。

 繰り返される一日を小脳に記憶させる。

普通の人はノイズとして処理されるだろけど、

ヒロセ君は違う。

 『不死身の男』、『武道の達人』。

小脳に記憶させることについては、

誰よりも熟達していて。

そして、それを引き出すのがとても上手い。

今朝のデジャブがまさにその成果だったんだよ」


 ゼータは話疲れたように、

額の汗をぬぐうジェスチャーをした。

なので、続きは俺が引き継ぐ。


「俺の小脳に繰り返す記憶を少しずつ、

キャッシュデータみたいに蓄積させていって。

 どれくらいか分からないが、

しきい値を超えてトラウマになったら俺が気付く。

しかも、気付くなら朝の喫茶店の時に気付くだろう。

そこならウチムラ君たちと同じ八時半から動き出せる、か?」


 ゼータは深く頷いた。


「そのために、

このゼータ・ディアスタシに残ってるデータの二十日分は

ゼータが『わざと同じように書き続けてる』。

 なら、俺はホテルに戻ったら」

「うん。

急いで喫茶店に行って朝と同じ席でコーヒーを飲もう。

残り四時間。

いや、タクシーが来てホテルへ移動したら二時間ちょっとの時間だ。

 その間に少しでもキャッシュデータを貯めないと。

私はゼータ・ディアスタシに残すデータを作るよ

絶対に上手くやる」


 タクシーは少ししたら来てくれた。

一時間待つつもりだったのでありがたい。

 俺はホテルへ戻るや否や、

喫茶店へ向かった。

店員は一人だけ。

客は誰もいない。

 俺は店員さんへ話しかけた。


「すみません。

コーヒーを飲みたいのですが」

「えぇ。

ここはホテルの宿泊者ならば二十四時間利用可能ですよ。

 夕方の事故のことがあるからか、

今日はお客様が誰もいませんが」


 良かった。

俺はコーヒーを一杯頼んで、

今朝座っていた席へ向かった。

 今朝と違い、コーヒーは紙コップに入っている。

ただ、今朝と同じ香りが鼻いっぱいに広がる。

そして、俺は今朝見ていたのと同じ風景を見つめる。

可能な限り今朝と同じ場所、同じところを見続ける。

 静かに時間は経過していく。

視界にホテルのロビーの時計が見えている。

残り時間が少ないが、

少しでもこの風景を小脳に刻み込む。


 そして、深夜零時になった。


***


 ホテルのロビーにあるカフェでコーヒーを飲みつつ、

昨日の反応を出した人物を探す。


「まだ部屋にいるっぽい」

「朝食も食べたし、

もうしばらくゆっくりするよ」


 俺は腕時計を確認する。

今八時半。

まだ平日だが、

そこそこの人数がカフェで朝食を食べている。


「なんか、この景色、前も見たな」

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