第45話 暗紅色に染まる彼
ゼータと何やかんやして、
天寧寺に到着したのが十一時四十分。
ウチムラが合流したのは、その五分後。
「大丈夫か?!」
ウチムラの服に血がついている。
血まみれ、とまではいかないが結構な量だ。
「あぁ。大丈夫。
俺の血はちょっとだけで」
「バカ! 脱げ!」
俺はそう叫んでウチムラの服をめくった。
俺の予想通り、
腹部に刃物で付けられたであろう傷がある。
「傷は浅いから。
内蔵は無事だし、血も止まったし」
「今は止まってるけど、
激しく動くと傷口が広がってまた流血する。
医者に行く時間はないのか?」
「……ないねぇ」
ウチムラは肩をすくめた。
「せめて着替えないと、目立つぞ?」
「着替えは用意してる」
彼はいつのまにか大きめの紙袋を持っていた。
中を見ると服と包帯等の応急措置道具がある。
「……俺が傷の処置をする。
ここ、トイレとか借りれるのか?」
「そこの物陰でいいよ。
誰も来ない予定だし」
俺は手早くウチムラの傷に処置を施す。
俺が常備している救急キットにある針と糸で簡単に縫合。
その後、傷口閉塞テープで傷口を止めて包帯で押さえ込む。
その間、ウチムラは顔色ひとつ変えなかった。
何事もなかったかのようにウチムラは服を着替えて、
血の付いた服をビニール袋に入れた。
「……次に来るはずの通り魔、に先にあったんだな?」
俺がそう訪ねると、
少し驚いた顔でウチムラが俺を見つめる。
「そう……だけど。
なんで?
なんで通り魔って、分かったの?」
「……断片的だけど、
ゼータ・ディアスタシに以前のループについての情報が残ってた。
以前の俺とゼータが協力して残したみたいだ」
「うえ?! マジか!!
そんな……、でも!
いや、マジでか!!」
ウチムラは大喜びして叫んでいる。
「何も残せないと……!
何も残らないと思ってた!
やった!
これなら、まだ勝ち目がある!」
ウチムラは決壊したダムのように涙を流す。
彼の無限に近い孤独。
それが打ち破られた瞬間だ。
「ウチムラ君、落ち着いて聞いて。
これは大事なことだ」
俺は喜ぶ彼の肩に手を置いて、
勤めて冷静に話す。
「ウチムラ君。
このデータは本当に断片的で、
俺たちの推測で足りない部分をつなぎ合わせてる状態なんだ。
やっぱり、補間には君の記憶が必要だ。
次のフラグ管理までに時間があるなら、
少しでも補間しないと」
「あぁ、そうだ。
時間がないんだ。
ごめん、喜ぶ時間があるなら、
話せば良かった」
今度は一転してとても落ち込むウチムラ。
やはりというか、彼の情緒がおかしい。
あまりにもアップダウンが激しい。
彼の精神が限界近いのだろう。
「今、三つの事件と事故をクリアした、でいいのか?」
「うん、そうだ。
次は猫の細道の近く。
坂の上から老朽化で崩れた塀が落ちてくるんだ。
その落ちてくるところに、
先に俺が行って塀の瓦礫を受けないと」
俺は時間がないことを分かっていても、
ウチムラを止める。
「待て待て待て。
『受けないと』?
『避けないと』、じゃなく?」
「……そう。
俺はここで瓦礫を避けちゃダメなんだ。
落ちてくる瓦礫を、
『俺の身体で受けないといけない』。
ヒロセさんの受け身で、
少しはダメージを分散するけど。
受け身で逃げすぎてもダメなんだ。
『俺がそこで、
落下物に当たって、
一定以上のダメージを受けること』が、
事故の回避条件なんだ」
過酷すぎる。
ダメージを受けないといけない、
なんてのもあるのか。
「いつもここで受けたダメージが大きくて。
ここから先のフラグ管理も、
事件の原因究明とフラグを探す作業もまともにできなくなる。
ちなみに、
ここで俺がゼータ・ディアスタシを借りて瓦礫を受けてもダメ。
俺が受けるはずのダメージを、
ゼータ・ディアスタシが代わりに受けるからだと思う。
あくまで、『俺の身体にダメージがあること』が条件だ。
これを受けないと、『彼女』が。
ミアが違うところで、
何かしらの落下物に潰されて死ぬ」
俺は思い付いた疑問を投げ掛ける。
「もしかしなくても、
通り魔に刺されたのも同じ理由か?」
ウチムラの受け身の腕前は、
今朝のトラックで確認した。
あの技量なら、
ただの通り魔に簡単に切られることはない。
それなのに、彼は腹部を刺されている。
「そう。
『通り魔が刃物で人を刺した』。
『落ちてきた瓦礫に人が下敷きになった』。
そう言う事実が変わってしまうと、
次に来る事件と事故が変わってしまって。
フラグを管理できなくなる」
致命傷じゃないと言えど、
どう見ても彼の腹部の傷は軽くない。
そんな状態で、瓦礫の下敷きになりに行く。
絶対腹部の傷は開くし、
新しい傷は増える。
間違いなく、
彼は満身創痍の状態になる。
「待ってくれ!
じゃぁ、さっき俺が回避した足場の事故は?!」
「そう。
それを今から俺が受けに行くんだ。
十二時までに受けないと、
次の猫の細道の時間に間に合わない。
急がないと、ミアが危ない」
彼はそう言って、
笑顔で歩き出した。
さっきの足場へ向かって。
やっぱり、空っぽの笑顔をして。
「ずっとそうしてきた。
またループするなら『彼女』を見捨てて休むのもアリだ、って
分かってるけど。
分かってるけど、俺はミアを見捨てられない。
どうにかして助けたい」
俺は、俺には何ができる。
さっき見つけたデータがあれば、
ウチムラを助けられるかもしれない、と
ゼータと喜んでた。
それが、どうだ?
まだ足りない。
まだまだ足りない。
俺は拳を強く握りしめ、ウチムラの後を追った。




