第41話 紅絹色の男
『彼女』を助ける。
少し前にも聞いたフレーズだ。
俺は警戒はしたまま話を続ける。
「『彼女』って?」
「早口でごめん。
後八分しかないからさ。
とりあえず、
俺は『今日一日』をループしてる。
それは、何でか原因は分からない。
だけど、俺はそれを利用して、
『彼女』をミアを助けたいんだ。
彼女はこのまま俺が何もしなかったら、
交通事故で命を落とす」
いたって真剣。
ウチムラに嘘を言っている素振りはない。
「今日の九時五分に、
ミアは行きつけの美容院へ向かう途中、
居眠り運転のトラックにはねられて死ぬ。
ほら、今八時四十五分。
後七分くらいでこのホテルを出ないと、
彼女を助けるのに間に合わない」
ウチムラは自分のスマホの時計画面を俺に見せた。
「だから、
ここを早く出てトラックの運転手があの道を通る前に、
ミアに偶然を装って話しかけなきゃならない。
一分、一分間彼女と話をすればタイミングがずれ、
事故を防げる」
ウチムラは今度、
スマホの地図を開いてピンを立てて見せた。
「ミアはここを通るから、
ここで話しかけて足止めする
後六分だ。
信じてくれる?」
俺は顔をしかめる。
ゼータが俺の顔の前に出てきた。
「彼の話、
一見、荒唐無稽だけど筋は通ってる。
私のことを知ってるのも、
本当にループしてるならあり得るし。
警戒しながら、
彼と行動してみて良いと思うよ」
俺もゼータと同じ意見だ。
俺はコーヒーを飲み干し、
伝票を引っ付かんで立ち上がる。
「わかった。
とりあえず、その地図のところへ向かおう」
「ありがとう!
ヒロセさんがいれば、百人力。
ゼータもいるから、千人力だ!」
ウチムラは嬉しそうにそう言った。
俺たちは警戒は解かずにウチムラの後をついて歩く。
彼は何故かまっすぐ目的地に向かわない。
途中の自動販売機で、
同じ飲み物を八本買った。
買った飲み物をすれ違った大学生らしきグループに全部あげた。
ウチムラは他にも色々、
良くわからないことをしている。
だが、彼が本当に同じ一日を繰り返しているとするなら。
「……もしかして、
君は別のことを『準備』してるのか?
ゲームとかで言う、
『フラグ管理』ってやつか?」
「そうそう!
ヒロセさんは話が早くて助かる!
今やってるのは、
午後の事故を防ぐためのフラグだ」
不穏な単語を聞いてしまった。
「午後の事故?」
「そう。
ミアはこの後、
交通事故に遇わなくても、事故死する」
俺は耳を疑った。
「トラック、工事現場の足場の倒壊。
ガス爆発、通り魔、エトセトラ、エトセトラ。
この一日、彼女はとにかく命の危機にひんする。
俺はなんとかそれら全部を回避させたい」
何と言うか、凄まじいことだと言うのは分かる。
たぶんウチムラはその事故や事件の原因を見つけて、
起こる前から潰す。
もしくは、『彼女』の行動か事故、事件が起きるタイミングをずらして回避する。
しかも、それを全て一人でやる。
俺は思わず問いかける。
「何かを次の一日に残せないのか?
メモとか、日記とか」
「無理だった。
初めの頃に色々試したけど、
俺の記憶以外は残んないみたい。
ゼータなら、ってヒロセさんも言ってたけど、
ダメだったんだ。
時間が戻ってるから、だと。
何回か前のゼータが言ってた」
俺はゼータのことを提案しようとしていた。
やはり俺とゼータは以前の彼と会っている。
それは、うたがい辛くなってきた。
どうやら、
彼は本当に何回も同じ日を繰り返しているようだ。
「さぁ、ファーストステージだ」
ウチムラは例の道に出た。
俺は彼の指示する位置に立って待つ。
「あ!
おはよう!
偶然だなぁ」
ナチュラルに、
向こうから歩いてきた女性に挨拶したウチムラ。
「ええ!?
おはよう。
どうしたの、こんなところで」
ショートヘアの女性だ。
化粧気はない。
ただ、服装は何と言うか気合いが入っている。
「どこ行くの?
俺は久々の地元だから、
散歩してた」
「東京から帰って来たんだっけ。
正月ぶりじゃない?」
他愛ない話だ。
俺は時計を見た。
今、九時三分。
このまま一分話して、
事故のタイミングをずらすのか?
「美容院?
ってことは、例の彼氏とデートかよ。
いいなぁ」
「もう、そんなこと言わない」
俺はそこそこの衝撃を受ける。
俺は勝手にウチムラが『彼女』と呼ぶので、
ウチムラとミアは恋人同士だと思っていた。
だが、どうやら違うらしい。
「じゃぁ、そろそろ予約だから」
「おう、楽しんでこい」
そう言って、ウチムラは彼女と別れた。
曲がり角を曲がる彼女を見送って、
ウチムラは俺と反対の方へ行く。
ふと、時計に目が行った。
丁度、九時五分になろうとしていた。
「ヒロセ君!」
ゼータの叫び声で、
俺はウチムラを見た。
道の向こうから暴走したトラックが歩道を乗り越え、
まっすぐウチムラへ向かっていく。
俺は全速力でウチムラへ駆け寄るが、
どう見ても間に合わない。
「あ。
大丈夫」
ウチムラはそう言った。
そして、彼はトラックにはねられた。
だが、。
「何、だと!?」
ウチムラは俺ですら見事だと思うほどの受け身をとり、
衝撃を完全に散らして道路にヒーローのように着地した。
「あ、言い忘れてた。
ミアの受ける予定だった事故とかは、
『全部俺に向かって来る』。
そんでもって、
俺はヒロセさんに弟子入りした。
ヒロセさんの一番弟子だ」
ウチムラは起き上がって、笑う。
だが、どう見ても汗だくで疲労困憊だ。
「だ、大丈夫か?」
「あー。
あのね、ヒロセさんから教わった技は覚えてられるんだ。
でもね、身体は鍛えらんないの。
時間が巻き戻るから、
筋力も体力もそのまま変わらない。
だから、技を使うと、疲れるの、すごく」
そう言って彼は地面に座り込んだ。
俺は彼の言うことを全て信じることに決めた。




