第20話 終わっても忘れない
ジムで汗を流す。
さすがに身体を鍛えることを怠けるわけにいかない。
「確かに、そうだけどね。
でも、ホテルにジム併設ってすごいよ」
ゼータは泳ぐ俺に並走して飛んでいる。
「プールも二十五メートルレーンが五本もある」
「ふぅ。
でも、これは別施設で、
宿泊代には含まれない」
俺は水からあがり、ゼータに補足した。
「想像よりゆっくりできないね。
準備万端、用意周到。
いつでも戦える状態なのは素晴らしいけど、
もっとマコト君の好きにしていいんだよ?」
「でも、この一ヶ月で体重増えた」
「それは良いことだよ!
もっと食べよう!」
ゼータは俺が太ったことになぜか喜ぶ。
最近は徒歩で熱海をブラブラして回っている。
たまに電車で遠出したりもするが、
一日五時間くらいは歩いている。
「それでもこんなに体重が変化するのは、
食べ物が違うからか?
今までの外食より、健康的な食事なんだけど」
「ヒロセ君、
君は今までジャンクフードが多すぎたんだ。
食物繊維とビタミン類が圧倒的に足りなかったんで、
太るほど身体が栄養を吸収しなかったんだよ。
むしろ、もう少し太った方が健康的な身体だよ!
体脂肪率はやっと二桁になったし。
筋肉量は減ってないからまだまだ許容範囲内だ」
どんなスポーツトレーナーより、
直接俺の身体の中から診てくれるゼータの方がはるかに細かくサポートしてくれる。
ただ、何故か少し太らせようとするのが気がかりだ。
俺はシャワールームへ入って身体を流す。
「シマザキみたいな体型がいいのか?」
「あれは彼の適正体型だけど。
彼と比べなくてもヒロセ君は痩せすぎなんだよ」
どうやら俺の専属トレーナーは対比が美しいボディより、
健康的なボディを目指してるようだ。
「兄さん、大喜びだったしな」
「皆、君を心配してるんだ」
太った話を兄さんにしたら、
大声で喜んでいた。
となりにいた父さんの肩を叩きすぎて怒られていた。
「久しぶり。
元気そうで何よりだ!
退職したことは、残念でもあるが。
私はマコトが無事なことが何より嬉しい!
お前は複雑な気持ちかもしれないが、
私はあえてこういうよ。
おめでとう」
父さんはそう言ってくれた。
心底俺が無事なことを喜んでくれた。
確かに、複雑な気持ちだが、
素直にありがとうと返した。
「アキラからは、旅行をプレゼントしたんだろ?
私からは、新しい家は用意しようか!」
「さすがにそれは断るよ」
父さんはテンションがおかしくなっていた。
そこまで嬉しいのか。
なんだか恥ずかしい。
シャワールームから更衣室へ向かい、
服を着て外へ出た。
時刻はまだ午前中。
「さぁ、今日ものんびりしますか」
最近のお気に入りの散歩コースへむかう。
ホテルから熱海駅の方へ向かって県道沿いをブラブラ歩く。
お土産屋やホテルが多い。
「おはよう!」
「おはよう、ヒロセさん!」
以前、この辺りは異世界人の調査で何度か来たことがある。
ここに来てすぐくらいで声をかけられた。
どうやら、俺のことを覚えてた人が結構いたようだ。
今日も通りすがりに挨拶をされたので、
俺は笑顔で挨拶を返す。
道なりに適当に歩くと御成橋にでる。
春には桜が咲くらしいが、
今は青々とした葉が生い茂っている。
「あ、特捜隊さん!
おはよう!」
「おはようございます。
だから、特捜隊はもう辞めましたって」
自転車に乗った警官にそう声をかけられた。
パトロールらしい。
軽く世間話をして、彼を見送りまた歩き出す。
市役所を北に抜けて温泉寺の三体の仏像に手を合わせた。
敬虔な仏教徒ではないが、
ありがたい感じがするので拝む。
「おはようございます、
ヒロセさん」
「はい、おはようございます」
俺と同じくお散歩をされていたマダムに挨拶し返して、
また歩き出す。
起雲閣の庭園と根津の大石を順番に眺めて、少し時間を潰す。
昼が近くなったらまた歩き出した。
小学校の近くになってきたようだ。
元気な子どもたちの声が遠くから聞こえてくる。
俺は海の方へ向かって方向転換した。
少しお腹が減ってきたので、適当なお店で食事をする。
「あら、ヒロセさん!
いらっしゃい!
今日のランチはお刺身だよ!」
偶然入った店だが、知り合いのお店だったようだ。
おすすめされたランチセットを食べて、
店主の方と少し話し込む。
どうと言うことのない、たわいない会話だ。
仕事抜きなので、俺もかなりリラックスしている。
後ろ髪を引かれつつお店をでて、
サンビーチをぶらぶらする。
親水公園まで行ったらしばらく海を眺める。
日が傾いて夕日に変わってきたら、
サンビーチラインを通って熱海駅の方へ向かってホテルへ帰る。
「なんと言うか、充実感はないけど。
満たされる感じがあるなぁ」
独り言をつぶやきながら、
熱海駅の近くまで来た。
「ヒロセ君、ちょっと止まって」
ゼータの声がした。
俺は自然な感じでスマホをポケットから取りだし、
耳に当てて壁際に寄り立ち止まる。
「どうした?」
「シンクロ率八十超えだ。
近くにいるから詳しく探すよ」
俺は自然に周囲を見やった。
駅の周囲には人がたくさんいる。
日が沈みつつあり、
大体の人は帰路についているようだ。
「いた。
立ち止まってる。
ヒロセ君、案内するから、
向かってくれるかい?」
「もちろん、任せてくれ」
俺はスマホを耳に当てたまま歩き出した。




