第18話 終わったこととは言えど
俺は寮を出るため片付けと掃除をしている。
防衛軍の寮はクビになっても半年は滞在できると言われたが、
早く片付けた方が良いと思い立った。
「それで、これだけか」
荷物は旅行鞄にひとつだけ。
家具とクーラーは備えつきだったし、
食事は外食ばかりで家電も持ってない。
だから、これだけ。
「退去の連絡はしたし。
熱海行きの電車は取れたし。
さて、行きますか」
傷心旅行とかこつけて、
ゼータとシンクロができる人を探す。
昨日ゼータと相談したことだ。
「君はゆっくり日本を旅する。
私はその間レーダーを注視して、
シンクロできる人がいるか探す。
旅行中は、君は何も意識しなくて良い。
欲を言うなら、
なるべく徒歩で広い範囲を見て回ってくれると嬉しい」
ゼータはそう言う。
俺は観光は歩いてブラブラしたいタイプなので、
願ったりかなったりだ。
「美術館があるっけ。
後、家康の湯。
温泉を回るのも楽しみだ」
時間はたっぷりある。
もし、その間に異世界人の侵入があっても、
特捜隊がいる。
彼らは優秀で頼りになる。
俺は引け目なしで任せて良いと思っている。
そうゼータに言うと。
「私は戦闘面だけ、不安に思う。
あの『エックス』は確かに有効な装備だが。
まだまだ改良の余地がある。
装着者の技量はあるのに、勿体ない」
ゼータの装備と『ディメンション・エックス』は、
コンセプトが同じ。
ただ、技術力はゼータたちの方が遥かに上だ。
「後、五百、八百年したら、
私の装備と同じか少し上のものになり得る可能性はある。
ただ、まだまだ荒削りで拙い」
ゼータは戦士と言うより調査、捜査をする専門家。
概念的にはうちの母さんみたいな、
フィールドワーク中心の学者に近い。
だから、『ディメンション・エックス』に対して、
とても興味を持っている。
「千年後に、私たちは君たちに協力を依頼するかもしれない。
しかも、大々的に協力を願いに来ることも十分あり得る。
さすがに、その時は君はいなくなってしまっているだろうが。
君を正式な『次元の守護者』に任命できたかもしれないなぁ」
心底残念そうにゼータは言っていた。
スマホが鳴る。
特捜隊専用の情報端末ばかり操作していたので、
ここに連絡が来るのはすごく久しぶりだ。
「退職金を入金しました、か。
ありがたい。」
除隊手続きはキャップが全て代行してくれた。
最後の罪滅ぼしだ、と言っていた。
本人から直接聞いたが、
キャップも定年退職の予定らしい。
「来月私も除隊です。
最後の仕事が君の除隊手続きとは。
辛い限りです」
そう言ってくれた。
俺は寮を出る前に管理人さんに挨拶した。
「え!
もう行っちゃうのか?!
まだまだここにいて良いんだよ?」
初老の彼も元防衛軍。
大先輩として何度も相談に乗ってもらった。
「旅行を。
しばらく日本を見てまわろうかと」
「そりゃ、いいねぇ。
そうだ。
退室の連絡はしたかい?
念のため、部屋は私が物理的に押さえとくよ。
半年はいけるはずだ。
何か緊急時とか新しく仕事するときは、
ここの住所を使いな」
「良いんですか?」
「命懸けで十年も頑張ってくれたエースに、
『住所不定無職』なんてさせられねぇよ。
それくらいのサービスはさせてくれよ。
でも、残念でしかたがないねぇ。
用がなくてもここに顔を見せに来てよ?
いつものおでんのお店行こうよ」
礼を言って深々とお辞儀をする俺に、
管理人さんは逆に謝った。
「上層部、いや、本部には同期がいるんだが。
頭の良いヤツで思慮深かったのに、
何やってるんだか。
今度会ったら文句言っておくよ」
管理人さんにもう一度お礼を言って、
駅へ向かう。
まだ朝なので、
通学する学生たちやスーツ姿の人たちに挨拶されながら、
駅まで遠回りした。
この街もしばらく見納めだから、見ておきたかった。
駅は通勤ラッシュで混み合っていた。
頭ひとつ人混みから飛び出している俺は、
まっすぐ電車のホームへ向かう。
この間もたくさん人に挨拶された。
俺も笑顔で挨拶し返す。
「えー、ヒロセさんだ!
どうしたの?」
中学生に声をかけられた。
彼のことは小学生の頃から知ってる。
「やぁ、ヒロトくん。
おはよう」
「おはようございます。
ヒロセさんは電車は使わないんじゃないの?」
「あぁ、いつもはバスで出勤してるけど。
ちょっと旅行に行くんだ」
「え!
良いじゃん!
どこいくの?
お土産ちょーだい?」
他の中学生たちも集まってきた。
みんな知り合いだ。
「とりあえず熱海へ。
そこからは決めてないから、
ブラブラ旅しようかなと」
「いいなぁ。
温泉だ」
「熱海は海もあるしね」
「みんな、熱海のこと知ってるんだね」
ここから一番行きやすい温泉地なので、
熱海に行ったことがある人が多いと教えてもらった。
「じぃちゃんとばぁちゃんの新婚旅行はそこだって聞いた」
「うちも」
電車にみんなと一緒に乗って、
彼らの学校の駅まで他愛ない話をした。
彼らが電車から降りる寸前で、
一人の女子中学生が俺に耳打ちした。
「傷心旅行ですよね?
ゆっくり休んでください。
私はヒロセ隊員を応援してます」
そう言って真っ赤になって降りていく彼女を見送った。
本当にいい人ばかりで、嬉しい限りだ。
……?
…………??
いや、何で傷心旅行って知ってるの?
しかも、中学生が、だ。
俺はゆっくり左を向く。
左にいた大人たちはゆっくり俺から目を背ける。
続いて、俺はゆっくり右を向く。
右にいた大人たちも俺から目を背ける。
「……もしかしなくても、
全員知ってますか?」
俺は大きめの独り言を呟いた。
そうすると、電車内の俺以外全員がうつむく。
「いや、何で?
どこから?」
聞いても誰もが目を背ける。
ちなみに、この車内の八割は知り合いだ。
知らない人すらうつむいてる。
「防衛軍をクビになったことは、
まぁ、知れ渡ってても分かりますが。
そっちは、……ねぇ?」
結局、俺が新幹線の駅に着くまで、
車内の誰も何も話さなかった。
車内全員に気を遣われたのかと思うと、
申し訳なさ半分。
疑問半分だった。




