第15話 終わりを惜しむ人
昼過ぎに公園のベンチから立ち上がることができた。
俺は昼食はとらず、
その足で病院に向かった。
この前入院した経過観察の検査だ。
この病院に度々入院しているので、
全員顔見知りだ。
「聞いたよ。
その、クビなんて……。
エースの君がいなくなったら、
特捜隊はどうするつもりなんだろうね?」
検査をしてくれた看護師長さんが、
採血しながら話しかけてきた。
「貴方はまたうちの病院に来てね。
検査をかかしちゃダメよ?」
若い看護師さんに血圧を図りながら力説されたので、
若干血圧が高めで出てしまった。
「気分転換に旅行へ行こうと思いまして」
「あら、いいじゃない。
ゆっくりしなさいよ」
問診の女医さんはそう言って笑う。
他にもすれ違う人たちに励まされてしまった。
やっと検査が終わって、
待合所で検査結果を待つため座っていると騒がしくなってきた。
「お願いします!
お願いします!
どうか!」
急患だそうだ。
近くにいた人たちがささやく。
「娘の持病なんです!
なんとか、なんでもいいです!
どうか!」
どうにも急な体調の悪化だったため、
医療費が用意できないと言う話らしい。
時間さえあれば、と言う夫婦は事務の人にすがり付く。
「二日。
いえ一日待ってください!」
「それでは、娘さんの身体が」
看護師が困ったように説明する。
確かにタダ、と言うわけにはいかない。
病院は慈善事業でもボランティアでもないからだ。
「対処はしますが、
やはり急いで手術をしないと危ない状態です」
俺は病院内のATMに向かった。
手にしたのは結婚資金として貯めていた貯金のカード。
つきさっき無用の長物になったもので、
解約するつもりだったもの。
俺はそこから限度額まで二回引き下ろし、
騒ぎの真ん中へ歩いていく。
「あのー」
「あっ!
ヒロセさん。
すみません。
騒がしいですが、事件ではありませんから」
これまた顔見知りの事務の女性が、
俺に慌てて説明をしようとする。
「何となく聞こえていたので、
分かってますよ。
これ、良かったら使ってください」
俺は事務の女性に封筒を渡し、
返される前に病院を立ち去る。
封筒の中身を見た事務の女性と夫婦が大声を出していたが、
俺は既に捕まえたタクシーに乗り込んだ後だった。
無駄遣いするより、よほど良い使い方だと心底思いつつ。
検査結果を聞かなかったことを思い出して少し後悔した。
「近くの海まで」
「あいよ。
あれ? アンタの顔見たことあるな。
有名人さんかい?」
タクシーの運転手は車を発進させて気さくに話し出した。
「有名人ではないですよ」
「お。
思い出した。
貴方は防衛軍の方だ。
特捜隊の、『不死身の男』。
いつもありがとうございます。
お怪我をされたので?」
運転手は俺のことに気付いたとたん、
言葉遣いを改めた。
俺は苦笑しながら手を振る。
「さっきまでの話し方で良いですよ。
怪我をして治ってるんですが、
経過観察と言うことで呼ばれてました」
「さすがだねぇ。
本当にありがとうね。
直接お礼を言いたくてね」
バックミラー越しに見えたおじさんの顔は、
以前のピエロの事件のときに一緒に捕まっていた一人だった。
「あ、運転手さん。
あの時の」
「覚えてくれてた。
嬉しいねぇ。
あの時は本当に、
生きた心地がしなかったからね。
そうだ。
海までだろ?
眺めの良いところあるんだよ」
俺は運転手さんおすすめのスポットへ向かうことにした。
「聞いたよ。
クビだって?」
「そんなに話が広がってますか?」
思わず俺は聞き返した。
「テレビとかでは何にもないけどさ。
この街では今一番のニュースさ。
『特捜隊のエースがクビ』、だ。
もっとなんかなかったのかねぇ」
我が事のように顔をしかめる運転手さん。
「一応、新入隊員の教育隊教官に、
とは声をかけてもらってます」
「後進を育てる、にしちゃ、
アンタまだまだ若いのにねぇ」
運転手さんは、ため息をついた。
俺は話題を変えようとする。
「久しぶりのお休みなので、
少し旅行に行こうと思ってるんですよ」
「おぉ、そりゃ良いや。
どこだい?
知り合いがいたらタクシー手配しとくよ」
「いいですよ。
そんなお気遣いいただかなくて。
熱海へ行こうかと」
「熱海かぁ!
あそこは良い。
ゆっくりしてきなよ。
そうだ。
熱海の美味しいお店と良い観光スポット教えてやるよ。
俺、何年か前にあそこの辺りも走ってたんだ。
そこそこ前のことだから、
お店が閉店してたらごめんな」
タクシーを降り際に、
運転手さんから手帳の切れ端を二枚もらった。
そこにはぎっしりお店や観光スポットの名前が書いてあった。
「もし、熱海でタクシーを使うなら、
私の名刺を見せな。
絶対良くしてくれるから」
俺は名刺も受け取った。
おじさんは笑顔で去っていった。
色んな人の優しさが、いつもより沁みる。
「さて、海だ」
おすすめと言うだけあって、
人が少なく眺めが良い。
俺は砂浜に降りた。
まだ日は高いが、時刻は夕刻。
俺は日が沈んでいくのを砂浜に腰かけて眺めることにした。
「……相棒」
突然、俺の背後から声がした。
振り返ると、
そこにはオレンジ色の唐草模様をした巾着が宙を浮いていた。
彼こそがゼータ。
次元の守護者だ。
「あぁ、相棒。
丁度呼ぶつもりだったんだ」
俺は笑顔で彼を迎える。




