第14話 終わっていないもの
空が青い。
雲が駆け足で流れていく。
「どうしようか」
もうなんの感情もわかない。
俺は空っぽの頭で考えることすらなく。
空を眺める。
「……久しぶりに兄さんに連絡してみるか」
迷子の俺の思考がたどり着いたのは家族だった。
スマートフォンから呼び出し音が聞こえる。
兄さんは、六コール目で取る。
着信音が旅する世直しご老公のテーマで、
そのサビを聞いてから電話を取るからだ。
「おぉ、久しぶりだな。
マコト」
兄さんの声を聞いた俺は、
ため息混じりにポツポツとこの一日の出来事を話した。
「……クビは家族として見ると、酷いと叫びたい反面。
経営者として考えると、仕方がないとも思えてしまうな。
お前も無理をしすぎだ。
しょっちゅう入院したと聞いていたが、
やはり普通じゃなかったんだな。
だが、あの女はダメだ。
筋を通さないヤツは老若男女、
どこの国のヤツだとしても許さん」
兄さんは世界的に有名な企業の社長だ。
そして、俺と血の繋がりはない。
「父さんにも話をしていいか?」
「いいよ。
俺からだと連絡しにくいから、
兄さんから父さんに俺に連絡くれるよう伝えてよ」
俺は孤児だ。
赤ん坊の頃に異世界人に両親を殺されている。
物心も何もなかったので全く記憶にないが、
当時の特捜隊に助けてもらった。
施設で育った俺は、
偶然また異世界人に捕らえられた。
そのときに兄さんとであった。
当時五歳だった俺は、
必死に一緒に捕まっていた子どもたちを励まして。
脱出を図り、
それがうまく行って捕まっていた皆を助けることができた。
そのときに父さんに養子に引き取られ、
今でも兄さんとは兄弟として仲良くさせてもらっている。
会社を継ぐ話しもしてくれたが、
防衛軍に入りたかった俺は十歳のときに父さんに相談した。
すると、
父さんは全力でサポートすると言ってくれた。
数多の武術や縄抜けをはじめとした脱出術などその道の達人たちから、
たくさんの技を教わるよう手配してくれた。
師匠たちは今でも俺のことを弟子たちに自慢してくれているそうだ。
『私が不死身の男の師匠だ』、と言ってくれると俺も嬉しかった。
父さんは俺の防衛軍に入るときも、
色んなコネを使って斡旋してくれた。
『死ぬな、絶対だ。約束しろ』と、
父さんに何度も言われた。
今でも顔を会わす度に言われる。
俺は生き延びたけど、どういう顔をしたらいいのかな。
「今年の正月は久しぶりに皆で会えそうだな。
連絡を回そう。
おせちは豪華にしようか。
相変わらず、マコトは食べるんだろ?
栗きんとん。
どんぶりにいっぱい入れても食べるもんな。
いつものお店に頼んでおくよ。
楽しみにしててくれ」
兄さんの気遣いが、
空っぽの俺に染み渡る。
気付いたら瞳から涙が流れていた。
「母さんにも、会えるな。
今年は父さんと別行動らしいから、
連絡がつくか分からんが」
母さんも父さんと共に隠居をしているのだが、
二人は別行動が多い。
母さんはそもそも自然学者の、
しかもフィールドワーク中心で活躍している、
バイタリティ溢れる人なのだ。
簡単に連絡ができない極地にホイホイ行って、
原始人のような姿で帰ってくる。
その後は狂ったように机に向かって、
何十、何百と言う論文を書き上げて。
今でも新しい博士号をもらったりする人だ。
「二年前からフィールドワークだから、
今年は年末辺りに人里に戻ると思う。
母さんが戻ったら机につく前に風呂に入れて、
ベッドに縛って寝かさないと。
ネイチャーなスパイスの香りがするまま執筆されちゃ、
たまったもんじゃない」
頭にその光景が浮かんで、
俺は思わず声を出して笑った。
「……で、お前はどうする?
どうしたい?」
兄さんは、優しくそう言った。
「……お金はいっぱいもらった。
使う暇がなかったから、
ほとんど鉄道会社の株を買うのに使った。
退職金も定年まで働いたのと同じ額をくれるって。
だから、そうだな。
ぶらっと新幹線で旅行にでも行こうかな」
空っぽの頭から出た俺の希望は小市民のようだった。
「ゆっくり寝たい。
ゆっくりご飯が食べたい。
ゆっくりお風呂に入って、
どうでもいいテレビのバラエティ番組が見たいな」
「それなら、熱海はどうだ?
あそこにはうちのホテルがあるから、
宿泊はタダで良い。
交通費と食事代だけ出してくれれば、
後は俺からの『お疲れ様』のプレゼントだ」
いつもなら、
こう言う家族のコネを使うことは断るのだが。
「プレゼントなら、受け取ろうかな」
「そうだぞ。
ずーっとお前が断るから、やきもきしていたんだ。
こんなのは横領でもズルでもなんでもない。
お前の兄の俺が、
お前に代わって金を出してるだけなんだから。
素直に受け取ってくれよ」
「ありがとう、兄さん」
涙が止まらなかった。
でも、この涙は暖かかった。




