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昭和のヒーローは、誰にも知られず引退する  作者: 桃野産毛
終章 愛

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第94話 愛すら

●ゼータ サイド●


 涙でにじむ視界をぬぐって、

私はヒロセ君を見つめる。

彼の覚悟を、

彼の選択を無駄にしないために。

 セキグチさんが糸が切れたように床に倒れた。


「来るぞ!」


 私は叫んで周りに警戒を促す。

振り返ったヒロセ君は、

ヒロセ君がしたことがないような悪い顔で笑っていた。

『ビジョン』のリーダーが、

ヒロセ君の身体を乗っ取ったんだ。


 しかし。


「……え?」


 突然、ヒロセ君に憑依したリーダーの顔が、

驚愕で歪む。

そのまま、彼は膝から崩れ落ちた。

受け身を一切取れずに、顔面から床に倒れる。


「ミアさん!

セキグチさんの身体を転送して!」

「あっ!

て、転送!」


 ミアさんはセキグチさんの身体を、

マサヤ君のいるステージへ転送してくれる。


「皆、近づかないで!

リーダーから離れて!」


 私の指示で皆は十五メートルくらい距離を取り、

リーダーを囲む。

リーダーは地表に上がったミミズのように、

静かにゆっくり床の上をのたうつ。


「な……!

い……、息……がっ……!」


 彼はそううめき、青い顔で喉元をかく。

当たり前だ、彼は『ヒロセ君』じゃない。

私は涙をこらえて言う。


「……呼吸法から、身体の動きから。

自分の存在の『全て』を、

自分の目の届く人たちを助けるために捧げた。

それがヒロセ マコトだ。

 ヒロセ君はね、

普段の生活の中でも『常に呼吸法を意識して切り替え』、

『身体も常に意識して動かす』んだよ。

その時その場に合わせて、己の全てを変えていたんだ。

だから、熱海で他人に身体の動きを制御されても、戦えた」


 普通はあり得ない。

常時呼吸や動きを意識してするなんてことは、

この世界の人間の『普通』ではあり得ないことだ。

私は勤めて冷静に続ける。


「君たち『ビジョン』がどれだけ色んな人に憑依して、

下準備をしたか知らないけど。

『ヒロセ君』に憑依するのはこれが初めてだよね?

本物のこの世界のヒーローに、

憑依したことはないよね?

 だから、君はその身体で呼吸すらできない。

ましてや、動くことなんてできやしない」


 陸に上げられた魚より、

動きが悪くなっていくリーダー。


「ひ……憑依……!

かい……解除……」


 リーダーは憑依を解除しようとしているようだ。

皆は焦るが、

何故か私は大丈夫な気がしている。


 だって、ヒロセ君は『ここにいる』から。


「なっ!?」


 リーダーの身体が光り、

ゼータ・ディアスタシが装着される。

私は話ができない相棒の代わりに、話し出す。


「ダメだよ。

ヒロセ君は君を捕らえた。

ヒロセ君は君を放さない。

 ちなみに、

『欠片』はヒロセ君の身体にはないよ。

『欠片』は私の身体の中だ」


 私は私の胸を軽く叩く。

リーダーはどうやら憑依解除を試みているようだが、

上手く行かずに息もできず苦しみ続ける。


「……ヒロセ君、成功だ」


 私がそう呟くと、

ゼータ・ディアスタシは自分自身を動けないように、

両腕を胸の前にクロスして固定した。

両足も膝を合わせて、

その膝を胸の前の腕に付けて固定させる。

 さすが、ヒロセ君。

徹底している。

これが、

ヒロセ君のゼータ・ディアスタシの特殊フォームだろう。

自縄自縛型、拘束衣。

 リーダーがそれでも悶え暴れ続ける。


「ダメだよ。

君が死んだら、

大船団が来るんでしょ?

 だから、君はそのまま気絶する。

気絶したら、さすがに呼吸はできる。

次に覚醒したら、

また呼吸できずに気絶する。

 ヒロセ君の記憶を読む間もないよ。

だって、ヒロセ君は人生の全てをかけているんだ。

君がヒロセ君の人生を全て読むのに、

どれだけ時間がかかる?」

「う……動けな……!

な……! たす……!」


 とうとうリーダーの言葉が命乞いになる。

私はうつむきつつ、最後の指示を出す。


「ミアさん。

司令官殿に、

『次元の守護者』本部の収容所への座標を聞いてください」

「ちょ!

それって、

ヒロセさんごとコイツを収容所に入れるの!?」


 ミアさんだけじゃなく、

皆が驚いて私に詰め寄る。

ムラマツさんが必死にたずねる。


「中身だけ収容所に入れられないのか?」

「できません。

ヒロセ君は自分の中の『ビジョン』を捕らえました。

このまま収容所に入れてしまうしか」


 ハヤタさんが絶叫する。


「なんなんッスか!?

アイツ、さっき憑依を解除しようとしてたッスよ!?

解除させて、ヒロセさんは外に出せれば!」

「逃がすわけに行きません。

戦艦の大船団なんて攻めてきたら、大変です。

 このまま捕らえて、本部の協力を得て、

大船団に対する防壁を……」


 私の瞳は、

もう涙でなにも見えない。


「……収容所で憑依を、解除しても。

そこの誰かに憑依し直すことが、

……考えられます。

 だから、

このまま収容所に入れてしまうしか……!

入れてしまうしか……」


 これが、ヒロセ君の作戦。

ウチムラさんは、それに気付いていたようだ。

彼は何とかできないか、と叫ぶミアさんをなだめる。

 私は絞り出した希望を語る。


「……完全な『ビジョン』の無力化は、

我々『次元の守護者』でもこれが初めての事例です。

投降も初めてです。

 憑依の解除方法が本当にないのか。

彼ら自身が気付いてない解除方法があるかもしれない。

それが見つかるまでは、

ヒロセ君は……、このまま……」


 こんなのは、ない。

あまりにも、ない。

私自身そう思う。

 だけども、

ミアさんに収容所の座標が伝わった。

気絶したリーダーを、

ヒロセ君ごと収容所に転送した。

 ヒロセ君は、セキグチさんを助けて、

皆を助けて。


 あぁ、私は結局、何もできなかった。

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