19話 超目立つ
ザワザワ。
俺達の教室2-3の前が妙に騒がしい。なんだろう。
「おい、あれって橘さんじゃないか?」
「珍しいね……ほかの教室に顔見せるなんて」
ざわつきの原因はシャーベットか。確かにこっちにはあえて用事がなければ2-1のシャーベットには来るわけでもない。
ちょいちょい。
するとシャーベットが手招きした。俺だよな? 方向もそうだし、目もあってるし。
「おっす、シャーベット」
「私はシャーロットよ」
「今更だけどシャーベットの発音綺麗だな。さすがハーフ」
「何の褒め言葉よ。それでも桐林くんに英語で負けてるし、そしてシャーベットではないわ」
学年上位の成績を安定して残すシャーベットだが、英語だけは俺に負けている。
見た目ほぼ外人の彼女に英語だけ勝っていると言うのはなんとも複雑である。
「まぁいいや、何の用事だ? ここを離れる用事だと助かる。この視線が辛い」
「元々はあなたが話しを脱線させたのが原因でしょ」
シャーベットと話すのは割と慣れては来たが、そういえば普通の時間に学校で話すのははじめてだ。
こうするとやはりシャーベットの人気というか、知名度が伺える。
教室はもちろん、廊下を歩く生徒からもなんとも奇異の目線が飛んでくる。
祭りとかお店に言った場合も同じような視線は飛んできたが、あちらはこちらのことを個人として知っているわけではないので、まだ流せるし、あちらもそこまで露骨には見てこない。
だが、学校ではまずシャーベットが有名だし、クラスメイトはもちろん、他のクラスにも俺には多少知り合いはいるから、俺も桐林樹として認識されてしまうし、俺とシャーベットのいわゆるランクの違いも回りには分かってしまう。
なんか絶妙な気まずさがあるな。シャーベットもちょっと顔を赤くしてもじもじしてるし。
「まぁいいわ。あなたを呼ぶような用事なんて、山本先輩絡みのことしかないわ」
「料理関連のことも割とある気がするがな」
「学校ではあなたに会いに来たことはなかったでしょ。とにかくちょっと来て頂戴」
その奇異の目線を受けつつ、俺はシャーベットに連れられていった。
「どうして俺はこんなところに呼ばれてるんだ?」
シャーベットについて行って一緒に来たのは生徒会室。山本先輩の関係で別に入るのが初めてというわけではないが、基本的には生徒会役員ではない俺とシャーベットには関係のない場所である。
「生徒会室に来てるんだから、生徒会の用事に決まってるでしょ」
「決まってねぇよ。俺生徒会関係ないし」
「…………山本先輩に力を貸したいのよ……」
「どういうことだ」
「生徒会のメンバーのうち3人が体調を崩して、先輩も今日は会議に出る必要があるから、このままだと作業が終わらないらしいの。その話を聞いて、私は助けたいと思って、つい任せてくださいって言ったの」
「山本先輩か……。それで俺にその件を手伝えってことか?」
「そうよ。ダメなの?」
「別に山本先輩が困ってるなら、俺が手を貸すことはやぶさかじゃないが、シャーベットはいいのか?」
「シャーベットじゃないし、どういうことかわからないわ」
「俺のことお前嫌いだろ。生徒会室に2人きりでいいのか?」
俺が気にしたのはそれである。2人で何かするのは初めてではないが、完全に2人きりとなれば初めてである。
「……しょうがないじゃない。私が頼めそうな人は部活やってる人も多いし、でも1人じゃ厳しそうな量だから、今は孫の手でも借りなくちゃいけないのよ」
「…………背中でもかゆいのか? 孫の手なら貸してやるぞ」
「…………間違えたのよ」
見た目外人のシャーベットの日本語の間違いは割とリアル感があって面白い。
「まぁいいならいいや。することもないし、山本先輩は知らない中でもない。手をかしてやるよ」
正直シャーベットに頼られるのも悪くないしな。
「微妙に暑い……」
山本先輩が朝からいそがしくしていて、ほかのメンバーが生徒会室に入っていなかったので、今初めて生徒会室を開けたたっめ、昨日からずっと窓も閉まった密閉空間だったようだ。教室より普通に暑い。今日の天気は雨だから、どうも湿気もある。
「蒸すわね~」
そういいながら、シャーベットは自分のシャツをつまんで胸元をパタパタさせ始めた。
「…………どうかした?」
「いいえ、なんでもございません橘さん」
「? シャーベットと呼ぶなとは言ったけど、別にさん付けはしなくていいわよ」
首をかしげるシャーベット。割と貞操観念強そうなくせに、無防備なことをするのはやめていただきたい。怒られるのは俺なんだから。下手を打つ前に話題を進めよう。
「具体的に何するんだ?」
「えーと、部活動の活動をチェックしたリストがあるから、それぞれチェックリストに照らして内容に問題ないかをチェックするのと、予算を振り割ったから、その会計報告」
「単純作業か」
「私たちは正式な生徒会役員じゃないからね。誰がやっても内容が変わらないものじゃないと手伝えないわ」
「そりゃそうか」
「でも量があるから、あなたを呼んだの。会計報告はもう山本先輩の下書きがあるから、それを写せばいいわ。私がチェックリストを見るから、書き写しをお願い」
「OKOK。じゃあさっさとやっちまうか」
というわけで、俺とシャーベットの作業がはじまった。
机の上にはやたらと紙が詰まれている。2人でやるのは普通に量が多く見える。もともと生徒会メンバーは4人だもんな。そりゃそうか。
「…………」
「…………」
生徒会室は実に静かである。まぁ集中して作業をしなければならないし、仕方がない。
「ふぅ」
そのまま1時間が過ぎ、俺は一息ついた。
「終わったの?」
「いや、まだ半分くらいだが? そっちは?」
「こっちもそれくらいよ。引き続き頑張って頂戴」
「……休憩は?」
「下手に休憩すると作業がはかどらないわ」
「言いたいことはわかるが、俺たちがやってるのは単純作業だ。単純作業は思わぬところでケアレスミスを起こしかねん。休憩は必要なはずだ」
「……、はぁわかったわ。私もちょっと疲れてはいたもの。休憩しましょう」
「よっしゃ」
というわけで休憩タイムとなった。
なんだかんだでシャーベットはいいやつだ。融通聞くし。
「コーヒーでも飲む? 山本先輩からもらってたんだけど」
「もらう」
コーヒーを一口飲む。ブラックコーヒーだ。嫌いではないが、この味がうまいと思えるほどはまだ俺は若い。
ゆったりしてて会話はなし。まぁ特に話すこともないし、沈黙に気まずさも感じない。
何か面白い話をしてーとか言われるくらいなら、沈黙のほうがいい。ジョニ男がそういう無茶ぶりをする女子と付き合って、話つまらないと言われたという事件を聞いているが、そんな無茶ぶりをするほど、シャーベットは空気の読めない女性ではない。
「ねぇ、何か面白い話してよ」
「お前は馬鹿か。俺のちょっと褒めた気持ちを返せ」
「え?」
俺が思いのほか怒ったので、シャーベットが困惑した。
いかんいかん。ちょっとタイミングが悪すぎた。
「い。いや悪い。だが、そんな雑な振りで面白い話ができるなら、俺は芸人になれるわ」
「えー。顔もそんななのに、トーク力も低かったら、あなたはどうするの?」
ものすごいストレートで俺を殴ってきた。
「い、いいんだよ。そんなことは。俺はもっと違うことで勝負するんだ」
「ふーん、あ、もうこんな時間よ。作業再開しましょ!」
そして、俺の心を好き放題したあとに、いきなり作業に戻った。
俺もそうしよう。
そして、また沈黙の時間となり、作業は開始から2時間半後に完了した。
「お疲れ様。こっちも同じタイミングで終わったわ」
「疲れた疲れた」
「大丈夫でしょうね?」
「よっぽどだと思うが?」
ほぼ俺の仕事は書き写しだけ。休憩も挟んだし、ミスはしてないと思う。
「ちょっと見ていいかしら」
「ああ、好きに見てくれっ!?」
俺は座ったまま資料をシャーベットに見せようとしたのだが、なんとシャーベットは椅子越しに俺の資料をのぞき込んできたのだ。そりゃ声も裏返るだろう。
なぜならその行為により、俺のほぼ目の前に、シャーベットの豊満な部分が来てしまうからだ。
しかも、距離感が近すぎて、とてもいい香りもする。やばい、動けない。
最近ちょっと名前でいじったり、食い気のシーンを見てるから、忘れかけていたが、シャーベットはとんでもない美人なのである。
まずい、ドキドキしてきた。近いんですと言いたくとも言えない。
「ふーん、確かにこの内容ならミスしてなさそうね。文字もきれいだから、誤字もなさそうだし」
俺の困惑など知ってか知らずか、シャーベットは俺の資料を見てうなづく。
うなづくんじゃない。揺れてんです。小さくだけど確実に。
ブラしてるんだよな。俺実際にしてるの見てるし。だが、それでも疑わしいほど揺れる。してない日でもあるのか?
「ん? 大丈夫? 顔も赤いし、汗もかいてるわよ。疲れた?」
「そ、そうだな。ちょっと部屋も暑いし」
「そんなこともないと思うけど? クーラーつけてからはむしろ寒いくらいだったわ」
「それはお前がシャーベットだからだろ」
「シャーベットじゃないわ! でももし体調が悪いなら帰りましょう。時間も遅いし」
「そうだな」
時刻はすでに18時半を周りそうで、運動部も帰宅をし始める時間である。
「お、雨上がってるな」
雨はあがり、薄い夕日が差し込んでいた。
こういう日はいい。俺は典型的な乾燥肌なので、雨は嫌いではないが、それでも濡れるのは面倒くさい。
「雨やんだのね。桐林くんは、傘は持ってきてたの?」
「ああ。この時期は朝天気よくても降りやすいからな」
実際今日の天気に雨の予報はなかったのだが、俺は基本的にカバンに折り畳み傘を入れている。
今日は部活ないメンバーの帰宅時間に夕立みたいに振ったから、大変だっただろうな。
「私はつい持ってくるのを忘れちゃったから、雨がやんでよかった……」
「そうか、それはよかったな、いい行動をしたからだな」
山本先輩を助けるという行動をとったからこそ、雨にぬれずに帰れるというわけだ。
…………とは言っても、もしこの段階で雨が降ってたら、相合傘できたかもしれないな。いや、断られるか……。でもワンチャンあったなー。傘のサイズぎりぎりだから、結構くっつけたかもしれないしな。下校デートみたいな体験ができたのに。
「……も……少……くらい……………降って………も………かったのに…………」
「ん? シャーベット、なんか言ったか?」
「い、いいえ。何でもないわ。降ってなくてよかったって言ったの」
「?」
慌てるようなことは聞いていないと思ったが、俺は首をかしげるだけだった。
「ありがとう。昨日は恵梨香ちゃんと一緒に仕事をしてくれたんだって?」
次の日、山本先輩が俺にお礼を言いに来た。
「いえいえ、あれくらいでしたら」
「無理しなかった? 締め切りが今日までだったのを、まさか全部終わらせちゃうなんて」
「え。そうだったんですか?」
そういえば締め切りは聞いていなかった。でもあのシャーベットの焦りを見ると、てっきり昨日を締め切りだと思ってたが。
「うん、でも今日みんなが戻れるかも分からなかったしってことで、やってくれたみたい。ほんとありがとね。今日は1人戻ってきたから、ゆっくり仕事できるよ」
そういって、山本先輩は戻っていった。
今日締め切りだったのか。なんで昨日あんなにやったんだろ。
まぁいいか。早く終わるにこしたことないし。




