18話 いい感じのアルバイト
「よっしゃー、来た」
俺は少しテンションをあげていた。
今日はたまにくるお金がもらえる学校公認のアルバイトがある日なのである。
このアルバイトは日給5千円と割がいい。約3時間の仕事で、やることは基本的には立っていればいい。
内容は市内でのマラソンが行われる日に、道路に人が飛び出さないように立っているだけの仕事なのだ。
当日行く時間次第でランダムに場所がふられ、その持ち場にいればいい。
楽ではあるのだが、割と短い距離に人数を割くので、数が少ないと1人当たりのやることが増えるというめんどうくささと、横断歩道のある道路に当たるととにかく質問されまくる。
俺はぎりぎり横断歩道から2人横にいたのだが、いつになったら渡れるとか、どこに行けば渡れるかとかの質問とか、なんとかして通せとか、勝手にやってんじゃないとか、日本語の通じない方もよくいらして実に面倒くさかったのを覚えている。
たぶんあの人今年はいないだろうなー。
まぁ俺はそういう人の扱いくらいは気にしないし、最悪なんかあっても責任者のせいにすればいいからそこまで面倒じゃない。金をもらってるから責任を感じる必要はあるが、最終的な責任は人に任せればいいのだ。
と、いうわけで当日。俺が降られたのは、横断歩道の1個横。まぁここなら質問は食らわんな。よかったよかった。
「横のやつは気の毒だな……、えーと柏木さんか」
受付で配置の紙がもらえるのでそれで近くにいる人の名前もわかる。
どうやら俺の横の人は柏木というらしい。
……柏木ねぇ。
「は、何であんたが隣にいるんだ?」
俺の隣の柏木さんはやっぱりあの柏木さんでした。
「俺もこのバイトをするからだよ。というか俺は去年もやってる。柏木もか?」
「い、いや、私は今回が初めてだ。簡単だって聞いてたから」
「確かに簡単だが……」
基本敵にはこの仕事は楽だが、はずれに当たるとどうしても厳しい。
おそらくだが、その横断歩道にあたる部分には、かっこいい男子や可愛い女子が当たることが多い。文句を言われるとしても、そういう相手のほうがクレームになりにくいから、そうなんじゃないかなって思う。
いや知らんよ。ただ去年俺の視界に入った4人はみんなイケメンが美人だった。
確かにこいつは見た目は本当にやばいからな。俺の仮設は当たっているかもしれない。
だが、どう考えても人選ミスではある。こいつは無理だろ。
「おまえのポジションさ。割と説明をしなきゃいけない場所なんだ。だから、お前には無理……」
「できるわ! 簡単よ!」
口調は強いのだが、完全にガチガチに緊張してる。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ! あんたができて私ができないはずがない!」
「俺がやったわけじゃないんだが」
まぁ別に面倒くさいだけで、俺も普通にできる。やばめの人でも別に手は出してこないし。
というか不安なら不安と言えないのか。まぁいいや。最悪横にいるし。
「これくらい経験なくっても楽勝だっての!」
自分を追い込む柏木。こいつはどうしたいんだろう。
というわけ心配しつつも、アルバイトが始まった。
マラソンが本格的になり、しっかりと規制が入る。
見学者も多くなり、人の数がかなり増えてきた。
「あとどれくらいかしら?」
すると優しそうなおばあさんが穏やかな口調で柏木に話しかける。
まぁあの人なら大丈夫だろう。
「あ、あっ、あっ。あの」
動揺がすぎる! 日頃は相手がよく知らん相手でも荒いくせに!
「あ、はい。あと2時間くらいです! 申し訳ないです。もしあちらにお急ぎで渡るようでしたら、あちらの歩道橋がありますので」
「あらあら、ありがとうね。大丈夫よ。ちょっと人がたくさんいるから気になってね」
「いえいえ、一応告知はしてたみたいなんですけど、ご存じなかったですか?」
「そうだねぇ。ちょっと知らなかったよ。ご丁寧にありがとうね。あと頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
すげぇいい人だった。
「おい、大丈夫か?」
「よよ。余裕だったし」
「まだ動揺が残ってるぞ。でもまぁ今みたいな感じでやれば余裕だからさ。悪いな余計な世話だった」
あまり柏木を攻めると暴走しかねん。これくらいにしとこう。
「はい、あと2時間くらいです」
お、今度の質問にはちゃんと答えてるな。ちゃんとやればできるんだ。
「そうだな。あっちに行くにはどうしたらいい?」
「あちらの歩道橋が使えます」
「ちょっと荷物が多いから手伝ってくださる?」
そうあれも別にちょっと俺に声をかけて案内していけば……。
「え、えーと。ですね。えーと」
アドリブ力はないんかい! 別にいいに決まってんじゃん!
「はいはい、大丈夫です。柏木、案内してってやってくれ」
「い、言われなくてもやるつもりだった!」
そして柏木はおばさんを案内していった。
「ふぅ、あいつは何なんだ」
全然俺が楽じゃない。
「大変だね。あの子は君の彼女かい?」
「いえ、クラスメイトです。友人以下ですよ」
柏木が戻ってくるまで、横断歩道の近くのポジションにいると、見物人に話しかけられる。
「でもあの子可愛いでしょー。狙いたいんじゃない?」
「可愛いのは認めますけど、俺が猛烈に嫌われてますからね」
「そっかー、あ、戻ってきたみたいだよ」
柏木が戻ってきたので、俺は元のポジションに戻る。
「あ、こんにちは」
「お、君は確か……」
「はい、陸上部の1年生の森田です」
「柏木と一緒にいた子だね。よろしく森田さん。そういえば自己紹介してなかったね、俺は桐林樹だ」
柏木に最もなついていて、彼女を追いかけていた後輩少女、どうやら名前は森田というらしい。
柏木がもう大丈夫そうなのではそこそこ距離を置いていたので、こちらには気づいていないようだが、森田さんは柏木に気づいているようで、とてもニコニコしている。
「今日はアルバイトですよね。柏木先輩と一緒ですか」
「ああ、俺と柏木はラブラブカップルだからな。アルバイトも一緒に決まってるさ」
ちょっとした冗談で場を和ます。
「へぇ、やっぱりお2人とも仲がいいんですね」
「…………」
「…………」
おや、突っ込みが来ないぞ。何そのニコニコ笑顔は。分かってますよ的な笑顔は。
「……こういうことを言うのは野暮だけど、ラブラブカップルは冗談だからな。付き合ってないし」
「え! 付き合ってなかったんですか?」
え! こっちに驚くんですか?
「待ってください! それは本当ですか! 柏木先輩が恥ずかしがるから嘘をついてるとかじゃないんですか!」
「ええ、全く。3段階くらい足りてない」
もはや敵対関係だもん。
「し、信じられません……、みんな柏木先輩に気を使っていいませんけど、私達の中ではお似合いのカップルとして、有名なのに」
「どう考えても違うだろ」
女子陸上部はどれだけ恋愛に疎いんだ。
「最近ずっと機嫌が良くて、私の練習も見てくれますし、他の人にも少しづつですけど皆が気づくレベルで穏やかになってますから、きっと先輩とうまくいってるものだと」
「あいつそんなに最近機嫌がいいのか」
俺の前では機嫌が悪いことが9割近くあるが。
「はい、柏木先輩はとても分かりやすい可愛い先輩ですからね。もう最近では、陸上部で先輩を疎んでる人はいませんよ」
「ほぉ。それは興味深い話だ」
シャーベットに頼んで森田さんとの交流をしやすくしたのが、どうやら更なる効果を生んだようだ。もともとあいつは不器用だから、森田さんに優しくして、他のメンバーにそれをしないというのはできないだろうからな。それにこれだけ慕ってくれてる後輩には、俺みたいにキレる理由もないだろうし。
正直俺はほっとしている。クラスでは一部のおせっかい女子以外は相変わらずだし、少しでもあいつにとっていい居場所ができていることはいいことだもんな。これがいいきっかけになるかもしれないし。
「でも付き合ってないなら、冗談で言っちゃ駄目ですよ。先輩だって女の子なんですから、傷つきますよ、そんな失礼な冗談を言ったら」
「俺が傷つく未来しか見えないけどな」
物理的にも精神的にも。主に物理的に。
「では、これから私はお友達とお出かけですので」
「ああ、ありがとな」
「はい、先輩をお願いしますね」
そう言って森田さんは去っていった。可愛い後輩だな。ちょっと柏木が羨ましくなった。
「俺は急いでんだ! 渡らせてもらうぞ!」
「駄目です! 危険ですから」
おっといかんいかん、ちょっと目を離したらまた揉めてる。
「すいませんね。でもルールなので。皆さん守ってますから、そこは守ってください」
「ちっ」
何とか説得して、やっかいな人を追い返す。よくいるけどああいう人は、周りの視線とか気にならんのか。
「大丈夫か?」
「だだ、大丈夫だし。余裕だし」
「へいへい。まぁそれでも2人で話した方が説得もしやすいしさ。俺の方もやばかったら、手伝ってもらうし」
「……分かった」
その発言のおかげか、その後は比較的スムーズに俺の手助けを受け入れてくれた。このほうが楽である。
「皆さん、ご苦労さん! これは報酬です!」
無事マラソンが終わり、全員が報酬をもらう。
実にいい気分だ。やはり労働の対価は金銭に限る。
「……」
「ん? どうした?」
今回の参加者は皆高校生。高校生にとっての5000円は大金。皆笑顔でその使い道を考えているのに、柏木がいまいち浮かない顔をしていた。
「…………、ねぇ、このお金……あんたがもらって」
「は?」
千円札が5枚入った封筒を俺に渡してくる。5千円札1枚よりなんとなく嬉しい少し厚みのある茶封筒だ。
「今日あんたに迷惑をかけすぎちゃったし……、このお金私が受け取るのは申し訳なくて……」
「……はぁ。あんまり甘いこと言ってんじゃないぞ」
「あ、甘いって何! 私は責任を取ろうとして」
「アルバイトでも仕事は仕事だ。責任を持つのは大事さ。でもな、ここは学校でもない。お金っていうのは、仕事内容以前に、雇った側にお金を払う責任もあるし、働いた側にお金を受け取る責任もあるんだ。労働に対してお金がいらないって言うのはむしろ失礼なことなんだ。だから、お前がそのお金を俺に渡すって事は、俺にもお金をくれた人にも、お前自身にも失礼なことなんだ」
アルバイトをしたことはないが、この話は父さんから聞いた話だ。社会に出るといろいろな責任が出てきて、苦労が増えるという話だ。俺もきっとお金を稼ぐようになったら、そう思うことがあるのだと思っていたが、まだまだこの感覚は漠然としていた。だが、さきほどの柏木の態度に、責任を感じているという同情心よりも、むしろ怒りが沸いてしまったのである。
「……ごめん」
「あ、悪い……」
しかしさすがに言い過ぎた。いつも勝気な柏木がちょっと落ち込んでしまっている。
「まぁ切り替えてけって。次に生かせればいいんだって」
「……ありがと。でもこれは貸しだから。あんたの頼みは聞きたくないけど、1個だけなら何か聞いてあげる。それでいい?」
ほんと不器用なやつめ。ほんとに気にしてないのに。まぁいいか。
しかしどうするか。下手にここで恩の内容を決めておかないと、後々面倒にもなりそうだ。
おっぱいを触らせてと言ったらどうなるだろうか。
……OKでもNGでも俺とこいつの関係は終わる気がする。却下。
デートでもしてもらうか? いや、こいつが気を使うかもしれないしな。
一緒に出かけるということは、少なからず多からず、お金を使う。そうなると、こいつが今日の金を使いかねん。それでは先ほどの会話の意味が無い。
大体、柏木が楽しくないとな……。シャーベットにも嫌われてはいるがあいつは色気より食い気タイプ。食べてるときは本当に楽しそうだから、誘うのに抵抗がない。
だが、柏木はどうだろう。一緒に運動でもすりゃいいのか? 分からん。
とにかく今回のことを恩みたいに感じてほしくない。だから、多少こいつにストレスを与えるが、そこまでではないくらいのことがいいな。
……あ、いいこと思いついた。
「じゃあ1ついいか?」
「変なのじゃないだろうな?」
俺がにやっとしたので、少し警戒される。
「大丈夫だ。すげぇ簡単なことだ。だれでもできる」
「ふーん、で何?」
「俺のことを名前で呼んでもらおうか?」
「………………は?」
柏木は何言ってんだ? くらいとぼけた表情をする。
「そんな顔してんじゃない。柏木は1回も俺を名前で呼んでないだろう?」
柏木が俺を呼ぶときは、基本的にあんたかお前である。シャーベットは一応必要最低限の固有名詞は言ってくれてるからな。
「それくらいなら簡単だろ?」
「も、もちろんだ……」
といいつつも、ちょっとプルプル言っている。わりとなんだかんだで毎日顔を合わせているに近いからな。
いまさら名前で呼ぶのはこ恥ずかしくもあるだろう。だからこそ、これくらいがちょうどいい。
「じゃあ、さんはい!」
俺は悪乗りして、柏木を煽る。
「…………き…………」
き、しか聞こえない。桐林のきか。
「聞こえないなー。もっとしっかり言ってくれ」
俺は更に煽る。
「…………つき」
「へ? 月?」
俺は空を見上げる。まだまだ太陽が出ている。
「樹! これでいいのかバカ!」
「おふん!」
まさかの下の名前で呼んできた! どんだけ段階を飛び越えてんだ。
しかしあまりにもきゅんときて変な声出た。
「……ああ、……いい」
それでいいという意味と、本当にいいの2つの意味だった。
「私は頑張って呼んだんだ! 樹も梓って呼べよ! バカ! じゃあね!」
やけになって叫んで、柏木こと梓は走っていった。
誰に対しての×ゲームかよく分からなくなった。




