12話 部活乱入
「桐林」
授業後、ボランティアもない俺はいつもなら帰宅をするのだが、その前に担任の先生に話しかけられる。
「どうしました?」
「今日この後何か予定あるか?」
「別に何もありませんけど」
「ちょうどいい、実は陸上部の先生が俺と仲がいいんだが、倉庫の整理に時間がかかってて、人手がほしいらしいんだ」
「はぁ」
「悪いけど頼めないか?」
うーん、ボランティアでもないから何ももらえないが、この先生はいい先生だし、断るのも悪い。さほどすることもないし、いいか。
「いいですよ」
「よかったー、助かる。じゃあついて来てくれ」
「はい! 次は2人で走ってー!」
「遅れてるよー!」
俺は陸上部の練習場所に呼ばれた。
この学校は運動部が強く、特に陸上部は優秀で人数も多い。そのため、男女を分けている。
「って、何で女子の活動なんですかー!」
俺は叫んだ。うちの担任は男の先生だったので、中のいい先生も男の友人だと思っていたため、まさか女性の先生を紹介されたときはやな予感がしていた。
女子陸上部ということもあって、本当に周りに女子しかいない、居心地は良くないが、周りに女子がいるのは悪くない。短パンやスパッツ姿で薄着の女子がたくさんいる空間はむしろいい。
「はい、じゃあこれとこれを廃棄してきて。それとあっちから新しいハードルとメディスンボールがあるから持ってきてね」
言われたとおりの雑用をこなす。
どうも女子の陸上部の備品が古くなったので一気に入れ替えを行ったらしいが、生徒会の忙しい時期と重なり、人手が足りなかったらしい。
荷物自体はそこまで重いわけでもないので、チラチラと女子を見ながら運ぶことができる。
「ほどほどにしてね」
「はい」
ちょっと顧問の先生に釘を指されつつも、淡々とこなす。
女子メンバーは練習に夢中で、そこまでこっちには見てこないので、順調に行えていた。
ただ、女子陸上部ということは……。
「すごーい! 5メートル60センチ! 新記録だよ!」
「やっぱり柏木さんはすごいわー」
柏木……、ああ、柏木か。あのやたらいろいろ出てて、陸上部向きではないスタイルなのに、より邪魔そうな走り幅跳びがあいつの専門か。というか、メッチャ飛んだな。すげぇ。
浮いてるって聞いてたけど、普通に仲よさそうじゃん。
「あら、柏木さんが気になる? あの子可愛いもんね。しかもうちの期待枠よ」
「あ、そうなんですか?」
「ええ、去年は全国大会まで後一歩で負けて、そこからメキメキあげてるの。去年の日本選手権の1位の人が5メートル96だったから、今年はもっといいところに行くんじゃないかしら」
「そうですか」
「でももう少し柔らかくなってくれると教師としては嬉しいんだけどね~。うちの子達が粘り強く話してはくれてるけど、心をなかなか開いてくれないの」
「あ、やっぱりそうなんですね」
いい顔はしてるけど、やっぱり対応は雑なんだな。
「今年こそは全国だね!」
「ふーん」
「ふーんって……」
「私が飛んで何があんたにうれしいの? あんたには関係ないし自分の練習をしなよ」
対応冷たいな。あれはよくない。最後のあれは多分あいつなりの気遣いだが何一つ伝わってない。
「全くその通りだ。さぁプリンセス、顔に泥ついてます、タオルをどうぞ」
「うん、ありがと、(ふきふき)……な……た……で……ここ……?」
「ん? ナタデココ? 買ってくるか?」
「言ってない! な(んであん)た(がいるの?) で(ていってよ)ここ(は女子陸上部よ!?)って言ったの!」
絶対に無理だ。そしておなじみの乗り突っ込み。
「ちょっとお姫様の華麗なジャンプを拝見いたしたくて」
「誰か警察と裁判官とこいつの両親を呼べ! 変質者だ!」
呼ぶ人選が冷静か動揺してるのか判断しづらいメンバーだ。
「残念ながら、俺は先生に頼まれて正当な理由でここにいる、だから追い出すことはできない」
「嘘をつけ! どうせ女子陸上部の手伝いだから下心満載できただろ!」
「違うって、最初は男子陸上部の手伝いだと思ったんだよ」
これは事実ではある。ただ、最初から女子陸上部の手伝いだと知ってたら、俺はもっとのりのりだっただろうな。ということもあるので、真っ向からは否定しづらい。
「頼むからここからいなくなってくれ。あるいはこの世から消えてくれ、つまり死ね」
すごく砂を投げてくる。痛い。
「柏木さんって、あんなふうに取り乱すんだ……」
「いつもはちょっと怖い感じだけど、あれはそんなに……、むしろ可愛い?」
「とうか、柏木。お前の態度はなんなんだ?」
「あん?」
「俺は陸上のことは詳しくないけど、見てた感じだとさっきの子は距離を測るの手伝ってくれてたんだろ。あれは1人じゃできないんだ。それを喜んでくれた子に関係ないとは何だ?」
「部外者の素人が私に説教する気? そもそも頼んでないし。別に記録なんてそこまで気にしないし」
うーん、これは下手に言って余計にこじらすか? いや、こいつの性格なら……。
「いや、お前距離伸びて露骨に喜んでるだろ」
「え? そうなんですか?」
俺の発言にほかの女子メンバーが声を上げる。
「あいつ微妙に口元が緩んでる。絶対に練習の成果が形になって喜んでる」
ちなみにこれははったりである。
「!?」
だが、口元に柏木が手を当てた時点で、それが事実であれそうでなかれ自白したも同然だ。
「あ、ほんとだ。嬉しいんですね」
「……………………、うるさーい! 練習して、記録が伸びて、うれしくないやつなんてこの世にいるわけないだろ!」
切れ気味だが、完全に認めた。こちらの勝ちである。
というか、だったら最初から素直に喜べばいい。なんとまあ生きにくい生き方をしてるのか。
「というわけで、今後は柏木を褒めまくればいいぞ。多分見た目は怒るけど、内心はめっちゃ喜ぶ」
「そうだねー。今まで柏木さんってよく分からなかったけど、記録が伸びて嬉しいって分かれば褒めやすいよねー」
「おいやめろ!」
「すごいなー。インターハイ優勝も目じゃないんじゃないかなー」
「は? そんなことうれしくもないし」
うーん、これくらいは聞きなれてるか。じゃあベクトルを変えるか。
「実は私服が超可愛い。犬のことが大好きで飼ってるペットにはめちゃ優しい」
「わー! それはやめてくれー!」
「まぁ事実だし」
「お前の感想だろうが!」
「へー、柏木さんって私服センスいいんだー」
「普段ジャージを着てるとかって聞いてたけどなー」
「スカートはヒラヒラしてて嫌いだって」
周りから柏木のウワサがドンドン出てくる。さすがに陸上部のような狭い環境では、多少なりとも柏木の話は広まっているようだ。
「ねぇねぇおしゃれして何してるの!? もしかしてデート!?」
「犬飼ってるんだって? 私もそうなのー」
「そういえば肌もすべすべだし、どういうケアしてるのー? 聞きたかったー」
「髪の手入れもいいよねー。どこで切ってるの」
うんうん、柏木が質問攻めにあっている。仲良きことはいいことだ。
「そもそもこの男子誰? やっぱり彼氏~?」
「ま、待ってくれ! こいつの言うことを真に受けるな! こいつは女の敵だぞ、いつも人をからかってニヤニヤしてるんだ」
「えー、でもそんなに柏木さん嫌そうに見えないよー」
「というか、桐林君でしょ。あのかっこいい人とお友達の。でも悪いうわさ聞かないし」
「いや、こいつの悪いところはむしろそこだ。世間の印象はいいんだ。だから、こっちが被害を訴えても周りが信じてくれない。むしろタチが悪い」
「その根拠は?」
「こいつは公園で私の胸を揉んできたんだ!」
おわー、言わないと思ってたんだが……、ちょっとからかいすぎた。これはさすがに俺が攻められるな。
「え! 公園で? 胸を触る? もうそんな仲なの?」
「まぁまぁ、やっぱりそういう関係なのねー」
「わーうらやましい」
思春期の興奮した女子高生の耳には、どうやら(俺にとって)都合よく入ったようだ。
「お前ら何を勘違いしてんだ! ぶっ飛ばすぞ!」
いわゆる彼女の墓穴となった。
その日は顧問の先生も柏木と他のメンバーが交流できそうということで、練習は軽めになった。
「最悪だ……」
そのまま部活終わりまで俺は陸上部におり、最終的に柏木とともに見送られた。
「どんまい」
「誰のせいだ……」
「悪い悪い。俺もあそこまでやるつもりは無かったんだが、でも楽しそうだな部活って」
「お前は耳も悪いが、目も節穴だったか」
本当にお疲れのようで、いつもの叫び声ではない。
少なくとものびのびしてるようには見えたけどな。
「悪い悪い。今日に関しては7:4くらいで俺が悪かったとは思う」
「…………私の4はなんだ……、というか1多いし……」
疲れてても突っ込みはしてくれる。
「お前の態度だろ。それが1はみ出るくらいだ」
「…………」
「別に陸上は個人競技ではあるだろうし、お前がそこまで和気藹々とするのが好きじゃないのは分かるとしても、程度ってもんがある。一緒の部活で何かやる以上は、最低限の礼儀はあるだろう」
「はぁ…………(何であんたはそんなに絡んでくんだ……調子狂う……)」
「……聞こえてるぞ」
小さい声で言っていたが、普通に聞こえた。たまにテレビや漫画であるけど、隣にいてもつぶやきくらいは普通聞こえる。何だってじゃないし。
「でもさ、柏木」
「なんだよ」
「今日の柏木はかっこよかった。全力で何かをしてる姿ってかっこいいな」
「…………何がいいかなんてわかんないくせに」
「……まぁな」
「……お前さぁ。もう私に絡んでくんなよ。楽しくもないだろ」
突然柏木は足を止めていつも以上に真剣な声で俺に言う。
「そんなこともない。俺は楽しい。やっぱ柏木は嫌か?」
「…………、ああ。私は嫌だ。お前も一件いい感じに見せておいて、影じゃ悪口言ってんだ! だからもうほっといてくれ! 私はいろいろごちゃごちゃかんがえたくない!」
「俺が陰口を言いそうに見えるか?」
「ああ」
「隣の席なんだから、普通に話すくらいいいだろ?」
「無理!」
そして柏木は走っていってしまう。
…………。よし、さっきまでの話は聞かなかったことにしよう。どう考えても本心じゃないし。
俺は聴かなかったことにした。
「おーい、柏木ー」
「げっ」
次の日、シロクマと散歩中の柏木を見つけた。
「おーい、シロクマー」
「きゃん!」
「あ、ちょっと」
俺を見て柏木は逃げようとしたが、シロクマが俺に全力で寄って来たので、結果的に柏木もよってくることになった。
「おはよう柏木!」
「…………」
「柏木さん」
「…………」
「柏木サーン」
ちょっと松岡修○風に言ってみた。
「っつ……」
あ、ちょっと笑いかけた。
「あずあず~」
「そ、それはやめろ、鳥肌が立つ!」
反応してくれた。
「挨拶しないとずっとあずあず呼びします」
「わ、分かった。おはよう、これでいいだろじゃあな!」
急いで柏木は逃げようとした。しかしシロクマが動かないので、逃げられない。
「シロクマ~。可愛いな~」
ナデナデ。
「く~ん」
とても満足そうな顔をして俺の顔を舐めてくる。うーん可愛い。
「おい! レスター! そんなやつ相手にするな! というかシロクマじゃない! レスターだ! それより! レスターは何でそんなやつに懐く! お前をシロクマ呼びしてるんだぞ!」
結局シロクマが満足するまで俺はシロクマをナデナデし、その間柏木と話し続けた。
昨日の今日ではあるが、とりあえず柏木に、無理にでもシロクマを引きずってでも逃げられるほどは嫌われていないようだ。それだけで、少し安心するのであった。




