11話 食問題
「橘ってラーメンが好きなのかな?」
「急になんだ」
俺は休み時間にふとジョニ男に話しかけた。
「俺さ、最近けっこう学食に行くんだ。主にパンを食いに行くのと、柏木をいじりにさ」
「ほどほどにしとけよ」
「まぁそれは冗談だが、それでさ、あいつって金髪碧眼で目立つから、どうしても目に入るわけよ」
「それで?」
「あいついつもラーメン食ってるんだ。それで思ったけど、初対面のときも1人で教室でカップラーメン食っててさ」
それ以上にインパクトのある出来事がシャーベットとの出会いのため、記憶の片隅に抜けていたが、そういうとそんな出来事もあった。
「じゃあ好きだろ。何の疑いも無い」
「だけどな。なんかラーメン食べた後の橘はどうも顔が浮かないんだよ」
「浮かない?」
「ああ、何か不満げというか、納得できてないというか……」
「勘違いじゃないのか?」
「いや、あいつは普段はちょっと笑顔でいて、俺の前ではやや怒り顔だから、基本的にはあまり悲しそうな顔はしない。だから、そうだとすぐ分かる。もちろんそれも周りに気づかれたくないのか、一瞬だけだけどな」
「見すぎじゃね?」
「まぁそんなことはいい。俺はカレーと焼肉とオムライスとラーメンが好きだが、それを食べたら大抵すごく満足した感じになるぞ。ジョニ男だって普通は好きなものを食べるときはテンション上がるだろ?」
「まぁな」
「そう思うだろ。柏木もさ」
「あん?」
今日は機嫌がとても悪かった。ちなみに柏木は機嫌が悪い場合と、とても悪い場合の2択である。
「それは置いといて、それでいろいろ考えてみたんだが、やっぱり女子はダイエットを気にするだろ。ラーメンは好きだが、食べると太るから気にしてるんじゃないかな? どう思う柏木」
「うるさい」
会話にならんな。
「確かに女子はそういうのを気にしてることはある。ラーメンは油分も多くて、カロリーも高いしな」
「あいつは体型を気にするほど太ってるとは思えないがな。なぁ柏木」
「……、私から見ても確かに恵梨香は抜群だな」
「柏木も同じくらいだぞ」
「……ふん」
ちょっと会話になった。案外柏木は女子っぽいことを気にするのである。
「俺はあいつのこともよく分からんからな。でもせっかく知り合い程度にはなってるし、割と話も合いそうだから仲良くはしたいんだよな」
「贅沢な悩みだよな。正直男子でまともに橘さんと話せてるやつはほとんどいないんだぞ」
ジョニ男はあきれて、肩をすくめていた。
「ふぁ~。今日はどうすっかな」
休日の昼下がり。この場所がかなりにぎわう時間帯である。
なぜならここは食事所がたくさんあり、家族連れも多くこの場所を歩く。
とは言っても1人でのんびりランチを楽しむ人も割り通り、俺もその1人だ。
俺にはお気に入りの店がいくつかある。
明らかに家族連れしか入れない新しい店も非常に多いのだが、実はこの町が埋め立てにより活性化する前から残っているちょっと古い店もいくつかある。父親に教えてもらったのだ。ちなみに俺は実家暮らしだ。
その中でにある1つのお気に入りは老舗のラーメン屋。
ちょっと奥まで歩かないと見つからないので、隠れ家的な場所ではあるが、味がとてつもなく美味い。
ネットでは情報がほとんど出回らず、この辺りの口コミのみで広まる店だ。
とは言っても、デートとか友人と遊ぶには向いている場所ではない。テーブル席も無い10席程度の小さな店だから、会社員もあまり使わない。ほぼ客層は若い独身男性から中年くらいである。
「お、今日はラッキーだな」
しかしさすが人気の店。いつもは外まで行列があることも珍しくないが、今日は入り口が見える。早めに食べれそうである。
ん?
ところが、少し歩いていくとその暗い道にはとても似つかわしくないが、見知った金髪が揺れていた。
「……どうみてもシャーベットだ、もとい橘だ」
だが、いつもの自信ありげな感じではなく、うろうろと店の前を歩いては、ピタッと止まってまた動くを繰り返していた。あの美貌でもさすがに不審者である。警察が通りかかったら職質確実である。
「……シャーベット、こんなところで何してんだ?」
「ひゃん!」
おい、変な声出すな。俺が職質される。というか、こいつは驚いたときの声量がでかすぎる。めちゃ高いから響くし。
「あ、あなたは桐林くん……。驚かさないでよ。それに私はシャーロットよ。シャーベットじゃないわ!」
「めちゃ普通に声かけたんだよ」
どう考えても俺は驚かす意図など無かった。こいつに何かやましいことがあるんだろう。
「……この店はお客さんの数が少ないから食い逃げには向いてないぞ」
「誰が食い逃げの算段を立ててるのよ!」
そりゃ知ってた。これだけ目立つ見た目で何かしたら、子供でもシャーベットにたどりつくわ。
「じゃあなんでここにいたんだ」
「…………」
黙ってしまった。ほんとになんなんだ。
「桐林くんこそどうなの!? ここに何の用事?」
「俺は今からここで昼を食うんだよ。ラーメン好きだからな」
「え! そうなの!」
俺ははじめて出会ってからこのシャーベットのことを割と見てきた。俺の前では怒り顔で、他のときは余裕の微笑を浮かべていることが多かった。
しかし、このときの橘の笑顔は、子供がほしいおもちゃを目の前にした子供のような純粋な満面の笑みを浮かべていた。
「寂しいわね~。1人でランチなんて~。しょうがないからイヤイヤだけど、私が一緒に入ってあげるわ! イヤイヤだけどね。イ・ヤ・イ・ヤ♪」
「……………」
もうなんとなく分かった。こいつラーメンを食べたくて、何かのルートでこの店を知ったはいいが、1人では入りづらそうだから躊躇してたな。
さて、ここでちょっと意地悪をしてもいいが、この満面の笑みを破壊するのがもったいないのでここは乗ってやろう。
「……ああ、助かる。一緒に頼む」
「ほんと! ありが……じゃなくて、そうね。一緒に入ってあげるわ」
……こいつのファンが見たら泣くぞ。いや、むしろ親近感が沸いて人気出るか? 見た目いいし。
「いらっしゃいませー、2名様ご案内です!」
元気な声が店内に響く。店内がそこまで大きくないことを考慮してもとても元気さが伺える。
「……」
店の空気がガラリと変わった感じがあった。原因は後ろの金髪である。
別に女子の来店を断るような頑固な店ではないのだが、客層はほぼ100%男である。これまで1人も来た事がないわけではないそうだが、ほぼ端数レベルだそうだ。
そんな男臭い場所に、いきなり女性、しかも高校生金髪碧眼美少女が入ってきたらそりゃラーメンすするのも止めて1回見る。普段道を歩いてても、普通に注目されているのだから、なおさらである。天然記念物でも見るような目だ。
「…………」
しかし当の本人は席に座ってメニューを見始め、そのような視線もなんのその、メニューにかじりついて微動たにしない。
「あちらのお客様は彼女さんですか?」
店員さんに話しかけられる。小さい店なので、店員も少なく入れ替わりも少ないし、お客もリピーターが多いので、覚えられている。初めてのお客さんなら見て分かるらしい。まぁシャーベットならチェーン店でもはじめてだったら分かるだろうが。
「いえ、まだ友人以下です。入り口でたまたま会って、1人で入りづらかったみたいなので」
「なるほど……、いやー、しかしお人形さんみたいな美人ですね。目の保養になりますよ。では注文決まったら呼んでくださいね」
店員さんがそういって離れる。相変わらずさわやかな人だ。
「何がおススメかしら?」
メニューを一通り眺めた後、シャーベットが声をかけてきた。
ここのラーメンは全て豚骨ベース。だが種類は多く、初見だと確かに分かりづらい。
小麦色のスープが濃厚なのに滑らかな王道の豚骨ラーメン白。
焦がしたネギとにんにくをベースにした色の黒い豚骨ラーメン黒。
辛みそを入れた味噌ベースの豚骨ラーメン赤。ちなみに俺はこれが好きである。
この3つには全てチャーシューと海苔とメンマが入っていて、これをベースに味玉を入れたり、もやしをいれたり、ねぎを入れたりとバラエティがある。
「初見ならこの王道のがいいと思うぞ。癖が少ないし、スープも最後まで飲める」
「そう、じゃあそうしようかしら」
というわけで注文が決まったので、店員さんを呼ぶ。
「すいません、赤と白1個ずつで」
「硬さはどうされますか?」
「俺は固めで……、しゃ、橘は?」
「今シャーベットって言いかけたでしょ……、まぁいいわ。固さはどれくらいがおススメかしら?」
「固めが人気です」
「じゃあ固めで」
「量はどうされます?」
「量?」
「ああ、いわゆる大盛とかだよ」
ここのラーメン屋では1杯120円で替え玉が可能ではあるが、量を初めから増やすと替え玉をするよりも安く量が食べられる。
ラーメン1杯は約140g。2杯で大体お腹が一杯になる。
それに、初めから多いと、視覚的にも満腹感が出てしまうので、あまり頼むことは無い。
「俺は普通で」
「私は特盛で」
「えっ」
「えっ」
「えっ?」
上から順番に、俺、店員さん、シャーベットである。
「あ、はい畏まりました」
そこはさすがの店員さん。一瞬で対応した。
「おい橘。大丈夫か?」
「何がかしら?」
「特盛だぞ、ここに書いてあるだろ。5杯分だぞ」
ここのラーメン、大盛3杯分、特盛5杯分である。正直俺は大盛も食べられない。
「別に大丈夫よ。あなたの前で今更隠すこともないし」
「ん?」
何かかみ合ってない。
「橘ってもしかして。けっこう食べる量が多いのか?」
「あら? 知らなかったの? 山本先輩や梓さんと仲がいいなら、知ってると思ってたわ」
すごい当然のように言われた。俺その件しらなかった。
「橘ってラーメン好きなのか?」
「ええ」
「たまに学食で見かけたとき、ラーメン食べてすごく不満そうな顔したの見たことあったんだが、あれってもしかしてさ……」
「あれは食べたり無くて……。でもお友達の前であまりはしたないし……」
「まじかよ」
俺の予想の斜め上。シャーベットは大食いだった。
「あなたに初めて会った日も物足りなくてカップラーメンを食べてたのよ」
「ああ、そういえばそんなことあったな」
いろんなところで点と点がむすびつくものだ。
「さっき店員さんと話してたけど、けっこう来るのかしら」
「ああ、ここは美味いからな。父さんに教えてもらってな」
「今度から私も来ようかしら。今度来るときは教えてね」
「お、一緒に来たいってことか?」
まさかのフラグ?
「その日だけは、この辺りにいないようにするから。もう1人で入れそうだし」
ですよねー。そういえば俺はシャーベットに嫌われていた。
「お待たせしましたー。赤と白の特盛です」
俺の前に一般的などんぶり、シャーベットの前に俺の器の3倍くらいある器が置かれて、麺がどっさり、具ももちろん5倍。チャーシュー20枚、のり5枚、メンマ40枚ということになる。
ほんとにこれ全部食うつもりか? 見た目は一部分を除いてほっそほそなのに。
「いただきます」
お上品に箸を割って、ラーメンをすする。
「ん~、おいし~」
目を輝かせて、初めてハンバーグを食べた子供レベルの感想を言う。
ガタガタ!
「ん?」
何か音すると思ったら、シャーベットが足をばたばたさせてた。どんだけ喜んでんだ。
その一件クールビューティーな見た目の子が、子供のような愛くるしいリアクションに、店内は完全にシャーベットをめでる空気になっていた。
まぁ好きな店を気に入ってもらえるのは悪くない。俺もつい見蕩れてしまい、手を付け忘れそうだ。俺も食おう。
うん、相変わらず美味い。正直毎日食ってもいいくらいだが、それではありがたみが無くなる。
シャーベットが食べるのに夢中で特に会話もしてこないので、俺もラーメンに舌鼓を打つ。
「じー」
するとふと視線を感じた。
シャーベットが麺すすりながら、俺をずっと見てる。もとい、俺のラーメンを見てる。というかペースやべぇ。俺まだ3分の1もくってないのに、既に半分以上食べられてるし。
正直あれくらい食ったら多少なりとも満腹感を味わいそうなのに、俺のラーメンにも興味持つとかどんだけだ。
「……これいるか?」
麺を持ち上げて聞いてみる。まぁ俺の口つけたものとか嫌だろ。
「え! でもそれはあなたのでしょ!」
「でもめっちゃ見てくるし」
「え! 見てたの?」
無意識かい。
「じゃ、じゃあ一口いいかしら?」
しかも断らんのかい。まぁいいけど。
俺は一応箸をもう1本とって、小さい皿をもらってラーメンを渡す。
「あ、俺は直接すすらないで、ラーメンをれんげに入れて食べるから、ラーメンには口をそんなに……」
「これも美味し~」
気にするかと思っていった俺の気遣いを聞いてない。本人が気にしてないならいいけど。
「じゃあこっちものあげるわね」
すると自分の食べてたラーメンを俺によこそうとしてきた。何かずいぶん友好的だな。
俺はそれを食ったことはあるが、シャーベットのことだ。あまり貸し借りを考えたくないんだろう。ここはもらっとくのがいいか。
「ニヤニヤ。食べさせあいっ子とかカップルみたいだね~。この店が急に甘々になってますよー」
「と思ったが、俺はそれ食ったことあるしいいや」
「そうね、私もこれだけ美味しいなら最後まで食べたいわ!」
だが店員さんのニヤニヤフェイスと周りの視線に気づきそれは叶わなかった。
「あー、満足満足~」
「ああ」
俺とシャーベットは店を出た。まぁものの見事に完食をして、最後に店員さんが好意でくれたデザートまで食べやがった。どこに入ってんだ?
きっとシャーベットの食道は胃じゃなくておっぱいにつながってんだ。全部あそこに栄養が行くんだ。そうとしか考えられない。あれだけ食べたのに、腹も全然出てないもん。前に出てんのおっぱいだけだもん。
「じゃあまたね」
「ああ」
そういうとあっさり解散になった。この後何かを期待したわけでもないが、あっさりしたもんだ。
とはいっても、またねはけっこう嬉しい。
「あ、あの桐林くん!」
と思ったら、Uターンして走ってきた。
「またね! というのは決してまた会うことを好意的に思っての発言じゃないことは一応言っておくわ」
「あーはいはい」
そんなことを言いにわざわざ戻ってこんでも」
「あと……」
「あとなんだ?」
これ以上何をいうつもりだ。
「一緒に入ってくれて…………、あ、あり、……ありが……」
「ん?」
「な、なんでもないわ! またね!」
そう言って走っていってしまった。
……シャーベットなりに俺に礼を言おうとしてくれたんだな。いえてないけど、しかもまたねってまた言っちゃってるし。でもいい昼食だったな。




