5話 そういう種族
「何すんだクソガキィィ!!」
手を振り払うと2つ深く穴が空いていた。
人間の歯形にしてはおかしい。これではまるで――
「はぁぁ!?お兄さん何これ?全っ然吸えなかったんだけど?!」
「――吸血鬼」
口にした途端、彼女の黒髪が逆立ち、瞳孔が縦の楕円形に縮み、すぐに戻った。
「あっ……ま、まぁ、いいや!そうだよ!私たちはヴァンプ!ごめんねぇ、お兄さん!」
少女は頭上で頭を叩くと後ろに飛び退いた。
「ヴァンプ?……ん?今、私『たち』って言っ……あああぁ!」
左右の建物の屋根から4人ほど飛び降りてくる。
暗くてよく見えないが性別も年齢もバラバラのように見える。共通しているのは、全員僕を見る目が血走っていることだけだ。
そして、避けるより先に僕は首筋に噛みつかれてしまった。あぁ、こんな終わり方……
「がああああぁあ!」
最初に悲鳴を上げたのは何故か僕に噛みついた男だった。
その悲鳴に呼応して他3人も飛び退く。
「何?!どうしたのアリード!」
金髪で細身の女が喚く。
「何?!なんで?!何が?!」
僕はただ慌てふためく。僕に噛みついた男はアリードというらしいが頭に入ってこない。
「……ッ!……アッくんって……呼んでよ!」
アリードが長めの黒髪を巻き込んで顔を覆う。
「そんなことどうでもいいでしょ!バカ!それよりどうしたって言うのよ!」
金髪女は鬼気迫る表情だ。
2人のやりとりとビジュアルは早朝の歌舞伎町を連想させる。横でポカンとしてる幼女2人と最初に僕を噛んだクソガキも相まって、その連想をさらに加速させる。トーヨコだ……
「コイツ、血がない!無いというか体にへばりついてる感じ……固定されてるっていうか……あー!ごめんわかんない!」
「とりあえず、師団の人間じゃなかったんだね?」
「うん、多分」
アッくんはゆっくりと後退して僕と距離を取る。
昼間に続きにまた「師団」だ。ナイフ男も言っていたがそんなにヤバい集団なのだろうか。
僕はすでに落ち着きを取り戻していた。
若い男女と幼女が二人。最初に嚙みついてきたクソガキが一人。計5人。よく見れば怖くない。それどころか彼らの八重歯はマオちゃんに似ている。 むしろ嬉しい。まぁ、マオちゃんはコンプレックスに感じていたらしいが。
……というか吸血鬼ってなんだ?魔法とは違うのか?そういう種族だっていうのか?異世界出しそんなこともあるのか?うーん、わからん。
思考を放棄した僕はゆっくりと手を広げて敵対する意思がないことを伝える。
「師団ってなんだ?僕は知らない!だから教えてくれ!教えてくれないなら帰してくれ!」
しれっと僕を「殺す」「連れ去る」など物騒なの選択肢から「教える」or「見逃す」の2択にすり替える。
思考を放棄した状態でこの話術。案外僕には詐欺師の才能があるのかもしれない。
「むー、この人間キモいです!殺すです!」
ずっと空気だった幼女の1人が頬を膨らませる。
僕の妄想は無垢な幼女の一言で崩壊した。その頬の風船をカチ割ってやりたい。
「いや、やめよう……魔法使いだとしてもタネがわからないから危ないよ」
「彼の言うとおりだな。僕に敵意は無い」
流石はアッくんだ。冷静沈着、頭脳明晰!吸血鬼界のブレイン!そうだ、このまま僕を見逃せ!!
「狩場……バレた……よくない……殺す」
さらにずっと黙っていた方の幼女が口を開く。
何なんだコイツは空気読めよ。コイツ日本にいたら「先生……宿題……出し忘れてます」とか言うだろ。
心の中で毒づいている間に彼らは戦闘体制に入ってしまった。
5vs1 、完全に分が悪い。先ほどまでと雰囲気が違う。
対面してみるとわかる。赤い瞳に鋭い犬歯、細く見えるが引き締まった身体と屋根から飛び降りても無事な頑丈さ。――勝てない。
ルーダスかゲッツでも呼び出せれば勝てるのだが【魔王】はクールタイム中だ。
考えろ。どうすれば逃げられる?走ってもおそらく追いつかれる。
待て、なぜコイツらは裏路地まで引っ張ってきた?多少騒ぎになってもコイツらなら逃げ切れるだろうに。
うん?……逃げる?やっぱ待ち伏せなんて真似してたしコイツら強いわけではないのか?確かに未知の魔法を恐れていた。それに「師団」。彼らのようなアウトローな人間が怖がってるのをみるに警察的な組織だろうか。
憶測と不確定要素が多いが仕方ない。こんな賭けはゲッツを仲間にした時以来だ。
右手を前に突き出すと、彼らは飛びかかるのを躊躇うように後ろ足を下げる。好機と見るや僕は高らかに叫んだ。
「【発光】!!」
この体の持ち主、イジス・マニャの超能力、改め魔法。
発動した瞬間、手が光り、目を焼くほどの光が床や壁を迸り、辺りから影がなくなる。
「う、うわ!」「だあああチクッショ!」「まぶ……しい」「……ッ!です……ッ!」
吸血鬼たちが口々に呻く。
同時に僕は大声を上げながら大通りへと駆け出す。
「助けて!!襲われているんです!!誰か……!!」
「師団」とやらか「めちゃくちゃ強い人」がいる可能性に賭けて大通りに逃げた。仮に居なくても、奴らはきっと追ってこない。あんな姑息な狩りをしているのだ戦闘は得意ではないはずだ。絶対に、きっと、多分、恐らく、大丈夫だ!
――
――――
脚が、腕が痛くなるまで遮二無二に走った。彼らは追ってきてないようだ。やった!逃げれた!今はこの人混みがうれしい!
にしても腕が痛い。痛いというか重たい。
――「は?」
腕を見ると最初に僕に噛みついて来たクソガキがくっついていた。ありえない。人1人の重さにしては軽すぎる。いや、それより。
「お前……!何なんだ!」
無理やり振り解くと、彼女はフワリと宙を舞って石畳の上に尻餅をついた。
「わ、わかんない!でもビビッと来たの!貴方なら里を……私たちを助けてくれるって!」
彼女は大粒の涙を流しながら喚き散らす。
これでは年端も行かない娘に乱暴した犯罪者のようではないか。観衆の目が辛い。
「無理だ!!僕はマオちゃんを……妻を探しに行かなきゃいけないんだ!お前らに構ってる暇なんてないの!」
「お願い!お願いだから!助けてくれるなら美味しいご飯も、人探しの魔法も、美人のお姉さんも紹介するから!!」
少女は金切り声を上げながら懇願する。
「この世界の人間は食欲と性欲しか無いのかよ!離せ!マオちゃんの手がかりすらまだ見つかって…………おい待て、今なんて言った?」
「人探しの魔法使い」
少女があっけらかんと言い放つ。
もう1ターンやらせろよと思った。だが、まぁ、話が早いのはいいことか……
「本当だろうな?」
少女の手を強く握り確認する。
「うん、本当」
少女は僕の目をまっすぐ見返すと手を強く握り返した。
「乗った」
彼女たちがどんな問題で悩んでいるのかすら知らないが漠然とした自信だけがあった。前はマオちゃんのために地球丸ごと手に入れたのだ。文明発達が遅れている異世界の小さな里の些事なんて余裕で解決できるはずだ、と。




