4話 パチカス君
「【ロングフリーズ……あれ?なぁ、ボス。アイツも超能力持ちなの?」
ルーダスは中途半端に挙げた手を力なく下ろした。
優男はルーダスが能力を使う前に消えていた。
「さぁ?多分【時間停止】とかじゃないかな?なんかピョコピョコ消えるし」
僕はテキトーな考察を披露した。なんだかもう疲れてしまった。
「へぇー……てゆうか、ボス。その見た目は何だよ?」
ルーダスは訝しげに僕を観察する。
仕方のないことだ。以前会った時と髪型どころか肉体が違うのだから。それにこの体からは生前とは違い覇気が感じられない。今の僕はナヨっとしていて下北沢にいそうな感じだ。
「転生に失敗したの。細かいことは後で話すからここから出してくれよ。出口が見つかんない。」
「ふーん、ん?そんなもん【瞬間移動】すればいいじゃん」
「超能力全部無くなっちゃったんだ」
「あっはっははは!冗談きちぃよボス!」
ルーダスは猿のおもちゃのように手を叩いて笑った。
僕はそれを真顔でじっと眺める。
「はっはははは……はぁ、はぁ……まじ?」
猿のおもちゃはは重大さに気づいたようで頭を抱えつつも右手を構える。
「出たらちゃんと話してくれよ?――【全回転】」
部屋が破茶滅茶に動き出す。石が割れ、絵画が吹き飛び、椅子が木っ端微塵だ。
ルーダス・ジャグン。僕がベトナムのカジノで拾った天然の超能力者。僕という明らかな脅威を目の前にブタの手札を持ってポーカーを続けようとしたイカれ野郎。
能力はただの【念動力】なのだが技に名前をつけているらしい。しかもモチーフは日本で覚えたパチンコ。どこまでいっても彼は博徒なのだと思い知る。
「あー!よかった!!ボス!床の下に出口があった!」
ルーダスが歓喜の声を上げる頃にはほとんど壁も天井も無く、脱出の必要なんてなくなっていた。「……ありがとう」と力なく感謝を述べると彼は口角を釣り上げて犬のように喜んだ。
――
――――
外に出た僕らは昼の歓楽街をあてもなく歩く。
派手男から騙し取った金貨で、羊と牛の中間のような味の串焼きを買った。
それを食べながらルーダスは矢継ぎ早に質問を繰り返す。「ここはなんだ」「超能力は?」「その姿は?」など、その全てに答える頃には日が落ちかけていた。
「ふぅん、まぁ理解できたよ!……で?マオさんはどこにいるんだ?」
「わかんない。けど、この世界にいるのは確かなんだ。」
自分で言ってて絶望的な気分になる。
本来ならこの世界に辿り着いた瞬間に【探知】だの【瞬間移動】だのを使って1分以内に帰るつもりだったのだ。それがこのザマだ。
「えぇ……?「わかんない」って、ボスが言うと変な感じだな」
ルーダスは加えていた串を吹き飛ばした。
串は放物線を描くことなくまっすぐと空の彼方へ飛んでいった。
「おい、変なことに能力を……」
僕は閃いた。僕の能力がなくともコイツの【念動力】さえあれば城の乗っ取り、もといマオちゃん捜索がスムーズになるのではないかと。
地球と違ってこの世界には超能力、改め魔法が認知されているらしいから多少は手こずるかもしれないがルーダスの力ならあるいは――
「うーん、ダメみたいだな」
いつのまにか立ち止まっていたらしいルーダスは串を飛ばした方角を眺めていた。
「何がダメなんだ?」
「いや、こっちにきてからだんだん体の自由が効かなくなってるんだよ。もう歩くのも無理っぽい」
指を振るわせるルーダスが風に溶けるように消えていく。僕は焦った。数少ない友人がゆっくり消えているのだ。脳内を思考が駆け回る。
原因はなんだ。呼び出したせいか?【魔王】ってなんだ?あの時点では召喚的なモノだと確信していた。ではなぜ消える?質量保存の法則?あぁ、わからない。理系に進むべきだった。落ち着け、【魔王】を取得した瞬間を思い出せ。何が起きた?……血が止まった。
……それで?召喚と何も関係ないじゃないか!なんだこの能力!わ、わぁ、どうしよう。そうだ!リーシャン!リーシャンを呼ぼう!彼女が治せば全て解決だ。
「……あれ?」
瞬間、自分の中の全能感がなくなっていることに気がつく。あの一瞬は「ルーダスを召喚できる」と無根拠に思えた。だが今は違う。できる気がしない。
僕はこの症状に心当たりがある。――クールタイムだ。
【瞬間移動】しかり【切断】しかり大なり小なり全ての超能力にはクールタイムがあった。多少違う感覚もあるが、きっと【魔王】もクールタイム中なのだろう。つまりどういうことか……絶望だ。
「ルーダス!!大丈夫なのか?痛くないか?なぁ、おい!」
もう僕には慌てふためくことしかできない。なんとも情けないことだ。
「多分……大丈夫だ、ボス……来る時も……こんな……感じだった……!!」
「早く言えよ」
僕はルーダスを引っ叩いた。だが平手はただ空を切ってルーダスの輪郭を少し崩しただけだった。
「ひっでぇな、ボス……そうだ、遺言…!……リーシャンだけは喚ぶなよ!……じゃあ、また……」
ルーダスはフッと消えた。
おそらく死んだわけではないようで安心だ。
だが最後の遺言はなんだ?彼にしてはタチの悪いイタズラだ。あんないたいけな少女を指して「喚ぶな」なんて可哀想に。
まぁ、初の異世界に舞い上がってしまったのだろう。許してやるか。
「あーあ、どうしようかな」
完全にアテが無くなり不安になってくる。
所持金は金貨1枚も無い。さっきの串焼きが銅貨2枚だとか言ってお釣りとして銀貨9枚と銅貨8枚を返してもらったことを考えると、金貨1枚は1万円と言ったところだろうか。
つまり異国の地で9800円以外何も持っていない。衣食住、全てが欠損しているホームレス状態だ。加えてマオちゃんの手がかりを探す手段もないときた。クールタイムがいつ終わるのかもわからない今、この状況ではすぐにのたれ死んでしまう。
完全に詰んだ。どうしようもない。【魔王】とやらも戦闘特化っぽいし、この肉体が持ってる【発光】なんて何の役に立つんだ……ん?そういえば、この体が寝ていた場所は――
「――はっ!」
神がかった閃きにより歓楽街を駆け出す。
あれがもし寮ならば衣食住全てを賄えるはずだ。そして生活基盤を手に入れれば【魔王】のクールタイムを待ってマオちゃんを探すことだってできる。まさに渡りに船――――突如、すごい力で路地に引き込まれる。
「……なんですか?」
同い年くらいの女が僕の行手を阻むように道に立っている。全くこの世界の路地裏はどうなっているんだ。
「ねぇ、お兄さん。楽しいトコロいかない?」
えっちなお店のキャッチらしい。
日本でも歓楽街でよく見る光景だ。にしてもこんな高校生くらいの娘まで……いや、この世界の成人年齢は知らないが。
「いかない!」
足早に立ち去ろうとするが手をガッチリと掴まれる。
そして掴まれた手は――噛まれていた。




