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3話 【魔王】

下手に動けばこの優男に殺されることは明白だった。

動けない、眉間に押し当てられた剣先が冷たい。いや、そんなことより今この優男、異世界人と……


「申し訳ないですが来てもらいますよ。我々のアジトへ。立ってください。」

優男に促されるまま派手男の元へと戻っていく。


「やぁ!イノジン!ベックはサボりですか?」

優男は屈託のない笑みを向けるが、イノジンと呼ばれたナイフ男は苦虫を噛み潰したような顔を僕へと向けている。そして再びナイフを生成し僕へと切り掛かって――


「……チッ!わかった!降参や!」

何が起こったのかわからなかった。

カットを割ったように後ろにいたはずの優男が消え、今はナイフ男の背中に剣を押し当てている。

前世で数多の超能力を使っていた僕にはわかる。瞬間移動だとか空間転移だとかそんなチャチなもんじゃあない。もっと根源的な……例えば、時間停止とか――


「さ、行きますよ!」

彼は再び屈託のない笑みを浮かべ、溌剌と奥の暗がりへと進んでいく。彼の剣帯が、鞘がガッチャガッチャと音を立てる。ゴールデンレトリバーの散歩のようだ。


「着きましたよ!えーと……異世界人さん?」

暗がりを抜けた先には地下へと続く階段、下ると広大な野原と立派な屋敷があった。そして地下なのに空が広がっている。不思議だ。


「ちょっと、何ですのソイツ?……ハッ!またあなたの大好きな異世界人?今回は本物だといいですけどねっ!」

野原の方から嫌味ったらしい口調で、若い女がツカツカと近づいてくる。先がとんがった帽子に深いクマ。絵に描いたような魔女だ。


「やぁ、ロマーズ!そうなんですよ!今回は絶対!ぜぇ〜たいっ!異世界人だと思うんです!少し視・て・くださいよ!」


「はぁ、あなた今月で何回目ですの?これ結構疲れるんですのよ?」

悪態をつきながらも彼女は僕の両頬をガッチリと掴み目を合わせてくる。そしてブツブツと何かを唱え――


「キャアアアア!!!!」

突然彼女が悲鳴をあげた。


そしてそれに呼応するように屋敷の、草木の、雲の、全ての影が虫のように蠢いて這い寄ってくる。数秒しないうちに僕は陰に囲まれていた。なんだこれは。


何が起こったのか当然のようにわからない。僕の顔がそんなにお気に召さなかったのだろうか。

肩を落とす寸前で彼女は途切れ途切れに語り始めた。


「アルベール……なんてもの連れてきたの……信じられないわ、ソイツ……人なんかじゃない……」


「わ!やっぱり異世界人なんだね?ロマーズ!」

アルベールと呼ばれた優男は静かに興奮している。


「異世界人……ハハっ!そうですわね!……ソイツは異世界の王ですわ!数万の魔法を操って異世界を掌握したイカれ野郎!しかも自力でコッチに来てますわ。それに……気持ち悪い……お゙ぉ」

ロマーズというらしい女は嘔吐した。


”気持ち悪い”と言われてしまった。それも嘔吐するほど。ショックだ。

予想するに彼女の超能力?は相手の記憶を読むことなのだろう。だが正確ではないらしい。僕は数万個も数兆個も超能力は持ってない。僕はFUJIWARAの原西ではないのだ。


「へぇ!大当たりだ!ね、ロマーズ!他には??」


「ねぇ……アンタも魔法の発現条件は知っているのでしょう?数万の魔法なんてどう考えてもイカれてますわ。それにそこの王サマは会話できてるように見えるけど、本人にその気なんてないんですの。私たちの見分けがついてるすら怪しいですわ。悪いことは言いません、殺しなさい」

どうやらロマーズとやらには相当嫌われてしまったようだ。酷い言われようだ。僕はこんなにもいたいけな青年なのに。そんなに僕がお気に召さなかったのだろうか。


「ふぅん……ですって!何か遺言とかはありますか?」

優男ことアルベールは剣を向けてくるが、僕にはわかる。彼は僕を殺さない。

なぜなら彼は今、母親に捨ててこいと言われたカブトムシを軒下の虫カゴに隠す時の子供のような顔しているからだ。

にしても遺言なんて急には思いつかな……あっ


「夏星真央を知りませんか?」

何万回と口にした言葉が出たと同時にロマーズの表情が険しくなり、僕の足元の影が揺らぐ。


「どの口が!その娘はっ――」

ロマーズの怒声に呼応するように足元の影は刺々しい形を取り、僕の全身に絡みついていく――


――


――――


「……っ!?はぁ?」

突然景色が変わった。先程まで快晴の下で影に絡みつかれていたのに今は石壁に囲まれた部屋にいる。家具も窓も扉もない。地下の牢屋って感じだ。腕と足首に鎖……完全に囚人だ。


この一瞬で景色が変わる感じ、瞬間移動を使った時もこんな感覚ではあるが、当然僕はそんなもの使った覚えはない。というか使えない。ならばやはり……


「ふぅ……危なかったですね!」

優男が背後に現れた。


「あの、ここは?」


「あぁ!キミを飼うことにしたんですよ!流石に異世界の知識、殺すには勿体無いですからね!」

優男は爽やかに笑っているが内容はおぞましい。僕が口をポカンと開けていると畳み掛けてくる。


「それにキミは自分で来たらしいじゃないですか!まずはどうやってきたのか教えてくださいよ!その体はキミのです?」


「体…?」

この体は誰のものだ?深く考えなかったが確かに気になる。僕は元々の体である「安堂 勇」から魂を抜き出してこっちに来たのだ。魂は安定を求めて勝手に器、つまり自我が芽生える前の赤子か胎児に入り込むはずだった。それがどうだろう。今はこの青年の中にいる。彼の魂はどこへ行ってしまったのだろうか。


「……あぁ、キミの体じゃないんですね。『イジス・マニャ』来週から魔法学院に入学ですか。優秀なんですね。彼。」

またいつの間にか優男が移動していた。今度は僕が寮からパクってきたリュックを漁っている。


「へぇ、そんな名前なんですね。」


「えぇ、この国ではちょっと珍しい名前ですけどね。そして魔法は……あっと、ハズレですね。【発光】らしいです。おや、両親は他界してるんですね。」

優男の情報は濁流の如く押し寄せてくる。


「それより、あなた達は何なんですか?」


「私たちですか?私たちは”英雄”……あ、いや、”教会”でしたっけ?まぁ、そんな感じの団体です。この腐敗した世界を……正す……みたいな行動理念だったはずです。私は研究ができれば何でもいいんですけどね」

優男は要領の得ない説明をする。

僕としてもどうでもいいが取り敢えず、すぐには殺されなさそうで安心した。


「あの、そろそろ外行きませんか?この世界のこと知りたいんです。」

早くここから逃げたくて嘘をつく。この世界に興味なんてない。僕はマオちゃんを探したいだけである。こんなところにいる時間は無駄なのだ。大人しくしていても1週間は拘留されてしまうかもしれない。大幅なタイムロスだ。


愚問をあしらうように優男は首を傾げる。

「えっ?出しませんよ?あなたがどんな魔法を持ってるかわからない。また”異世界の知識”に逃げられると困るんですよ。我々も入り用でね。」


「……は?いやいや、あなたが僕の魔法は【発光】だって言ったんじゃないですか。逃げませんよ。早く出し――」

詰め寄るも一瞬にして優男は部屋の隅へ移動した。


「えぇ、言いました。ですがそれは”その体の持ち主イジス・マニャ”の魔法です。キミの魔法はわからない。」


「何言ってっかわかんねぇ……僕に魔法なんてないですよ……」


「へぇ、嘘……とも言えないですね。キミの場合はイレギュラーですから。少し魔法の講義をしましょう。魔法とは精神と体どちらに宿ると思いますか?」


「……体」

この会話を終わらせるために渋々答える。

だが当てずっぽうに答えたわけではない。この世界に来てから僕の超能力のほとんどが無くなったことを考えれば当然の答えだ。魔法も超能力も同じようなモノ、大判焼きと今川焼くらいの違いだろう。


「ご名答!さすが異世界の王サマだ。その通り、魔法は体に宿ります。それはどこか、脳です。」


「脳……?」

高校生の時にくだらないテレビの番組で見たことがある。松果体がどうのこうの言ってたはずだ。だがすぐに科学的に否定されていた。……こいつスピってんのか?


「えぇ、そうです!芋虫がそのうち空を羽ばたくように我々も追い込まれると進化するのです!いや?変態と呼ぶべきですかね?……とにかく!脳の形が変形して特別な力を得るのですよ!当然、生半可な負荷では魔法は得られません!……ですがキミたち転生者はそれらをクリアしています!人間が最も負荷を感じる瞬間!それが――――死です。キミもこちらに来た時その半生に相応しい【魔法】を得たのではないですか?」


「……」

色々と合点がいった。

確かに僕が最初に超能力を得たのもマオちゃんがいなくなった日だった。死よりも苦しい絶望を僕は忘れない。そして再びそれが押し寄せている。濁流に飲み込まれたように呼吸が苦しい。


コイツのせいでマオちゃんに会えない?僕が弱くてコイツに勝てないから?【魔王】が使えない、弱い能力だから?違う違う違う違う。


「ね、出すわけにはいかないでしょう?申し訳ないですがココとさっきの地下教会以外には金輪際行けないと思ってください。ですが安心してくださいね!キミの望むものは大体叶えますから!富!女!料理!贅のかぎりを尽くして――」


「違う、【魔王】はそうじゃない。」

一筋の涙が右頬を伝った。

2人の思い出を冠した魔法が「止血」に留まるはずがない。そんなことはありえない。


「え?」

優男はポカンとしている。


「マオちゃんが……言ってたんだ、魔王は……」

かつてのマオちゃんとの初会話はお互いの魔王像についてだった。マオちゃんが言っていたんだ。


『私の魔王はね、仲間がいっっぱいいて――』


「『負けないんだよ』」

【魔王】を発動させる。まるで生まれた時からできることのように呼吸よりも自然に使える。効果は知らないがきっと――


「――おぉ、ボス!久しぶり……およ?なんか…腑抜けた?」

僕をボスと呼ぶ緑髪の青年が壁から生えるように現れる。

かつて地球上でマオちゃんを探している最中に拾った4人のうちの1人。軽薄が服を着て歩いているような男。ルーダス・ジャグンに命令する。


「久しぶりで悪いんだけどあの優男、捕まえろ」

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