36話 [おかけになった電話番号は現在使われておりません]
糸目女とぶつかると、記憶の濁流が押し寄せてきた。
記憶の視点はいくつかあった。だが全てロクでもないものだった。
僕が「マオちゃん」というイマジナリー彼女に話しかけ続けたり、「マオちゃん」の分の甘ったるい缶チューハイを買ったり、「マオちゃん」を探して世界を乱したり、架空の犬を散歩させたり。
異世界に来てからも「生きる理由」あるいは「大義名分」として『教会』に復讐を誓ってみたりしたがもうたくさんだ。わけがわからなくて気持ちが悪い。今すぐ舌を噛み切って死んでしまいたい。
そうして魂が黒い波の中でうずくまって小さく、小さくなっていくのを感じた。
[おかけになった電話番号は現在使われておりません]
――
――――イジス・マニャ復活
「!……はぁっ、はぁっ!んっ?ここは?あれ?!サルバドーリさん?!」
息が詰まるような感覚を振り払うように跳ね起きる。
地面は赤黒く濡れた草原、周りには知らない男の人と、知らない女の人とサルバドーリさん。おや、この赤黒いのは……血だ!なにこの状況、怖い!!
「マニャ!!!」
念願叶ったかのような満面の笑みでサルバドーリさんが駆け寄ってくる。
「サルバドーリさん!」
よくわからないままボクも駆け寄る。そして手を取り合って謎の喜びを分かち合った。
「マニャ!ほんとにマニャだ!待って、操られていないかい?昔決めたサインがあったろう?」
「1,2…」
サルバドーリさんとサインはウインク3回。
「3……4,5,6,7,8,9」
「ぎゃはははっはははは」
サルバドーリさんは手を掴んだまま笑い転げた。
「サルバドーリさん!」
「マニャ!」
「サルバドーリさん!ねぇ、サルバドーリさん!」
「マニャ!なんだい、マニャ!」
「いや、何ですか。これ」
手を振り払って詰問を始める。
知らない男の人は両手が無く、ボクと目があった途端に項垂れてしまった。女の人の方は地面に倒れたままだ。こんなイカれた状況では盛り上がれない。
というか、そもそもボクはサルバドーリさんに稽古でボコボコにされ寮で生死を彷徨っていたはずだ。ここはどこだ?食堂にしては暗いし何だこれ。
「うーん、どこから話せばいいかな……」
「最初からお願いします!」
「最初、うーん。君がどこから『魔王』に乗っ取られたかわからんから何とも。マニャ、最後の記憶は?」
「乗っ取り……?ボクの記憶があるのはサルバドーリさんに修練場で殺されかけたあと、寮のベッドに突っ伏したとこまでです!」
「こらこら、人聞きが悪いよ。新しい魔法が欲しいから追い込んでくれって言ったのはマニャだろう?」
「や、確かにそうですけどまさか【英雄変幻】まで使うと思わないじゃないですか」
「悪かったって。いや、そんで治療できる人呼びに行ってる間にマニャがいなくなってたんだよ」
「はぁーん、ならやっぱりその時に何かあったんですね」
血染めの草原、俯く男、動かない女。全ての答えを期待してサルバドーリさんの言葉を――待つ。
――
――――
待たなきゃよかった。
異世界を統べた人間、『魔王』がボクの体を乗っ取ってバルフラ王国を壊滅させた挙句に『教会』も敵に回しつつ、イリス連邦に来て酒場を開こうとしたと聞かされた。
「えっ、異世界を統べた人間、『魔王』がボクの体を乗っ取って故郷、バルフラ王国を壊滅させた挙句に『教会』も敵に回しつつイリス連邦に来て酒場を開こうとした……って聞こえたんですけど」
「そう言ったね」
「そう言ったんですか……」
妙な脱力感に襲われて天を仰いだ。
数秒、そのままポケッとしていると本懐を遂げていることに気がつく。
「おおおお!!!サルバドーリさん!!そうなると!ボク!魔法が増えてるんじゃないですか?!」
「うん、そうだね。『魔王』が使ってたヤツとマニャの【発光】が使えるはずだよ」
「やっったぁ!!!【発光】なんてゴミですよ!ゴミ!もうランタン君なんて呼ばせません!それでそれで?!『魔王』は何を使ってたんですか?!」
サルバドーリさんの肩を揺らしながら激しく問いかける。ザルバさんは風に吹かれる草のように目を細めてグワングワンと衝撃に身を委ねている。
「さぁ?何だか変な形の武器を持ってたよ。詳しく知ってるのはそっちの『敬意』ちゃんだね。起きたら聞いてみるといいよ」
若干、テンションが下がった。
異世界を統べた人間が使う魔法はどんなものかと期待していたが武器系の魔法だとは。拍子抜けだ。せいぜい「トップ級」と言ったところか。生死を彷徨ったにしては残念な結果だ。
「これからどうします?ボクはバルフラに帰りたいんですけど……イリスにいると思うとなんか落ち着かなくて」
「そうだよね。でもバルフラは『魔王』が壊滅させちゃったからなぁ」
サルバドーリさんが青い前髪をかき上げる。
こういう時、必ずと言っていいほど何か隠している。
「サルバドーリさん、何か隠してるでしょ?ボクは焼け野原になってたってバルフラに帰りたいんですけど?」
「あーあ、やっぱバレちゃうか何でだろ。そうだよ。バルフラは今、国土だけじゃなくて政治的に不安定だ。『勇者』がそれに目をつけた」
「ゆうしゃ……?とは?」
初めて聞く単語に嫌な予感を覚えつつ。サルバドーリさんに話の続きを促す。この時、両手のない俯いた男の目に妖しい光が灯ったのに気がついたが、特に気に留めなかった。
そのことをしばらく経って後悔するとはこの時、思いもしなかった。




