34話 糸目キャラの強点
ロングトンカチを担ぎ、店へと押し入る。
字面だけ見れば最悪だが僕はここのオーナーだ。問題ない。
キッチンを抜けてホールへ出るとニチュカ、ウティカと糸目女が向かい合い、それをカウンターに腰掛けた勇者が退屈そうに眺めていた。
「まぁ、自ら戻ってきたんですか?魔王」
糸目女の一言で全員の視線がこちらへと向く。
「まぁ、僕の店と仲間奪われたまんまじゃ困っちゃいますから、ねっ!」
真正面からトンカチを振るうが、躱され、横っ腹を殴られる。魔物との戦闘は基本的に不意打ち一撃で終わるのでこんな鈍痛は今の安堂にとって生まれて初めてだった。
よろよろと後退りしてトンカチを杖のように立て、糸目女を睨むと彼女の手にはメリケンサックのようなものが嵌められていた。
「はぁ……はぁ、聖職者がそんな野蛮な武器使っていいのかよ……」
「えぇ、教義にはなんら反しません。我らの英雄も同じようなことをしていましたから」
「ふぅん、そうですか」
必死に頭の中で自分の手札を整理すると名案が思いつく。
僕は数歩下がって3秒間、彼女を睨みつけてから目を閉じた。瞼の裏には今の光景が鮮烈に残っている。
「【発光】」
店内全体を光らせる。もちろん壁や床だけではない。ロングトンカチ、衣服、肌。あらゆるものは光に包まれて見えなくなった。
今、全員の視界が平等に封じられている。
だが問題ない。僕は数秒前、瞼に焼き付けておいた光景を頼りに一歩踏み出す。二歩目でトンカチを振り上げ、三歩目で振り下ろす。
両手が痺れるほどの確かな手応え――と鈍い金属音。
「嘘だろ……見えてなかったはずだろ?」
目が慣れてきて最初に飛び込んできたのは拳を天高く掲げ、トンカチをメリケンサックで受けている糸目女だった。
「えぇ、見えていません。今も、昔も、これからも。私は英雄が堕ちた時に目を閉じてしまいましたから。」
「おいおいおいおい、まじかよ。糸目とかじゃなくて本当に目閉じてたってことかよ?」
万策尽きてしまったが逃げ出したくない。幸せを諦めない。好き勝手生きてやると決めたばかりだ。
考えろ。足掻け、どうする。
「もう、諦めていただけませんか?抵抗しなければ楽に殺して差し上げますよ。」
「……うるっさいなぁ!俺はニチュカもウティカもこの店も全部諦めない!俺はもう欲しいものを諦めない!お前らが出て行ってくれ!そんで――この店から出禁だ!」
啖呵を切りながらイメージを膨らませる。
今のものと同じ大きさだが、より重いトンカチ。受け止められないほどの重さ。密度を高めるイメージで正確に……
スプーンを落とした時のような甲高くて長い金属音が思考を遮った。目線をやると勇者が立ち上がっており、足元には倒れた剣。
「……驚いた。そう、そうだ!魔王ってそんな感じだ!もう少し、もう一声!」
神宮寺は獣のように低い姿勢で剣を拾い上げながら突進してくる。
「クソっ……なんなんだよお前は!」
糸目女に振り下ろすはずだったトンカチを神宮寺の方へと振り下ろす。
少し早かったようでトンカチは命中しなかった。だが床板は轟音をたてて弾け飛び、衝撃波は神宮寺を退けた。
お互いに床の穴を挟んで睨み合いになった途端、糸目女が声を張り上げる。
「時間です!『尊厳』さん!退避を!」
瞬間、何もない空間から銀髪の男の子が湧く。
「うへぇ、何この状況ー?」
「早く!」
店内を物珍しそうに見回し、いまいち緊張感に欠ける声で銀髪が問い返す。
「早くったって、炎使いの彼は?」
「わかりません。ですが退避を!――【英雄】が来ます」
「うぇ?!……うへぇ、マジ?」
「えぇ、船に置いてきたのですがそろそろ目覚める時間です。急いで!」
「おん、じゃあ、行こっか」
銀髪が揺れて糸目女と勇者が一緒に消えた。
察するに銀髪少年は【瞬間移動】とかの魔法が使えるのだろう。というか【英雄】ってなんだ?仲間ならなんでアイツらは逃げたんだ?
トン、
トン、
ドン、
「……!?」
逡巡を嘲るように、ドアが3回ノックされた。
英雄とやらは礼儀正しいようだ。
僕は口角をニッと上げてドアノブに手をかける。ドアノブがカタカタと音を立てるのは僕が震えているからだろうか。……クソっ。なるようになれよッ!
扉を開けると、目の前には青髪の青年。この大人しそうなビジュアルは大学の軽音サークルとかにいそうだ。ベーシストあたりだ。まぁ、大学のことなどほとんど覚えてはいないが……
「よぉ!アンタが【英雄】ですか?どーも!お引き取りください!ニチュカ、塩持ってこい!塩!……そうだ、ウティカは降谷の治療してやってくれ!裏口に倒れてる!」
半分やけっぱちになった僕を【英雄】サマはにこやかに見守っていた。風で片目にかかる青髪が揺れ、目が合う。
そこに敵意はなく、優しさ、慈しみ、とにかく僕の語彙では説明できないような慈愛の表情があった。
これは、なんというか、初対面の人間に向ける表情でない。まさか……
「アンタ……マニャの知り合いかなんかですか?」
「うん、そうだよ。あの胡散臭い女は知らなかったみたいだけど、マニャと僕は師弟なんだ。それで、弟子を迎えにきたんだけど……マニャの魂はどうなってるのかな、それ?」
「よくわかんないけど乗っ取っちゃいました!」
……とは言えなかった。PKを外したサッカー選手のように、ただ俯き、腰に手を当てる。
「なんで無言なんだい?マニャは無事なのか聞いてるんだけど」
「えぇっと、なんていうか、その……」
「なら質問を変えるよ。マニャ……その肉体本来の魔法はなんだい?」
「え?あ、マニャさんが持ってた魔法ってことですよね?……スゥー……っと」
僕は記憶が消えている。止血したり召喚したり武器作ったりできるがどれが誰のとかよくわからない。まずい、なんだか不穏な雰囲気だ。この選択肢をミスるとまずい気がする。
「――【発光】です」
靄を裂くように緑髪の少女が一歩躍り出る。これほどまでにニチュカに感謝した日があるだろうか?いや、ない。この世界で目を覚まして以降、ちょっと頭の足りない妹のように扱っていたことを謝罪しなければならないようだ。
「……は、はぁ?じゃあ――私が直々に手伝ってやったのに失敗したってのかい?……ちっくしょー、髪色がなんか濃くなってるからもしかしたらと思ったんだけどねぇ」
一人でに狼狽え始めた【英雄】は顔を覆い、よろよろフラフラしている。
「はぁ……今キミを殺したところでマニャは帰ってこなさそうだね。わかった。手を尽くすよ。その時、マニャを返してくれ。そうしたら見逃してあげるから」
そう言い残し、英雄はおぼつかない足取りで港へと消えていった。




