33話 犯行動機はそんなものでも
「ふぅ――道を歩いてたんだ。なんともない道だ。歩道と車道が足首くらいの高さのコンクリートブロックで仕切られてる普通ぅーの道。歩道は狭いけど人がすれ違えるくらいの幅があるんだ。そしてある日、一人で歩く俺の正面から二人組のサラリーマンが来た。普通だったらサラリーマンが一列になって俺を避けるよな?けど、そうはならなかった。二人は道に広がったまま歩き続けた。そして俺は彼らが避けないもんだから車道に出るしかなかった」
「は?」
僕に気を留めることなく、勇者は話し続けた。
「大学に進んでからは電車を頻繁に使うようになった。大学は都内にあるから人の多い駅を使うことになるよな。そうするとなぜか老人が、ベビーカーが、OLが俺の前に割り込んでくるんだ。 奴らは駅に着いて扉が開く瞬間、扉の前にいる俺を押し退けて我先にとエスカレーターを目指す。そのくせエスカレーターでは立ち止まるんだ。そして改札の前でもたつく。こうやって俺の邪魔をするんだ。死んだほうがいいよな?そうにきまってんだ!――と、いろいろ話してみたが一言でまとめるなら、鬱屈としてたんだ。だけど魔王が全部壊してくれた!人々は道を譲り合い、互いにリスペクトを持ち始めた!俺は感謝した!……だが今の魔王は記憶が消えて腑抜けたというじゃないか!だから盛大に尊敬の念を持って殺してやろうと思った!だというのになんだ?記憶が消えてるのはまだいい。そうじゃなきゃ俺は勝てないからな!けれど俺の!仮にも尊敬した人間がこんなにプライドのない奴であったことが残念でならない!!――ひっそりと勝手に死んでくれ!殺す価値もない!」
「なんだよ……それ」
膝をついて呆然とする僕に神宮寺は失望の目を向けてくる。腹の底にマグマ溜まりができたかのような不快感に襲われる。歯をギリリと噛み締めると赤髪短髪男が口を開く。
「じゃあさ、じゃあさ!こいつ、俺が殺してもいいかっ?!」
興奮する彼がマッチを擦ると、炎は形を変え、1匹の竜となった。龍は眼前まで僕に迫ると大きく口を開いた。
そして僕を一息に飲み込もうとする寸前で、竜は揺らいで消えた。
「お兄さん!逃げて!!」
声の方向に目をやるとニチュカが赤髪に体当たりしていた。
僕は弾かれたように身を翻して、這うように走り出した。夢の中で走っているかのように、うまく力が入らない。3歩走っては転んで、両手で地面を押して立ち上がり、また転ける。
呆然として動けないウティカが目に入るが構う余裕など無い。手足をバタバタと動かしながらキッチンに駆け込んで、裏口から這い出る。
「くそっ……くそっ!!」
情けない。情けない。だけど仕方ないじゃないか!
僕は這い出た先の芝生で仰向けになった。逃げなければならない。だが動けない。体力はまだ残っている。手足をがちぎれたわけでもない。――腰が抜けたのだ。
自分の情けなさに打ち震えながら、空を仰いで泣いた。泣いて、泣いて、体が起こせるようになったところで、上から声が降ってくる。
「意外と近くにいたな!あの時のお返し……だッ」
彼が再びマッチを擦ろうとするがピタリと止まった。そしてマッチは箱ごとパラパラと地面に広がり、数秒遅れて赤髪男も倒れた。
「――するってぇとあれかい?ギリギリセーフってヤツかい?」
倒れた赤髪男の後ろには血が滴るナイフを咥えた降谷がいた。
降谷はボロボロで両腕がだらんとぶら下がっている。赤髪男は急所を突かれたらしく、ピクリとも動かない。
「あぁ、ああ!!降谷!」
旧友の助けに心から感謝した。
「でけぇ声出すなよ大将、骨に響く」
「うん、うん!ごめん、ごめんな。よかった、お前だけでも無事でよかった!に、逃げよう!早く逃げよう!……なっ!」
降谷の足を掴むと、勢いよく振り払われた。
「……甘ったれるなよ、安堂。まだお前の家族が戦ってる。それを見捨てて逃げるほど、お前は情けない奴じゃない。ガキの頃、お前と知り合ったときは「マオちゃん」ばっかでしょうもねぇ奴だと思った。けど中学に上がって真相を理解した時は震えたよ。短期間だとしても俺の才能を騙した奴は初めてだった!そんな男が小さくまとまるな!」
頭上から降り注ぐ言葉たちはひどく不愉快だった。
「うるせぇよ……僕は!昔のことなんて覚えてないんだよ!「マオちゃん」って誰だよ!日本でのことなんてほとんど思い出せないんだよ……僕は、お前が言うような勇敢な男じゃないんだ」
「んなこと言ってねぇよ!安堂!お前は勇敢じゃない!陰湿で気持ち悪くて、狂った男だ!そんなだから俺は騙された!生まれて初めて……負けたんだよ!!でもそんなお前が今、陰湿通り越して腐ってる。そんで俺の才能は「安堂は二度と立ち上がらず惨めに自殺する」って予想してる。だから頼む、もう一度、俺に勝ってくれ。俺を救ってくれ親友!」
「そんなこと言われたって、お前を倒したような奴らに僕が勝てるわけないじゃないか」
「勝てる。今、勇者はやる気を失っている。糸目女は戦えるが決定打が無い。それに俺は負けてない。現に赤髪は俺が殺した!……なぁ、親友?お前の幸せを阻む障壁なんてどこにあるんだ?」
降谷が手を差し伸べてくる。そして続ける。
「俺の親友であり続けてくれ」
僕は思わず手を取った。
――そのまま体重を後ろにかけてやると、降谷が倒れ込んでくる。そして横っ面を殴ってやった。
「お前も、勇者ってヤロウも好き勝手言いやがって!あぁ、わかった!わかったよ!お望み通り、好き勝手生きてやる!今から全員助けて強制ハッピーエンドだクソが!」
立ち上がって店の方へ向き直ると、店から数メートルしか離れていなかったことに気がつく。空は快晴。熱気がまとわりついて、少し汗ばむ。
「【武器生成】」
僕は柄が1メートルほどあるトンカチを作った。




