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32話 タメ

降谷が飛び出して1時間くらいだろうか?誰も帰ってこない。買い出しに出たニチュカとウティカすらも帰ってこない。木の温かみのある店を作ったのだが、今は少しだけ寒い。


「あけっ……開けて!はやく!!」

木製のドアが割れんばかりに叩かれる。


「ウティカ?」

少し警戒しながらも扉に近づく。その間も平均より少し低い声ががなりたててくる。


ドアを開けてやるとウティカが倒れ込んできた。

反射的に抱きしめると橙色の髪の毛が細かく震えている。

これまでの人生、こんな場面に遭遇したことないのでどうしたらいいかわからない。

僕の腕の中で号泣する顔の良い同居人。こんな時、どんな顔したらいいかわからないの。

心の中で丁寧に言い直してみたが状況は変わらない。


「……どうした?」

笑うわけにもいかず、自分の出せる限りの柔らかい声で訊ねる。


「ニチュカが……ニチュカが勇者に殺されちゃう!」


「勇者?」

僕が恥ずかしげもなく魔王なんて名乗るから 勇者が来ちゃったってか?面白くもない……いやちょっと面白いか。だが「殺される」とは穏やかじゃないな。


「ねぇ、早く助けに行って?!アンタ強いんでしょ?!」

嗚咽混じりに泣きつかれる。状況がわからない。怖い。僕の麻の服は涙と鼻水でベチャベチャだ。汚い。だがそんなの気にならないほど腹の底で何かが沸騰している。


「……わかった」

ウティカを座らせて、扉の前に立ち、拳を握る。

「だッ!……いっ……てぇ!!」

僕の決意は勢いよく開かれた木製の扉一枚に砕かれた。


「お兄さん!!早く逃げて!」

「切羽詰まった」という言葉がここまで似合う人間もいないだろう。鼻を抑えてうずくまる僕にニチュカが喚き立てた。


「……なんなんだよ、ほんと今日は……説明!説明してくれ!」

癇癪を起こした僕に返事は無く、扉がキィっと軋んだだけだった。


――


――――

ニチュカから説明を受けた。

教会の連中が攻めてきたこと。僕を探していること。ニチュカが殺されかけたこと。今、降谷が応戦していること。全て理解した上で口から漏れ出た。

「あぁ、そう。怪我はないか?」


「……は?なんで?お兄さんの親友が死にかけてるんだよ?!親友はもう家族だよ?なんでそんな平然としてるの?!」


「……?降谷が戦ってるんだよな?」


「だからそう言ってんじゃん!」


「あぁ、じゃあ大丈夫でしょ。降谷だし」

まだ「魔法」とやらに詳しいわけではないが降谷が対処しているのだ。なんの問題もない。彼ならきっとゴジラ相手ですら五体満足で帰ってくる。

こうなってくると目下の不安は料理が冷めないかどうかだ。


「……降谷は大丈夫だよ」

未だ激昂が抑えられないといった表情のニチュカをウティカに預けながら焼き鳥を焼き始める。


――もう何本目だろう。

焼き鳥ピラミッドが3段目に差し掛かったってのに降谷が帰ってこない。

勇者とやらの珍集団に降谷が殺されてしまったのではないかと嫌な予感が走るがかぶりを振る。神童、彼に限ってそんなはずはないのだから。


その時、けたたましく扉が叩かれる。

やっと帰ってきたのだろうか?――それにしては扉を叩く音がやけに力強い。テンションが上がっているのだろうか?

「開店前なんだから壊すなよ?……そんで勇者はどう……は?」

軽口を叩きながらドアを引くと、目に飛び込んできたのは黒髪短髪の男と糸目の女。


「お久しぶりです。魔王」


「――っ!もう!お兄さん!逃げて!!」

ニチュカが叫び、ウティカが僕の腕を引くが体が言うことを聞かない。


「……おい、おいおいおい!降谷は?!降谷はどうした?!」


「降谷?……あぁ、あの青年ですか。廃人にしておきました。二度と自我を持つことはないでしょう」


ありえない。降谷だぞ?あの神童がやられた?いや、廃人になった?何言ってんだ。

「ははっ、廃人?アイツが?どうやって?」


「適当な人間の記憶を流し込みました。何か勘違いしてるみたいですが過負荷がかかった時、普通は髪が抜け落ちたり、感情が壊れたりで廃人になるんですよ」


「はんっ!普通の人間はだろ?アイツは天才だ!麒麟児なんだ!そんなことで壊れない!」


「いや!彼は壊した!両の鎖骨を断った!他の骨も数本折れてるだろう!その上で精神攻撃だ!最後は呻くこともできずに動かなくなったぞ!」

黒髪短髪の男が割って入ってきた。ガタイはよく、ラガーマンのような出立ちだ。右手に握られた剣が鈍く光を放っている。説得力とでもいうべきか。信じざるを得なかった。


そしてその彼の言葉に僕は恐怖した。

反骨精神も立ち上がらず、ただ恐怖した。彼らがここまで辿り着けていることを考えれば彼の言葉に嘘はない。

それすなわち、降谷が負けたことを意味する。僕の英雄がボロ雑巾のように負けたのだ。

足は竦んで、咬合筋が痛むほど歯を震わせた。

「ご、ごめんなさ……」


膝をつこうとしたところで目の前に剣が突き立てられる。

「ふざけるな!魔王!お前が……!お前がこんなにつまらない人間だと思わなかった!世界を乱した大悪党がこんな……!こんな!」


ここから3分にわたる神宮寺の独白が始まる。先ほどまでと違い語気は強くなく、バーで語っているかのように落ち着いていた。だというのに彼の内なる怒りが気迫となり、ニチュカもウティカも僕も逃げ出すことはできなかった。

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