30話 降谷の能力
大将の店から数十分歩くと泣きながら走るウティカ嬢が遠くに見えた。俺には気が付かなかったらしい。
さらに数分歩くと首根っこを掴まれているニチュカ嬢を見つけた。
「おい、兄ちゃん!何してんだ!」
声をかけると黒髪の男がこちらに顔を向ける。
ツレの糸目の女と赤髪の短髪男も数拍遅れてこちらに注目してきた。
「――む!その見た目!君も日本人か!!」
まさかとは思ったが予測通りだった。
全く、この才能は俺に不幸をもたらしすぎている。
「あぁ、そうだ。そういうアンタは噂の『勇者』ってヤツかい?するってぇとあれかい?ウチの大将……『魔王』を倒しにきたってことで合ってるかな?」
「ほう、話が早くて助かる!その通りだ!俺の理想の世界を壊すなら化け物でも殺して見せる!そしてお前が魔王だな?姿形が違うようだが想定通りだ!」
勇者は剣を引き抜き、構える。
剣自体に細工は無く、魔法を使うそぶりもない。
大将が居酒屋を作り始めてすぐの頃、他国で勇者が召喚されたと聞いた。そしてその国は記憶喪失前の大将が荒らした国だとニチュカ嬢に聞いた。
「荒らされた国」「魔王」「勇者」とくれば俺の才能がなくとも誰だって先の展開は予測できる。
ま、ピンポイントで襲来を予測できるのは俺だけだろうが。
「まぁ待てよ、兄弟!俺は魔王じゃねぇ。仲間ではあるがな!俺の名前は降谷ユウシン!アンタは?」
「神宮寺 聖也だ!……待て!なんで魔王の仲間がここにいる?魔王は今記憶が消えてるはずじゃないのか?ストレスが源になってる魔法は使えないはずなんじゃないのか?!」
神宮寺の構えた剣先が少し揺れる。
「それは半々だな。一度変質した脳の形は変わらない。だから魔法は使える。だが【魔王】は使えなくなってる。おそらく【魔王】ってのは「『自分のもの』を引き寄せる力」だ。だから記憶が消えている状態ではほとんど使えない」
両手をあげて敵意がないことを精一杯伝えてみせる。
「でも記憶は完全に消えちゃいねぇ。うっすら残ってるっぽい。特に俺なんかは小学校からの付き合いだから覚えてくれてたみたいなんだ。これがアイツの記憶が消えているのに俺がここにいる理由だ。満足いただけたかい?」
「理由はわかった!だがなぜ全て話した?!」
「――アイツ、俺のこと「フリヤ」って呼ぶんだよ。しかも変な喋り方してみても何も言っちゃくれねぇ。」
「なるほど、つまり魔王は魔王だったことを忘れてるから見逃してくれと?!」
「そうだ。アイツは自分を普通の大学生だと思っている。だから頼むよ兄弟。ほっといてやってくれねぇか?アイツは「マオちゃん」なんてくだらねぇモンから解放されたんだ。頼むよ」
「――いけません」
ずっとダンマリだったツレの糸目が口を開く。
それに伴い、ニチュカ嬢が暴れそうだったので先んじて止める。
「勇者よ、魔王の記憶は必ず戻ります。それがいつかはわかりませんが、必ず」
「そうか!だがそれはあまり関係ない!魔王は俺の意思で殺す!たとえ記憶が消えていたとしても!」
「……わからずや共め」
側から見れば勇者の決意の動機はわからないだろう。
だが俺の才を持ってすればわかってしまう。そしてコイツは曲がらねぇ。
会話が途切れ、緊張が走って、冷たい風が吹いた。
「大将に知らせろ!」
嬢を解き放って首を脱力した。
一瞬、神宮寺が視界から消えて、俺の頬を剣が薙いだ。
首を脱力していたおかげで頬の薄皮1枚で済んだが危ないところだった。
「どうやって避けた!」
神宮寺は振り切った剣を正面に戻しながら声を張り上げる。
「クールタイム稼ぎってやつかい?見え見えだよ」
距離を詰めて右のローキック、そして当たらないジャブを打ち込む。怯んだところに左のブロー。――飛び退いて自分の膝を抱え込み、丸くなる。
瞬間、鎖骨に鋭い痛み。肩から袈裟斬りされているようだが鎖骨で止めることに成功したらしい。やはりコイツの能力は俺の予想通りだった。
だが劣勢であることに変わりはない。鎖骨は断たれてほとんど動けない。
だからなんだ。動けないなら口を回せ。少しでも時間を稼いでニチュカ嬢を逃がせ。今の安堂にはあの娘が必要だ。「マオちゃん」なんて虚像から解放されたアイツは幸せになれるから。
「……ははっ!アンタの【時間停止】は止まってるものには攻撃できないんだろ?だからこんなことになる。血湧き、肉踊る!!さぁ!……さぁ!!あと5秒だッ!!……避けろよ?!」
体が痛む。本能が動くことを拒む。だが、なんとか抗い、正座をする。
「5ッ!」
両手で地面を派手に叩き、血を撒き散らす。
「4……ッ!」
そこから両手を掲げ、打ち鳴らす。
「さ、3!」
両手を掲げたまま膝立ちになり、声を張り上げる。
これがカウントダウンであることに気がついた神宮寺はギョッとして飛び退く。意識が飛びそうだ。
「2!」
左手を下ろして、右手を前に突き出し、人差し指を神宮寺に向ける。
彼は完全に動きを止めた。【時間停止】を自分に使ったのだろう。確かに最強の防御体制だ。だがカウントダウンは止めない。
「1ッ!!」
冷たく乾いた風が吹いた。
地面が垂れた血を吸って赤黒く染まっている。ツレの糸目女と赤髪の男は神宮寺の後ろに隠れた。意味などないのに。
「――0!」
さらに右の中指も起こす。完成したのはピースサイン。残念ながら俺には必殺技などない。……だがニチュカ嬢は逃した。俺の勝ちだ。
再び、凶刃が俺を襲った。




