27話 プライド
「慣例ですから」
糸目の女はそんなことを言って神宮寺の襟を掴み、『尊厳さん、謁見を』と言うと銀髪マッシュの男が何もないところから現れた。
「ふぅん、コイツが救世主?」
銀髪は黒装束のシワを伸ばしながら気だるそうな顔を神宮寺に向ける。
「えぇ、すでにラスト級の魔法を3つ与えています」
「げぇっ、本当に人かよコイツ。気ん持ち悪りぃ」
「過酷な世界出身の御方ですから」
「そ、別にいいケド。で?謁見?」
「えぇ、そうで――」
「おい!この子供はどこから出てきた!これも魔法か!」
不思議な状況に耐えきれず神宮寺は堂々と尋ねた。可哀想なエピソードを見せられ続けて鬱屈していたのもある。
「うわっ、声がデケェな。トんでるタイプかよ。はぁ……もう関わりたくないねっ!」
銀髪が揺れると一瞬にして景色が変わった。何本もの白い石柱、仕立てのいい赤い絨毯。
数秒呆けながら辺りを見渡すと豪華な椅子に座る老人と、それに片膝をついているガルフミーユ。どうしたらいいかわからず、神宮寺もガルフの真似をした。
「よい!畏まるな。象徴たる王都が更地なのだ。我ももう王とは言えん」
中年の男が口を開く。
だがガルフは姿勢を崩さない。そんな姿に王はため息を一つ吐き出し、神宮寺に向き直る。
「時に貴殿、名前はなんと申す?」
「はい!日本橋大学から参りました!神宮寺 聖也です!本日はよろしくお願いします!」
権力者特有の圧に条件反射で返事をしてしまう。就活とはなんで悪しき文化なのだろうと神宮寺は心の中で毒づいた。
「ほう、神宮寺か。神宮寺よ、頼む。この国を、この世界を救ってくれ」
「私からもお願いします」
ガルフも深々と頭を下げる。
彼らの目的はわかっている。地球とこの世界を繋げようとする『魔王』の排除だ。
そして先ほど記憶の授受で知ったが、ガルフは王に忠誠など誓っていない。教会のスパイとして騎士団に所属しているのだ。だが彼女は目的のために土下座までしている。「教会」と「騎士団」、水と油のような彼らが【魔王】のために団結しているのだ。
神宮寺は感動を抑えきれず涙を流した。人と人が繋がるのはなんで尊いことなのだろう。
だが神宮寺はどうしても死にたくない。多少時間が止められる程度でどうして魔王に勝てるだろうか。
当時の日本ではひっきりなしに魔王の特集が組まれていた。そして魔王が何か行動を起こせば速報。台風と同じ、それ以上の扱いだった。天災に挑む人間がいるだろうか?否、いない。害のない雨ですら人間は対抗できず、100年以上傘を持ち歩くしかないのだ。だから無理だ。
「すまない!俺では勝てない!」
「いいえ、勝てます。勝たせます!根拠はこの手の中に」
ガルフが差し出す手を取るとやはり激痛。だが与えられた情報に意識を取られて痛がっている暇などなかった。
「それは……本当か!!」
魔王は力を失っている。2週間に1度力を取り戻すがそれを除けば【発光】【生成】と止血しかできない。それにガルフの仕込みが上手くいっていれば今頃魔王は廃人状態。確かにこれなら勝てる。だが疑念も残る。
「そこまでわかっているなら俺がやる必要はないんじゃないか?!」
「確かにそうです。ですが私がこの情報を持ち帰った時点で中断不可の召喚は行われていました。13人は死ぬことが確定してしまったのです。なのにどうして無関係の暗殺者を送り込んでアッサリとした決着を望めるでしょうか?」
神宮寺は震えた。人間はやはり素晴らしい。合理的な手段があろうとも感情を優先する。実に非効率的だが『信念』がある。素晴らしい。
それに不謹慎ながらうっすらと敬愛している魔王が痴呆老人のような姿になっているのなら介錯してやるべきだと神宮寺は思った。
「わかった!俺がやろう!」
「クハハッ!よく言った異世界人よ!其方に名誉ある二つ名を授ける!魔王に抗いし者……魔抗者。いや、讃えるべきは勇気か……決めた。勇気ある者、其方には『勇者』の称号を授ける!!」
――
――――
それから数時間後、神宮寺は後悔した。
神宮寺は訓練として森に来て生き物を狩らされた。魔法の発動に関しては案外簡単にできた。特性もある程度理解できた。
例えば【時間停止】の最中は他の物体に干渉できない。簡単に言えば止めた時間の中で何かを壊したり殺したりはできず、相手に近寄って【時間停止】を解除した瞬間に不可避の一撃を叩き込む運用が主だ。若干の不便さはあるが満足している。
だが生き物を殺す感覚には慣れなかった。ぬくぬく育ってきた神宮寺には暴力の経験がなかったためだ。礫を飛ばしてくるオオカミを殺した時の感覚が手から消えない。ナイフを突き立てた瞬間、ゴムのような鈍い感触。奥まで突き立てるとコリっとした何かを引き裂いてオオカミは絶命した。
それから何度も吐いて魔王を思う。俺はこれから人を殺すのか、と。




