プロローグ 勇者殿:選考結果のご連絡
「件名:【選考結果のご連絡】株式会社 嘉亥社
神宮寺 聖也様
株式会社 嘉亥社 港区事業所 採用担当の浅野と申します。
このたびは、多くの企業から弊社へご応募頂き、誠にありがとうございました。厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが今回は採用を見送らせて頂くこととなりました。ご期待に沿えず大変恐縮ではございますが、ご了承くださいますようお願い申し上げます。神宮寺様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。」
「おぉ、落ちたか!残念だ!」
何度目かのお祈りメールをフォルダから削除すると神宮寺はスマホを机に放り、一息に手元のハイボールを呷った。
魔王の全世界放送から一年、魔王の犯行と思われる天変地異のせいで世界は一つになった。精神的にも、物理的にも。
魔王の言う通り、何かを探すとき座布団を退かすかのように大陸が動かされた。そしてそのうち一箇所にまとめられてしまった。
突然一つの大陸に押し込められた我らは意外にも争うことなく、法整備を急ピッチで進め、共存の道を模索し始めた。結果、元の国の大きさの割合に応じて土地を振り分け、その中で各国が元の暮らしに戻り始めることとなった。
不幸中の幸いで、交通の便が良くなったために経済復興は迅速に行われ、若干の不便を感じつつも以前とそこまで変わらない生活をしている。神宮寺もその一人だった。だがこの事件を目の前に「就活しなくていいのか!」と喜び遊んだツケが今きている。
「さて!どうするかな!」
人より劣ることが無かった神宮寺、初めての挫折である。
抱えきれない敗北の辛さから逃れるために、いっそのこと裸で港区を襲撃してやろうかと思ったところで机の端でスマホが「ポロリン」と愉快な音と共に光る。友人からチャットアプリでの連絡だ。
横着して首だけ動かして内容を見ようとするがあまり見えない。さらに上体を動かすと、「人形町、おでん……?」
かろうじて見えた飲み会の誘いは神宮寺の心を熱くさせた。深夜11時、小腹が空いてきたところにおでん。僥倖だ。喜び勇んで北千住駅へと向かう。国の位置が変わっただけなのでインフラなどは死んでいないため終電はまだある。
あの魔王放送事件があった後、飲み屋などはすぐに営業を始めた。当時はイタリアが隣に来たので法整備が整うまでピザとワインをたらふく堪能したが結局、日本酒とおでんに落ち着いてしまう。
舞い上がった神宮寺は電機大の方面から駅へ入り、片手で財布をまさぐりながらエスカレーターを駆け上る。改札へ向かいながら電光掲示板で発車時間を確認する。そうしていると肩に軽い衝撃。反射的に睨みつけると恰幅のいい中年男性。
「あぁ、すみません」
中年は片手挙げ、会釈を一つ。
自分の狭量を恥ながら神宮寺も「こちらこそ申し訳ない!」と少し深めに会釈を返す。
まさにこれである。普段と変わらぬ日常が戻ってきたように見えるこの世界、だが神宮寺が「魔王全世界放送」以前と以後の違いを感じるのがここである。駅で肩と肩がぶつかったときに「ごめんなさい」と言える人間が増えたのだ。端的に言うなら、魔王という共通の敵ができたことで人類全体の仲が良くなったのである。この一点では魔王に感謝している。
以前の北千住であれば殺し合いに発展しても仕方なかった。……というのは言い過ぎだが、気分の悪いことになっていたのは確実だ。
神宮寺は些細な幸福を噛みしめながら日比谷線に乗り込む。
――
――――
「はぁ!美味かった……なっ!!」
部屋に帰るなり神宮寺はベットに飛び込む。スマホがポケットから出てベットの下に落ちたが構わない。枕に顔をうずめる。このまま寝てしまうのが神宮寺の酔っ払った時のルーティンである。決まらない就職先、尽きかけの貯金、不安なことはたくさんあるけれど神宮寺は今の世界におおむね満足していた。
「……あぁっ!」
酔いが中途半端だったのか神宮寺は思い出してしまう。
明日は居酒屋バイトの日だった!時間を確認しなくては!
腕を懸命に伸ばしてスマホを拾おうとするが手ごたえが無い。遠くまで転がっていったのだろうか。仕方なく体を起こしスマホを拾い上げようとするが――
「は……れ?」
スマホを手に取ろうとするがすり抜けてしまう。
酔っているのか、何気なく手を見ると透けて見える。眠気は吹き飛び鏡へと駆け寄る。
「おおおお!これは!!なんだ?!!!」
全身が薄く光を帯び、透けている。そして体の自由がだんだん効かなくなっていく。そのうち洗面台から手が離せず、眼球すら動かせなくなった。
次第に消えていく自分を見ながら半生に思いを馳せることしかできなくなってしまった。――だが
「うん!特に何もないな!!」
やり残したことも、償いたい罪も神宮寺にはなかった。
それからどれくらいこうしていただろうか。感覚としては2週間ほどだ。だが腹も減らず、喉も渇かないところを見るに数時間の出来事だったのかもしれない。ただ暗闇の中で光が後ろへ流れていくのをぼんやりと見ていた。
「やった……成功だッ!」
何者かの声が聞こえて、意識がはっきりしてきた神宮寺は困惑した。修道服の団体に囲まれていたからだ。
「ここはどこだ!」
薄暗い。ステンドグラスと白い壁。
よく見れば十人ほど横たわっている人間もいる。不気味で仕方がない。
『ここは貴方達で言うところの異世界です』
修道服の団体を割って糸目の女が神宮寺に向かって歩いてくる。
「何!?……何!」
言葉はわからないのに意味だけが脳に注がれてくる。
『今からこの世界の知識を流し込みます。衝激に備えてください』
その言葉の後、神宮寺は激しい頭痛に悶えた。
前頭葉に指を突っ込まれているような異物感と激痛、耳から何か溢れるんじゃないかとすら思うほどの情報の渦が神宮寺を苛んだ。
「理解できましたか?改めまして、私は教会の第二位司祭、ガルフ•ミーユ。またの名を――」
「――『敬意』だな!理解している!」
神宮寺はなんとか立ち上がる。
脳に流し込まれたこの世界の常識、『魔法』『召喚』『魔王』と驚きの連続だがなんとか全てを消化する。
「ほう、やはり見立て通り耐えましたか。素晴らしい、素晴らしいです!この世界の人間はそれはもう惰弱で……簡単に壊れてしまいますから」
「それで!?俺に何をさせたいんだ?その辺の情報はなかった!」
「魔王を倒してほしいのです。」
「魔王って、俺の知ってるやつか?」
「えぇ、勿論」
「フハハッ!!すまない!無理だ!」
流し込まれた記憶の中で我らの知る魔王がこっちの世界に来ていることは知っていた。だから特段驚きなどはない。というより、神宮寺は腹を抱えて笑った。
フォークでブラジルまで穴を掘れと言われたのだ。誰だってこうなる。
「安心してください。力は与えます。討伐後は望むものをなんでもご用意いたしましょう」
「だとしても無理だ!死にたくない!家に帰してくれ!」
「それはしません。出来ないのではなく、しないのです。貴方を呼ぶのに【召喚の魔法】を持つ者13人が犠牲になっています。彼らは寝ず食わずで2週間、中断不可の魔法で貴方を呼び続けた。それを支援する魔法使いも4人力尽きました。」
「そんなことは知らない!お前達が勝手に呼んだ!力ずくでも帰してもらおう!」
神宮寺は糸目の女に飛びかかり渾身の右ストレートを放つ。だが、その拳は届くことはなかった。右腕は肘から先がなくなっていたからだ。
呼吸、感情、視界、あらゆるものが一瞬だけ凪いだあと、耐え難い痛みが神宮寺を襲う。
「お辛いでしょう。ごめんなさい」
糸目の女が頭に触れてきた。そして再び前頭葉に異物感と激痛と情報。神宮寺は嘔吐して気絶した。
気絶中、神宮寺は夢を見た。可哀想な男の子の話だった。
街まで木材を売りに行き、帰ると故郷の村が燃やされていたのだ。右の瓦礫の下には皮膚が焼け爛れた瀕死の母親、左には圧迫され、呼吸ができない親友。彼は数秒考えたあと、母を救おうとしたが結局、火の手が早くどちらも救えなかった。
男の子は何度も頭を打ちつけて「時間がなかった。冷静な判断ができなかった。もっと……もっと時間があれば、たとえば時間を止められたならば」
そんな話だった。
――
――――
「うぅ……」
神宮寺は気分が悪い。
元来、彼は可哀想な話が苦手である。ジブリを最後まで見れたことがないほど「不幸な子供の話」が苦手であった。同じ理由でディズニーとかも好きではなかった。
「魔法とは『過剰なストレスにより脳が変形して発現するもの』とアルベールは定義付けました。なので私の魔法で貴方に「とある男の魔法が発現したエピソード」を植え付けました。さぁ、どうです?【時間停止】は使えますか?」
「チッ……何を馬鹿なことを!」
神宮寺は叫ぶが返答はない。奇妙な静けさと違和感。誰1人動かず、瞬きすらしない。空気は淀み、世界が色褪せたように感じる。
「ありえない……本当に時間が止まったのか?!どうやったら元に戻せる?!」
神宮寺は居酒屋バイトでレジがエラーを吐いた時のような焦燥感に駆られた。
戻れ戻れと何度も念じると空気が変わった。というか戻った。
「……驚きました。その発汗、態度、本当に【時間停止】を会得したのですね……!!神に感謝を!!」
それから、さらに神宮寺は激痛と嘔吐にのたうちまわりながら【反射】【無法地帯】を手に入れた。
「――――さぁ、神宮寺様!神とアルベールとヴァンプ達そして私の妹、ロマーズに感謝を……!」
「誰だそいつら!」




